第6話 文化祭1日目 その1

 ついに文化祭当日の朝を迎えた。


 ああ、なんて普通の高校生らしいイベントなんだろう。俺は興奮の余り、ほとんど眠る事も出来なかったにもかかわらず、爽快な気分で家を出た。

 幸い天気予報では2日間とも好天との事、俺は朝からまだ夏の名残の残る強い日差しの下、足取りも軽く学校へと向かった。


「おはよう・・・えっ!!」


 みんな、すでに登校していたが、そこにいたのは普段とは違う、普通に綺麗な女の子たちの姿だった。直はまだセツ姉にメイクしてもらっている最中だったが、みんなの変わりようには唖然とした。

 いや、元は確かに美形な連中だから、ちょっと気をつかうだけで違うという事はわかってはいた。けれど普段のこいつらときたら、ノーメイクで汚い作業着、俺は少し油断していたかもしれない。これはミスコン、俺も真剣にいかないとマズイな。

 ちなみに俺自身、今日もバッチリとメイクも決まり、イイ感じに仕上がっている。自分で言うのもなんだが、世の中、外見で判断したら駄目だぞ、と言うことだ。


 巧と中は、相変わらず何か言い合っている。中だよな・・・あれ?


「オマエ、なんだよ、それっ! いつも通り坊主頭でいろよっ!」

「言ったろう? 最下位はゴメンだって。しかし、キャサリンは清々しいくらい、いつも通りだな」

「あ、当たり前だ。見てくれだけ体裁整えて、どうする!」


 ウィッグで普通に毛のある中は、普通に綺麗な女子に見える。これで笑顔でも浮かべるくらいの愛想があればな。最も、それでは全く中らしくはないのだが。


 あと、巧。お前は、体裁くらい整えたほうがいいんだ。決定的に勘違いしているぞ?


「ねえ、みんな! 直ちゃん、仕上がったわよ、見てみて」


 直も見事に化けていた。いつもの度の強い眼鏡を外し、癖の強いテンパの髪の毛をアップにまとめ、第一印象は知的なデキル女風、とでもいうか、少なくともタイムマシーンで時空を旅してるようには、見えない。


「如何ですか、下井さん。これなら雌としてより優位に雄に交尾を促す事が出来るかと思うのですが」

「ええ、そうね・・」

「しかしながら、最近の下井さんは雄としての魅力はすっかり失われてしまったようですね。私は下井さんに対して性欲を感じる事は一切ありません。」

「・・・」


 ちきしょう! こんなやつにでも、そうはっきり言われると、ちょっとへこむな。


「いっそ、竿も玉も取っちまえよ」

「巧ぃ! それは、言い過ぎだよぉ! しーくんは男の子なんだからねぇ!」

「ん!」


 あーあ、俺の味方も、このちっちゃいコンビくらいか・・・。


 そんなこんなで、開催の時刻も迫り、ようやく校長も姿を見せた。一応来るんだな、校長。


「だって、作田さんが来いってうるさいから。土日くらい、ゆっくりさせてほしいよ」


 いや、あんた、毎日休みみたいなモンだろ?

