第7話 文化祭1日目 その2
三日月の元へと駆けつけた俺が目にしたのは、天井から吊るされた猪と、それをナイフで解体している三日月の姿だった。
お客は1名だけ、サングラスをかけた柄の悪いおっさんが、部屋の隅で腕を組んで立って、一心不乱にナイフを猪に突き立てる三日月の姿を見ていた。
「三日月ちゃんの部屋から悲鳴が聞こえたから慌ててきてみたら、こんな事になってて。他に何人かいたお客さんも逃げちゃうし、忍ちゃん、どうする?」
どうするもこうするも、三日月はあのイッチャッた目で猪と格闘中、口元には笑みさえ浮べてるように見えるし、俺も正直ドン引きだ。それでも懇願するように俺を見るセツ姉に促され、恐る恐る声をかけた。
「み、三日月・・・さん? 学校でこれは、ちょっとマズいんじゃないかな?ちょっと刺激が強つぎるんじゃないかと思うけど・・・」
三日月は器用に皮を剥がしながら、こちらを見る事なく答えた。ベリベリと剥がされた皮の下からは、白い脂肪が見える・・・。ゲェー、グロイ。
「刃物というものは魂を込め、鋼を赤め叩き鍛え、そして研いで初めて形になる。しかし刃物としての真価は、ただ美しいだけではなく、肉を切り骨を断つ、それこそが本質だと拙は考える。見ろ、拙のナイフの切れ味を! 太い大腿骨の関節とて、この通りだ!」
一人悦に入る三日月に、何も言えず立ち尽くしていると、ようやく巧が飛び込んできた。
「み、三日月っ、オマエ!」
その時だった。隅でその様子を見ていたサングラスのおっさんが、おもむろにサングラスを取った。その目つきたるや、絶対この人、人を殺した経験がある! と思わせるほど、恐ろしいもので、俺は思わず逃げ腰になってしまった。
何をする気なのか、おっさんはゆっくりと三日月に近づいていく。そして、それ気が付いた三日月は目を丸くし、大きな声で叫んだ。
「お、お父様っ!」
えっ、三日月の親父? じゃあ、人間国宝だとかいう? この恐ろしい目つきの怪しいおっさん、ヤクザじゃないの?
俺たちは予想外の状況に固まったまま、三日月の親父さんは動揺を隠せない三日月に近づいたと思うやいなや、バシッ! という大きな音と共に頬を打った。あっ! と思う間も無く、続けざまにもう2発頬を打たれた三日月は床に倒れこむ。
「美月っ! 恥を知れっ! 環境が変わればと思っていたが、貴様の腐った心根は、相変わらずのようだなっ!」
「ち、違うんです! お父様っ!」
「何が違うんだっ! 貴様はその獣の命をどう考えるっ! 貴様は自分の腕自慢、興味本位だけで、命を弄んでいるだけ、何が本質だ? 笑わせるなっ! 貴様のような穢れた魂で二度と刀の事を口にする事は許さんからなっ! 三条の面汚しめっ!」
「お父様っ! も、申し訳ありませんっ! け、けれど私は!」
足元に縋ろうとする三日月を、親父は強く蹴り上げる。派手に吹っ飛ぶ三日月の体・・・。
「ち、ちょ、いくらなんでも蹴るのはひどいよっ! 三日月の気持ちだって、少しは考えてあげてくれよっ!」
巧が三条を庇うように、2人の間に立ちふさがる。
「そりゃ、三日月もちょっとヤリ過ぎだったと思うよ。けど、それもこれも、親父さんを敬愛する余りの事じゃないかっ! 離れ離れに暮らすようになって淋しかったんだろうって、何で考えてあげられないんだよっ!」
「た、巧殿、お父様を悪く言わないでくれ・・・」
「コイツ、本当に頑張ってたんだよ? 勉強だって、鍛冶屋だって、学校の事だって、いつも全力でさ。ただ、その方法がちょっと間違っているだけじゃないか? 親の勝手で放り出しておいて、苦しみながら迷いながら必死でがんばっている事を、そんな風に罵るなんて、ヒドイよっ!」
三日月の顔は鼻血で血まみれの上、涙でグチョグチョで、せっかくの美形が台無しになっている。巧も涙を流している。
そんな中、俺は見逃さなかった。親父さんのジャケットの内ポケットに隠されているモノに。親父さんは、三日月の事を考えて無いわけじゃないんだ・・・。
「おじさま、お願いです。もう少し時間を下さい。私たちは確かに未熟で、まだまだ学ぶべき事が多いと思います。でも、努力する事を惜しまず日々研鑽していますし、いつか必ず評価されるような成果を出せると信じています。ですから、それまで、どうか三日月さんから刀鍛冶を取り上げないで下さい。お願いします!」
俺の言葉を聞いた三日月の親父は、再びサングラスをかけると俺たちに背を向けた。
「美月。腐った心根が変わってない、というのは訂正しよう。そんなヤツでは友人はできないだろうからな。ただ、自らの心には、きちんと向き合え、本当にお前は今の自分を認められるのか?
