第3話 みんなの作品
俺と巧は空いた時間を利用して、他の連中の様子を見て回った。進行具合も気になったし、販売する作品の確認と販売方法や値段も決めないといけない。
セツ姉は三日月と共に鍛造の作業場にいた。そこで二人、炉の前に座り一心不乱にハンマーをふるっていた。
「さすがに三日月ちゃんはハンマーの使い方が上手ね。私はまだまだだから、今、教えてもらっている所なのよ」
「阿久根殿はなかなか筋がいい。ただし、手はタコだらけとなるが、いいのか?」
「いいのよ、私、今は女捨ててるんですもの。ねえ、巧ちゃん、忍くん、見て、どうかしら?」
それは鉄製の花だった。薄板を加工して作ったその花びらと葉は、今まで咲いていたものを手折ったら鉄に変わってしまった、そんな風に見えるほど見事な出来栄えだった。
「スゴイ! 本物みたいだよ、セツ姉! これ、後でくっつけて一輪にするの?」
「そう、そのつもり。売れるかしら?」
「売れるよ、コレなら!」
「それは良かったわ!」
「後は幾らで売るかだな! で、三日月はやっぱりナイフ?」
「そのつもりだ。以前作ったののもあるからな。実演もナイフの研ぎ工程を見てもらうつもりだ。それと、その切れ味も見せられると良いなと考えている」
「うん、いいね、期待してるよ!」
二人とも順調に準備は進んでそうだった、ん? しかし、三日月なんて言っていた? その切れ味を見せられると? 何かイヤな予感もするが・・・。
「大丈夫、心配しすぎだって。いくら三日月だって、人前で危険な事なんてしないさ。そのくらい分別はあるよ」
と、巧は言うが・・・。あのヤンキーたちに躊躇なくナイフを向けた三日月を知っている俺には、どうにも安心できない。本当に大丈夫か? まあ、俺が心配しても仕方ないか・・・。
直は設計室で、相変わらずPCに噛り付いていた。CADで、なにやらCGのようなモノを作っているようだが、何だかよくわからない。直はみんなと違い、実演とか展示といっても設計という仕事の性質上、特別見せ物となりそうなモノは無さそうなので心配していたのだが。本人は考えがある、と言っていたけれど。
俺は、例のタイムマシーン、アレを展示しようとしてるんじゃないかと危惧していた。アレは来場者に説明のしようがないだろう?
「直、それ、何やってるんだ?」
「これは、私のタイムマシーンの稼動シミレーションのCGです」
「えー! やっぱり、あのタイムマシーンを展示する気なのね?」
「はい。私はみなさんと違って機械等を使うわけではないので、あのタイムマシーンの稼動シュミレーションをCGにて映像化し、見てもらうつもりです」
見ると例のタイムマシーンの正面、及び両サイドにモニターが新たに取り付けられていた。
「お二人でどうぞ乗ってみてください」
「あ、ああ」
巧と二人で腰掛けると、座面が振動したので驚いた。こんな機能、あったのか。
言われるがまま、スタートボタンを押すとタイムマシーンの操作を促すメッセージのようなものが現われた。
ジュラ紀、戦国時代、江戸時代、の選択肢から選べるようで、俺たちがジュラ紀を選ぶと、座面が振動しながら、怪しい色彩が目まぐるしく混濁するような映像の後、モニターにジュラ紀の恐竜の映像が流れるように映しだされる。
「面白いじゃん! 遊園地のアトラクションみたいで、思っていたより面白いと思う。けど、あの途中の色の洪水? あれ、いらないんじゃね? 何か、気持ち悪くなるんだけど?」
「ジュラ紀や恐竜の映像はネット上から拾い上げたものを適当に編集しました。まだ試作段階なので最終的にはもう少し良いものにするつもりです。それと、作田さんのいう色の洪水ですが、あれは時間移動の視覚的表現で、映像化するのに苦労しました。極めて実際と近い表現ができたと満足していますので、削る、などという事は論外です」
「ちょっと待て! お前、今、実際と近いと言った? お前、時間移動したって言うの?」
「はい、しましたが?」
「・・・・」
俺たちはどうもタイムマシーンに悪酔いしたようだ。少し痛む頭を抱え、設計室を後にした。
「だ、大丈夫かしら?」
「大丈夫って、どっち? タイムマシーンの事? それとも直の頭?」
「両方よ」
「タイムマシーン、あれはアトラクションと割り切ればアリだよ。ただし、直には余計な説明はさせないほうが良いな。直の頭・・・まあ、アイツはあれでいい・・・はずだ」
巧も言葉を濁す。未来に行ったんだか過去に行ったんだか知らないが、直に聞いてみても仕方あるまい。
俺たちが次に向ったのは、中の旋盤室だった。そこで黙々と機械を回し続ける中は、何か円筒状の容器? みたいなモノを作っていた。