 ちなみに、校長はミスコンの司会をしてもらう事になっている。たったそれだけの仕事くらい、しっかり頼むよ。


「校長先生、ミスコンの司会は明日正午からですので。よろしくお願いします」

「面倒だなあー。あれ? ところで、君、誰? 君みたいな美人さん、いたっけ?」


 だめだ、これ。


 開催時刻になり、巧、未理、俺の3人は校門のアーチ下で最初の来場者を待っていた。受付は事務のおばさんにお願いしてあるのだが、本当に人が来るのか心配だったのだ。


「来るかなぁ? 誰も来なかったら、どうするぅ?」

「来るよ、絶対」


 そして、最初の客が姿を見せた。それは、巧の親父だった。例の外人の彼女と二人で、今日は歩きでやって来たようだ。


「チッ、なんだ、最初の客が父ちゃんかよっ! やけに、早いじゃん」

「せっかく来てやったのに、なんだ、はねえだろ?」

「巧のパパァ、久しぶりぃ!」

「おっ! 未理か? 相変わらず、ちっちぇーな、メシ食ってるのか?」

「ヒドーイ! 未理だって、成長してるんだからぁー! 見てよぉ、ほら、胸だってこんなにぃ」

「しょうがねえなー、わかったよ、未理も成長してるよ」

「おい、余計な事はいいからこの来場者名簿に名前、書いていけ。あと、この投票用紙、黙ってアタシの名前書いて、投票箱に入れろ。もちろん、カレンもだ」

「なんだ、これ?」

「ミスコンだよぉ! わたしたち、明日ミスコンやるんだぁ!」

「キャサリン、お前も出るのか?」

「当たり前だろ」

「止めとけ。恥かくだけだ」

「テメー、自分の娘、可愛くないのかよっ!」

「だってよ、その娘も出るんだろ? 親の贔屓目に見ても、お前に勝ち目ねーよ」


 そう言って、巧の親父は俺を指さした。巧の顔が真っ赤になる。


「テメー、言うに事欠いて、コイツのほうが、アタシより可愛いって言うのかよっ!」

「だって、可愛いぜ、お前より全然」

「おじさん、お久しぶりです」

「えっ、君と会った事、あったっけ?」

「よく見ろよ、この前会った時、一緒にいたヤツだよ!」

「・・・えっ! まさか、あの時の坊主か?!」

「はい、先日はどーも」

「いやー、怖い世の中になったぜ。てめーの娘より、オカマのほうが可愛いく見えるなんてなー」


 巧の怒りの矛先が俺に向く前に、来場者が続々とやって来て、受付に列が出来るほどになった。巧は応対に追われ、俺は危うく難を逃れた。

 リアルドリーム社の次長さんら、顧客の人達や、ビラ配りで声を掛けた会社の人達も来てくれた。


 校内にチラホラと来場者の姿を見かけるようになったのを機に、受付は事務のおばさんに任せ、俺と未理も所定の場所に戻った。

 俺は、校門の見通せる中庭で焼きそばを焼いているので、大事そうなお客さんが来たら、巧にスマホで連絡する手筈になっていた。


 しばらくたった頃、レイコさんの姿を見つけた。例の因縁をつけてきたチンピラと一緒だ。そう、確か同じ会社の社員とか言ってたよな。俺は早速巧に連絡をとった。


「レイコさん! わざわざ、ありがとうございます」

「あんたたち、8人しかいないんだろ? いいよ、私にかまけてないで、自分のやる事やりな」

「じゃあ、少しだけ案内させてください。仲間の仕事っぷり、見て欲しいんです」

「わかったよ、じゃあ案内してもらおうか。まずは、この可愛いお仲間さんを紹介してくれよ」


 俺も、まさかしらんぷりもマズイだろうと、巧と挨拶に来ていたのだが、レイコさんといえども、やっぱり気が付かないんだな。


「えーっ! レイコさん、コイツ、ほら、あの時の忍ですよー。レイコさんまで可愛いだなんて、勘弁してくださいよー」

「えっ、マジか!?」


 例の社員さんたちも、妙に俺に熱い視線を送ってきて、いや、ちょっと・・・。


「それで、これ、ミスコンの応募用紙、もらってますよね?」

「ああ、もらったよ」

「コレ、ちゃんとアタシの名前を書いて投票してくださいよ」

「ミスコンって、あんたら、8人でミスコンやるんだ?」

「そうです。結構意地かかってるし、負けられないんで、よろしくお願いします。聞いてますか、社員さんっ!?」

「は、はいっ!」


 突然振られた社員さん、ちょっとアタフタしている。


「皆さんにはこの前の貸しあるんですよっ! だから、ちゃんとアタシに投票してくださいよねっ! 7番作田巧、ですからね!」


 社員さんたちは、わ、わかりました、と半ば脅かされ渋々了承していたが、見ていて気の毒な気がした。

 そんな巧にレイコさんも苦笑しながら、改めて俺の顔を改めてマジマジと見て、いや、まいったなあ、と笑っていた。


「みなさん、巧はああ言ってますが、余り気にしないでいいですよ。投票も所詮お遊びだから、好きな子に投票してあげて下さいね! そうそう、私は中庭で焼きソバ焼いていますので、後で顔出してください、お詫びにうーんとサービスしますんで! じゃあ、楽しんでいって下さい!」


 社員さんたちととの別れ際に俺がそう言うと、みんな嬉しそうに手を振ってくれた。俺は、数票はいただいたな、と確信した。


 10時も回ったころに、肉屋のおじさんがサンドイッチを届けにきてくれた。俺が取りに行くと言っているに、どうしても持ってきてくれる、というのでお願いしたのだ。


「忍ちゃん、持ってきたよー!」

「おじさん、ありがとう。忙しいのにすいません!」

「いやあ、いいんだよ、どう、たくさん人来てくれそうかい?」

「ハイッ! 朝から結構みなさん、足を運んでくれて、本当ありがたいです」

「そうかそれはよかった。おじさん、お店手伝ってあげようか?」

「いえいえ、だって、今日忙しいって、おっしゃっていたじゃないですか? 確か高齢者施設にコロッケ届けるとか」

「いいんだよ、老人なんてどうでも」

「えー、マズイですよー?」


 おい、おっさん、問題発言だぞ! 早く仕事戻れよ!

 でも男ってホント可愛い女の子には弱いんだからっ、と思わずクスッと笑った自分に、ゾクッとした。

 やべえ、自然に女、出ちゃったぞ!


 そんな矢先、セツ姉が俺の所へ慌ててやってきた。普段からおっとりとしているセツ姉が必死で走る姿を、初めて見た気がする。


「忍ちゃん! 巧ちゃんどこかな? 大変なのよ?」

「どうしたの? セツ姉!」

「三日月ちゃんを止めて! ちょっと、アレはマズイと思うのよ。やりすぎじゃないかしら?」

「な、何をしようとしているの?」

「と、とにかく早く行って!」


 俺は巧にも携帯で連絡して、三日月の工具研削室へと向かった。

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