第5話 文化祭前日

 この一ヶ月、突然決まった文化祭の準備に追われ、慌しくはあったが、入学以来初めてとも言える、普通の高校生らしい生活を存分に味わえた事は、正直に嬉しかった。

 受験や未来への不安も一時休止、明日はいよいよ文化祭当日である。

 招待した人たちはどれくらい来てくれるだろう、みんな楽しんでもらえるだろうか、色々考えると不安はいっぱいだったが、とにかく明日は俺も楽しみたいと思う。


 文化祭当日、巧は招待客の案内、俺は中庭のテントでコロッケサンドを売りながら、焼きそばも作って売るつもりだ。

 テントの設営はすでに昨日のうちに済ませてある。

 未理はというと、どうしてもカフェをやりたいとの事で教室を一室使い、まるでプロ並みの厨房セット、冷蔵庫を持ち込み、内装も壁紙やインテリアにいたるまで手を掛け、テーブルと椅子もやけに高そうなモノを用意した。

 このまま商売を続けるつもりか? といった懲りようで、いったい費用は幾らしたのだろうか、聞くのも恐ろしい。


 俺は、全ての準備が整ったから見に来てほしいと未理から言われ、「カフェ&パンケーキ ミリーズ」の看板も鮮やかな、元は学校の教室ととても思えない様な豪華な扉をあけた。

 すると清潔感のある白いブラウスにエプロンで身仕度を整えた未理が、都心の小洒落たカフェ顔負けの素敵な空間で俺を迎えた。


「いらっしゃいませ」

「・・・す、凄いわね、ホントにここ、元教室?」

「おしゃれなカフぇっぽくなったでしょぉー?」

「っぽいっていうか、本格的過ぎじゃないの、これ?」

「本格的なのはぁ、インテリアだけじゃないんだよぉ! 今、お店で出すパンケーキの試作中なんだぁ。ちょっと食べてみてぇ」


 未理は今まで調理の練習でもしていたのだろう、真っ白い皿に盛られた出来立てのパンケーキを薦めた。

 お、見た目は美味そうじゃないか。一口、食べてみた印象は・・・。


「お、美味い!」


 これがお世辞抜きに美味かった。ちょっとハリのある外側とトロけるような食感の内側が絶妙のバランス、ソースとして、ブルーベリーがたっぷりと入っているクリームをたっぷりかけているのも、GOOD!

 ユウコとのスイーツの午後で鍛えられた俺の舌をも満足させる、なかなかの出来栄えだ。


「これ、幾らで店に出す気?」

「そうね、材料にも凝っているみたいだから、原価率から考えても最低850円はもらわないと。けれど、たがが高校の文化祭の模擬店で提供するメニューじゃ500円くらいが限度でしょうね。でも、考えてみてよ? たかが2日間のイベントのために、設備や内装にコレだけお金を掛けているのよ? 常識はずれもイイ所じゃない? これじゃ、売り上げが赤字になろうが、そんな事些細な問題よね。本当、お父様は未理に甘いんだから」


 あ、あれ? 未理? 顔つきが違うぞ・・・。も、もしかして、また入れ替わった!?


「あ、あなたは、もしかして千知さん?」

「えー、しーくん、なに言ってるのぉー?」


 い、いや、これは未理だ! でも今一瞬、確かに千知さんが現れたような・・・。

 錯覚だったのか、いや、口調からして違かったぞ。まぁ、いいか。俺も疲れているのかもしれない、余計な事を考えるのはやめよう・・・。


 それから俺は頭をリフレッシュする意味もあって、巧にも声を掛け、プライス室で作業中の美留と中の様子を見に行った。販売する予定の二人の合作の製品がどうなったかを確認するためだ。途中経過は、気が散る、との理由で見せてもらっていなかったのだ。

 中が何かしでかさないか心配だった巧が、一度覗いてみて確認した限りでは、中は美留に対してとても献身的に働いていたらしい。

 そもそも、献身的、という点が怪しいのだが・・・。


「どうだ? もう明日は本番だ、出来上がっているなら見せろよ? 結局、何を作ったんだ?」

「スカイツリーだ」


 スカイツリー? 今更? 正直、ひねりが無いというか、当たり障りが無いというか、まぁ、このコンビではこんなもんか、と巧の顔にも表れていた。


「なーんだ、といった顔だな。でも、文句はこれを見てからにしたまえ」


 中は、ラックの奥に隠していたそいつを作業台の上にそっと置いた。 

 え、これ、こいつらが作ったの? 素晴らしいじゃないか!