「中、これ、何? 茶筒か?」
「違う! これは昨年の技能五輪の旋盤の課題だ。まず、各部品を作り最終的に組み立てて完成させる。各部品制度は±0.02を要求され・・・」
「ち、ちょっと待て、当日、それをやるつもり?」
「そう。当日、僕はそれを実演で加工するつもりだ。確か本番の大会も制限時間が5時間くらいだったはずだ」
「そうなのか。で、何か販売するモノは、考えてる?」
「いや、考えてない」
「考えろよ!」
「僕は売りモノになる、というその発想が嫌なんだ。優れた技術で、要求された寸法精度を満たす、それができれば、正しく評価されるはずだ。人に媚びる様な物は作りたくない」
「中、お前、前に自分が作ったもの自慢してたじゃん?」
「あれは売るために作ったんじゃない、自己満足のためにつくったものさ。人に媚びるのではなく、自分の美意識には媚びていたいのさ」
相変わらず、面倒くさいヤツだ。
「ふーん、アタシ考えていたんだけど、美留が作ったパーツと中の作ったパーツを合わせて製品にするとか、旋盤加工後のパーツを一部フライス仕上げするとかして、販売する製品を作ろうかと考えていたんだよな。
でも、オマエがそういう考えなら、この話は無理だな」
「えっ、み、美留と!?」
「何かオブジェというか、置物にできそうな造形物とかがいいな、とは思っていたけど。イヤならいいよ、人に媚びたモノになるかもしれないし」
「い、いや、み、美留がやるというなら、ぼ、僕もやってもいいかな・・・」
「無理しなくていいぜ、美留だってなんて言うかわからないし」
「やりたいんだ! 是非やらせてくれっ!頼む、頼むからーーーっ!」
「む!」
巧のナイスなアイデア、しかし、案の定、美留の返事はNOだった。まだ盗撮された事を許してないんだろう、無理も無いが。
「なあ、美留、そろそろ許してやってもイイんじゃないか? アイツも相当懲りてるようだし、あれから随分時間も経っている。ずっとこのまま、というワケにもいかないだろ?」
「む!」
「うーん」
美留との共同製作と聞いた時の中の喜びよう、中があんなにも嬉しそうに笑顔を爆発させたのは初めてだろう。嫌なヤツではあるが、このままでは可哀相な気もする。
「美留、じゃあ、こういうのはどう? 今回だけでいい、アイツと仕事をしてほしい。このままじゃ、今後の作業工程とかにも影響が出かねないだろう? もし、それでも不愉快な思いをしたのなら、もう今後はいっさいアイツとは顔を合わせなくてもいい。もし引き受けてくれるのなら、その代りと言ってはなんだけど、美留の望みを一つだけ叶えてあげる。それはもちろんアタシたちに出来る範囲内ではあるが?」
「・・・・」
「どう、美留?」
「・・・ん」
「よしっ! ありがとう、美留! うまくいったら、どうしてほしい? 新しい機械、はちょっと難しいかな? でも、美味しいモノだったら幾らでも食べさせてやるぞ、未理に頼んで」
「・・・・・」
「えっ?」
俺には伝わらなかったが、美留は巧に向かい、囁くように告げた。驚く巧、こちらをジッと見る美留、なんなんだ、望みって?
「巧、美留、なんですって?」
「・・・オマエと、デートしたいって」
「・・・私と? デート? 美留が?」
そういえば、前に未理が言ってたっけ。三日月も美留も俺の事が好きだって。美留に関しては、何かヘンだな、とは思っていた。でも、あまりに子供っぽい美留からは、恋愛って文字は浮かばなかったのだが・・・。
確かに嬉しくないと言えば嘘になる。しかし、俺は今、未理という、とんでもなく重い荷物を背負っているのだ。あいつのご機嫌損ねないかが、心配だ。
「巧、未理は大丈夫かしら? 私が美留とデートするって事」
「うーん、相手が美留だし、デートくらいは大丈夫じゃないかなー。まあ、慎重に話して説得してみよーか」
俺は巧と小声で相談し、美留のその要望を承諾する事にした。
「でも、美留、いいのか、せっかくの望みがそんな事で?」
「ん。・・・・」
「え? 美留、今・・・」
「・・・女装・・・やだ・・・前のほうが・・・いい」
美留は俺の耳元でそう呟くと、顔を赤め実習室を駆け足で出て行った。
し、しゃべった! 美留がっ! お、驚いた・・・。美留のちゃんとした声、初めて聞いた気がする。
「美留が喋った・・・、というか、ホントに喋れたのね」
「ああ、アタシも久しぶり。なあ、美留、なんて言ってた?」
「いえ・・・私にもよく聞こえなかったの」
それは俺の胸にだけ、仕舞っておくよ。美留にとっても大事な言葉だったんだろうから。
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