あと、勉強はちゃんとしろ。母さんを悲しませるような事はするな。でないと、鍛冶屋は本当に無しだ。それから、クレッセントとかいうサイトでナイフを買ったのだが、鋼の火入れの時間をもう少し考慮したほうがいいな。知り合いなら、そう伝えろ。まあ、今のは独り言だ、気にするな」
そう言って去っていく親父に、頭を下げ見送る三日月。格好いいじゃないか、さすが人間国宝。
その人間国宝が振り返ると俺の肩に手をかけ、こう言った。
「ありがとう、君の言葉はちょっと堪えたよ。これからも美月の良い友人でいてくれ。美しき器にこそ美しき魂を、というのが私の信条だが、君はまさにその通りだな」
微笑を浮かべ、俺の手の甲にキスをして、今度こそ去っていった人間国宝。あれっ、ちょっとイメージが・・・。
「・・・お、おい、何かオマエ、アタシの手柄、横取りしてねえか?」
納得できないといった顔付きの巧と俺は、まだ涙を流している三日月を置いて、研削室を後にした。そってしておいてやれ、との巧の言葉で、入り口に休憩中の札を下げて。
とりあえず、せっかく屋台を放り出してきたので、ついでと言ってはナンだが、みんなの様子を見ていく事にした。
中は、今日は確か、技能五輪の課題に取り組むとか言っていたが、どうしたろう? ただ、黙々と機械を動かしているのを見たいなんて物好き、いるのだろうか? 旋盤室を覗いてみると、案の定お客さんは1人きりだったが、いい年をしたおっさんが、中が作った昨年の課題だと言っていた製品を熱心に見ていた。いるんだな、そんな物好き。
「作業中悪いが、この製品は昨年の技能五輪の課題ではないかな?」
「そうです。僕が先日作ったものです」
「そうか、よく出来ている。時間はどれくらいかかった?」
「4時間ほど」
「嘘を言ってはいけないよ。これは、昨年の大会の優勝者でも、確か4時間30分かかったはずだ」
「お詳しいんですね。でも、僕は嘘をついても何の得も無いですし、別に信じていただかなくても結構です」
「では、今作ってるのも?」
「はい、これは3年前の課題です。9時から加工してますので、かれこれ2時間はかかってます」
「ここまでできてて2時間! 信じられない。そうか、事前に図面を見て準備していたんだね」
「いえ、すべて初見で行ってます。用意する材料だけは確認していますが。何度も言いますが、僕は自己満足のためにこんな事をしているのです。信じられないのでしたら、どうぞご勝手に」
「うーん」
相変わらず愛想の欠片も無い中、いくら外見を女っぽく装っても、中身は変わるわけではないからな。ただ、沈黙の時間が流れ、ちょっとイヤな雰囲気になった。
しかし、このおっさん、相当詳しそうだが、何者だろう。俺たちがビラを配った時には、会っていないはずだけど・・・。
「よし。君に一つ提案がある。明日、私が持ってきた課題に取り組んでみないか? 幾らなんでも、自己満足だけではつまらないだろう? 材料はこちらで用意する、制限時間は5時間きっかり、君が嘘をついていない、というのなら十分だと思うが。どうだい?」
「僕は、明日の正午から文化祭のイベントがあるので、8時に来て下さい。通常で5時間の時間をもらえるのなら、僕なら4時間あれば十分です」
「わかった。たいした自信だね。では、明日8時きっかり作業に入れるよう、こちらに伺おう。楽しみにしているよ」
そう言うと、おっさんは去っていった。いいのか、そんな約束をして。一体誰なんだ、あのおっさん。
「僕も誰だかわからない。でも、技能五輪にも詳しい所をみると、関係者か、あるいは参加者の会社の上司とか。いずれにせよ、素人じゃなさそうだから、無理難題は押し付けてこないさ」
「できなかったら、何か厄介な事、押し付けられるんじゃないか?」
「僕が時間内に課題をできればいいのだろう? 問題無いね」
こいつのクソ生意気な所も、こういった場面だと格好良く見えるじゃないか。こういう所を美留に見せればいいんだよ。
そう、この挑戦に成功すれば、変態盗撮魔のレッテルも剥がせるかもしれない。がんばれよ中。
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