 それは、おそらく今まで見た数多あるスカイツリーのディスプレイの中で、ダントツの出来栄えだった。素材はアルミだろう、旋盤で作られた本体部分にフライスで加工した展望台や脚部、精密に削られた窓からは人の姿さえ見えそうだ!


「スゴイ、スゴイよこれ! マジ、よく作ったな、大変だっただろ!」

「大変だったのは、美留さ。美留は本当にスゴイよ!」

「これ、幾らで売る?」

「そうだな、1ケ作るのに丸1日はかかったから、3万円ではどうだろう」

「いや、安い。5万はもらおう。だって中と美留がこんなにがんばって使ったんだ、アタシが5万でも売ってやるよ!」

「全部で10ケあるのよ、大丈夫?」

「大丈夫さ、任せておけ!」


 やたら自信ありげな巧。けど、大丈夫なのか、10ケもあるんだ、もし1ケも売れなかったら、こいつらショックだろうに。


「大丈夫さ、あれなら売れる。すでに2ケは売約済みみたいなモノだし。ていうか、あいつらには30万くらい出させるかな」


 ああ、きっと自分の親父と未理の親父さんに売りつけるつもりだ。コイツの事だ、本当に30万くらいせびりそうだ・・・。


「巧ちゃんもココにいたのね、ちょうど良かった。美留ちゃんたちの着るアイアンドレス出来たのよ。ちょっと試しに着てみてほしいんだけど、美留ちゃん、今大丈夫?」

「ん」


 セツ姉が浮べた、その満足げな表情を見る限り、よっぽどの自信作に違いない。すぐさま俺達はセツ姉の溶接室(というか今や工房だ)に向かった。


 それはセパレートタイプのヤツと同じ作りではあったが、胸元に花(もちろんこれも鉄製だが)があしらわれ、可愛さがアップしていた。

 しかも背には羽が有り、頭にはエンジェルリング、これを着た美留は本当に天使のようだった。


「すごい! すごい可愛いよっ、美留! 完璧だ! 本当の天使が降りてきた!」


 興奮気味の中は涙まで流し、今にも美留に抱きつかんばかりだったので、巧は美留から引き離すのに必死だった。

 しかし、美留の無表情さがむしろ透明感を高め、神々しく思えてくるから不思議だ。

 いやー、これは美留、ミスコンの優勝あるよ。


「セツ姉、これはいいよ、可愛いし、美留にすっごく似合ってる」

「でしょう? だってコレって美留ちゃんのキャッチフレーズからインスピレーションを得て作ったんですもの」

「何だよ、それってちょっとズルくない? まあ、どっちみちアタシだって美留に勝とうとは思ってないけど・・・。あ、そういえば、アタシの出番って、美留の次だだったよな?」


 そうか、それはちょっと巧は気の毒だ。この美留のすぐ後ってのは、かなり見劣りしちゃうよなあ。でも、その空気の冷えた後が俺の番か、悪くないかも。

 ま、巧には頑張って、思いっきり観客を冷やして欲しい。


 俺達は準備を終え、あとは明日の文化祭本番を待つのみ。

 そんな俺に、珍しくババアからメールが入っていた。実は、ババアは失踪後、3ヶ月ほどは全く音信不通で、金も無くなり俺の生活ももはや破綻寸前といった時、突然メールがあり口座に僅かながら生活費が振り込まれるようになったのだ。


 その時のメールは、親のありがたさを噛みしめろだの、このお金はあげるのではなく貸すのだから卒業後には返してもらうなど、余りにもふざけたメールだったので、俺はあやうく携帯をブチ壊しそうになってしまった。

 自分が使いこんだ俺の報酬の事など、これっぽっちも憶えて無いのだ。

 それ以来の久しぶりのメールに、おや、と思い、あわてて開いてみると、驚く事が書いてあった。


「久しぶり、元気! あんたの女の子っぷり、イケルじゃない! これからずっと、それで通しちゃえば? 私も早く生で見てみたいなー。 まあこ」


 ババア、なぜ知ってる?

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