第2話 俺の女子力

 新学期を迎え新たに俺に課せられたのは、なんと女装して学校へ通うという屈辱。一人として味方する者がない俺は、それを流れのままに受け入れるしかなかった。


 セツ姉と未理の、楽しんでいるとしか思えないようなノリノリのメイク実習の翌朝、俺は目を覚ますといつものようにすぐに洗面台に向かい、顔を洗おうと鏡を見て思わずエーッと声をあげてしまった。鏡の中にはハッと目を見張るような綺麗な女子が、コチラを同じように見つめていたからだ。

 すぐに、昨晩のメイクをちゃんと落としてなかったからだとわかったが、これ本当に俺の顔? と自身で訝しく思うほど、綺麗で魅力的な女子がそこにいた。


 その後、セツ姉たちに教えられたとおりメイクを直し、ウィッグで髪型を整え、未理の用意してくれたブレザーの制服にタイを結び、紺色のソックスを履いて学校へ向かった。出掛けに、玄関脇の姿見の鏡に映った自分をみて、思わずポージングしてしまった。


「私って、キレイ・・・」


 ヤバい、これは嵌りそうだ。


 思い返して考えるに、自分の容姿に自信を持っていたのは小学校の頃までで、中学時代は容姿に気を掛ける状態じゃなかった。

 そう、降って湧いた様なゲイ疑惑で容姿ウンヌン以前の問題だったので、それ以降は自らの容姿に対してはむしろ無頓着でいたというのが現実だ。

 ただ、今こうして鏡の中の自分を見つめていると、心の奥底から満足感のようなものが湧いてくる。幾ら見ていても飽きる事などないくらいだ。

 そんな自分を知ってしまうと、ああ、俺って割りと自分大好き人間だったのかも、と思ってしまう。


 学校へ行く途中、例の豆腐屋のおばさんが店先にいたので、おはようございます、と声をかけたら、ちょっと首を傾げていた。


「おはよう。でも、ゴメン、あなた、ちょっと見かけない子ね? 近所の子だっけ?」

「あら、私、いままでだって何度もおばさんにご挨拶しているんですよ」

「あれ、ごめんなさいね。こんな可愛い子忘れちゃうなんて、私も年とったのかもねえ」


 俺はおばちゃんの反応に手ごたえを感じ、内心ガッツポーズをした。そうなると、早くスカ女のみんなの反応が楽しみになり、元気よく教室の扉を開けた。

 おはよう、という俺の声に固まる教室内、巧は目を丸くしポカーンと口を開けている。

 どうだ、ざまあみろ!


「巧さん、おはよう。あら、どうしたの? そんなに驚いて?」

「オ、オマエ、し、忍・・・だよな?」

「そうよ。あなたたちが女装しろって言ったんじゃない?」


 ねえ、凄い綺麗でしょう、というセツ姉と未理、彼女らは俺のメイクの出来栄えを朝一で吹聴したらしいのだが、みんな半信半疑だったらしい。

 まあ、結果はその顔をみれば一目瞭然だろう。目を見張る三日月、眉間にしわを寄せ不機嫌な中。目が泳ぎ、動揺を隠せない直。


「ねえ、美留、どうかしら?」

「むっ!」


 どうやら美留はお冠みたいだ。


 何となく動揺が収まらないままのホームルーム、チラチラと俺を盗み見るみんなの視線、あぁ快感!

 そんな中、やはりソワソワと落ち着きが無い様子の巧は、唐突にこう切り出した。


「あのさ、突然だけどアタシ、今月末くらいにスカ女の文化祭をやりたいと思ってるんだ。出し物は各々の製作実演と作ったモノの販売をメインに考えている。三日月は自分で販売サイト持ってて実際にネット販売してるけど、文化祭での実演とかは問題無い?」

「特に問題は無い。実演、というのは、拙が自由に考えていいのか?」

「もちろん! 三日月のナイフの製作は目玉の一つだよ」

「私は? 溶接なんて、興味あるヒトいるかしら?」

「セツ姉、この間鉄製のブローチ作ってたじゃん。アレなんて絶対売り物になるよ」

「そう、ならいいけれど」

「今回は、文化祭とは言っても、実は営業活動の一環で、これでアタシたちの技術を区の広報とかで宣伝してもらったり、これがキッカケで他のメディアにも取り上げられたらいいなとか。とにかく、何とか仕事に繋げられれば、と思っているんだ」

「それは悪くないかもな」

「だから、各々自分のやりたい事、作りたいモノを一両日中に考えておいてほしい」

「わたしはどうするのぉ? フリマみたいにしてぇ、いらなくなったお洋服とか売るぅ?」

「それもいいが、未理はアタシと忍と三人で運営に回る。パンフとか模擬店とかも考えなければいけないしな」

「やったぁー、未理、スイーツのお店やりたぁーい!!」

「あぁ、まぁいいかもな」


 そんな事で、スカ女の文化祭は9月の最終の土日に行われる事が決定された。

 あのメイタの一件以来、俺たちの間に漂う、ちょっとイヤな雰囲気を一層するには悪くないアイデアかもしれない。


 俺が巧たちと作らなければいけないモノは来場者に配るパンフレット、ポスター、校門のアーチ、各部屋の装飾(その部屋の使用者のお手伝い)、模擬店の設営など、結構大変だ。それとは別に、模擬店の企画、運営、そして予算取りなんかもあるし。


 しかし、予算に関しては未理が林精機から、巧がFX長者の親父から潤沢な協賛金をせしめてきたので、数人しかいない高校の文化祭としては十分過ぎる額となった。巧が未理を運営側に巻き込んだのには、こういう算段もあったに違いない。

 あいつ、金には人一倍、執着があるからな。


 そうは言っても、アーチもパンフもほとんど未理がデザインして作っているし、装飾のアイデアやらそれに使う材料も自分で買いに行ったりと、むしろ未理が率先し溌剌として働くのを見て、未理にも参加させて良かった、と俺も思った。

 そもそも未理が、<買う食う寝る遊ぶ>以外の事をしているのを初めて見たし、意外と器用で使えるヤツだというのにも驚いた。

 以前の未理が優秀だった、という話もあながち巧の嘘ではないのかも。


 俺と巧は早々に作った文化祭のポスターを貼ってもらえるよう、お得意さんやら近所の店を回ったりと、結構あちこち動き回った。

 飛び込みで工場なんかにも顔を出して、そこでは俺の新たなる武器である、女子力、がモノを言った。


「すいませーん。アタシたち隅の川女子の者なんですが、文化祭のポスター貼って欲しいんですけど」

「え、なんでウチ? ここ、工場だよ? 高校の文化祭、関係無いんじゃない?」

「ウチ、女子高っていっても工業高校で、機械の実演とかもあって・・・」

「ごめん、忙しいんだ」


 巧じゃ埒が明かない。こいつ、どうも第一印象が悪いんだよな、目つきが悪い上に愛想無いし。馴染むと割りとおじさん受けするんだが・・・。


「お忙しいのに、本当に申し訳ありません。ちょっとお話だけでもいいですか? 私たちの学校というのが、モノつくりを志している女子が集まった、ちょっと変わった学校でして。今回の文化祭では、私たちなりに頑張って実演もしたり、作ったものを公開したりしているんです。それで、そういった活動を是非プロの皆さんにも見ていただけたらなぁと思って、こうしてお邪魔したんです」

「お姉ちゃんも、機械とか使ってるの?」

「ハイッ、私はまだ未熟ですから、ボール盤で穴をあけたりする程度なんですが、それなりには頑張っているんですよ」

「そうか。でもボール盤も巻き込まれたり危ないから、気をつけないとダメだよ」

「ありがとうございます! そういったアドバイス、当日もしていただけると、私たち、とっても嬉しいです!」

「よし、ポスターはってやるよ。当日は従業員も連れて行ってみるかな」

「よろしくお願いしますっ」


 ニコニコしながら俺に手を振り見送ってくれた工場のおじさんを小声で罵りながら、巧は不愉快そうに俺に悪態をついた。


「ったく、オマエもよく言うよ。何が、私もとっても嬉しいです、だよ! あんな親父に媚売る様なマネしやがって、見苦しいったらねーよ!」

「いいじゃない、来てくれるって言ってもらえたのよ。文化祭、少しでも多くの人に見に来て欲しいんでしょう?」

「まあ、そうだけど・・・」


 俺たちは、学校帰りにコロッケをいつも買う巧お気に入りの肉屋にも足を運んだ。当日、模擬店で売るためのコロッケサンドとメンチサンドの製造依頼の交渉をしに来たのだが、思いがけず、心良い返事がもらえなかった。


「ごめんよ、実はその日は高齢者施設でもイベントがあるみたいで、コロッケを届けなきゃいけないんだよ。だから、そっちの分まで揚げるのは難しいかな」

「そこを何とか、作ってもらえませんか? アタシ、ここの常連だし」

「ゴメン、無理なものは無理なんだ」


 うーん、仕方ないな。


「すいません、ご無理言ってしまって。私、おじさんの揚げるコロッケ大好きで、もしみんなに食べてもらうならココしかないって決めていたんです。

 ですから、おじさんが無理っておっしゃるんでしたら、私、残念だけど諦めます。でも、実を言うとおじさんのコロッケの味、みんなに知られちゃうの、ちょっと残念な気もしていたんですよね。だから、ちょっぴり安心してる自分もいたりして。だって、ココは私の特別だから」

「へ、へえー、君、そんなにウチのコロッケ、好きなの?」

「もちろんです! ここのコロッケに出会ってから私、ちょっと太っちゃったくらいなんです。もう、おじさんのせいですよ!」

「うーん、仕方ないなー。よし、おじさん頑張ってみるよ!」

「えっ、本当ですか! 作ってくださるんですか!? ヤッタ、ありがとう、おじさん! 私、これから毎日来ちゃうかもっ」


 折角上手く事が運んだというのに、巧の不機嫌は頂点に達していた。


「チキショー、あのエロ親父、アタシがいくら頼んでもOKしなかったくせにっ! そもそも常連はアタシなんだぜ! もう来ねーよ、こんな店っ!」


 そんなこんなで、割と順調に文化祭の準備は進んでいった。よく考えるとウチの学校、時間割ってものが無いので、こういう時間はふんだんに作れるんだよね、良くも悪くも。

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