2学期
第1話 憂鬱な新学期
9月1日、久しぶりの登校。
腕の筋力はすっかり落ちてしまい、まだ脇に痛みはある。
けれど、1か月近い入院生活、俺は退屈を持て余していた。役に立ったとはいえないものの、僅かながらも充実感を味わった1学期が懐かしくさえ感じる。
うかつにも、学校に行きたいな、などと思ってしまう健気な俺。あんな目にあったというのに。
とりあえず、今までと変わらないつもりで学校へと向かったものの、やはりというか、校門の前で俺は足が止まってしまった。
俺に落ち度は無い、いや、仮に未理との一件、俺に落ち度とするならば、あんな事態に陥る原因は、つまらない勘繰りで未理を傷つけたアイツらにもある。
一方的な停学処分には、到底納得がいかない。
しかし、あれから巧とも一言も話していないし、その後、俺の誤解が解けたとも考えずらい。
色々と考えているとだんだん憂鬱になってきて、いいや、このままサボっちまおうと踵を返したその目の前に、俺を睨みながら巧が立っていた。
「うわっ!」
「なんだ、停学明けで早速バックレるつもりかよ」
「ち、違う・・・」
「オマエ、借金の事、忘れて無いよな? それに、犯した罪は償わないといけないんじゃないか?」
「つ、罪って何だよ! 俺は罪を犯してなんていないぞ。お前、結局俺の事、信じてないのかよっ!」
「言い訳は学校に行ってからだ」
「未理は? あいつは、何て言ってる? 何か思い出してやいないのか?」
「未理には直の件は刺激が強すぎて、きちんと話してない。お前が仕事の件で直とケンカになり殴った、という事にしている。ありがたく思え!」
「何もありがたくねえよっ! 直の件って言うが、そもそも直を殴ったの未理だしっ!」
「それはオマエだけが言ってる事、何の証拠もねーんだよ! とにかく、未理には適当に話合わせておけ。余計な事言ったら殺す!」
「ふざけんな! あ、おい!」
ちきしょー、結局、俺は疑われたままという事か。ううっ、気が重い・・・。
「お、おはよう・・・」
俺が朝の挨拶をした途端、今まで話していたヤツらも黙り込み、シーンと静まりかえる教室。うわーー、イヤな空気。みんなから軽蔑したような目で見られるのは正直キツイぞ。
そんな中、直がガタンと大きな音をたてて立ち上がると、一言も言わずに教室から出ていった。
「しーくん、ちゃんと謝ってよねぇ。どんな理由があってもぉ、女の子殴るのは良くないよぉ。わたしからも、謝ってあげたんだよぉ」
未理が近づいてきて俺の耳に小声で呟いた。お、お前なぁー、自分で殴っておいて・・・。
「忍っ! 早く行けっ!」
俺が未理にイラついているのを感じとったのか、巧は直の元へ行くよう促した。仕方なく俺は設計室に直を尋ねると、扉ごしに声をかけた。
「えーと、直、今回の事は本当にゴメン。実は正直、自分のした事の自覚が無いんだ。ただ、どうも直を傷つけてしまったようで、それは本当にすまなかったと思う、ゴメン」
「私は今まで友人と呼べる者もなく、もちろん男性と接する機会などありませんでした。ですから、この学校でのみなさんとの交遊は、そんな私にとって社会的なコミュニケーションを学ぶうえでとても大切な場所でした。私自身、異性交遊も積極的に学ぼうという姿勢取り組んできたつもりなので、私自信に一切の非がなかったとはいえない事は理解しています。けれど、暴力により強引に欲望の捌け口にされる事を望んでいたわけでは決してないのですっ!」
「ち、ちょっと待って! 暴力、強引って、それ俺がやったって言うのかっ!? 俺は何もやってないからな!」
「惚けるのですか? 校内での事件だし強姦も未遂に終わった事ですから、みなさんに迷惑もかかるかと思い法的手段に出る事は控えるつもりでした。けれど、下井君に少しも反省の色が見えないようでであれば、やはりきちんと司法の手に委ねる事を考慮しなければいけないという事になりますが、よろしいですね?」
「ち、ちょっと待て! 本当に何も覚えてないのかよっ! お前殴ったの未理だっただろ? あいつの病気の事、前に聞いて知ってるだろ? あの時の未理は、メイタっていう別人格で、俺もお前もその被害者なんだよ! よく、思い出せよっ!」
「私は全裸の下井君に殴られた事しか覚えていません」
「た、確かに俺は全裸だった、でもその後、やっぱり全裸だった未理も設計室に飛び込んで来たじゃないのか?」
「そうでした、か?」
「そうだよっ! これは俺の人としての名誉がかかっているんだ、しっかり思い出してくれ! あの時、隣の教室で何か物音が聞こえたろう? それは俺がメイタに襲われ騒いでいたんだ。やけにウルサイのでお前は不信に思った! 違うか?」
「はあ、た、確かに・・・」
「その時、全裸の俺があわててこの部屋に飛び込んで来て、扉を閉め鍵をかけようとした。その時お前は何をした?」
「え、あ・・・はい、止めました」
「そうだ、お前は準備がどうの、とか言って、鍵を閉めるのを止めた、違うか?」
「そうですね、・・・そういえば、そうした気も」
「その後、誰が来た? 思い出せるか?」
「・・・そう、林さんが来ました。裸の。私、てっきり3人で交尾をするつもりなのかと思い驚きました。まさか初体験が3Pというのは、いくらなんでも」
「そうだ、いいぞいいぞ! それで、その後は?」
「・・・未理さんが怖い顔をして私を見ていたのが、私の記憶の最後かと・・・」
俺は今の会話を携帯に録音し、直を連れ立って勇んで階下のみんなの元へと急いだ。幸い未理は自室にいるらしい。その会話の一部始終をみんなに聞かせ、再度、直にも問うた。
「どうだ、直、殴ったのは俺か?」
「・・・多分、違うと・・・思います」
「多分じゃねえよっ! どう考えても、俺じゃ無いだろ? なあ、みんな!? そう思うだろ?」
一同、なんとなく納得しない顔・・・。なぜ?
「結局、目撃者がいないからな・・・」
「ああ、黒じゃないかもしれない。でも白とは断言できない。灰色、だな」
・・・。
「でも、オマエが殴ったんじゃないにせよ、直を置いて先に逃げた、って事だよな? しかも、直が殴られるのをわかっていたか、見ていたか・・」
「えっ、あっ、い、いや、そ、それは・・・」
「あらっ、それって、卑怯じゃない? 直ちゃんを置いて、一人だけ逃げようだなんてサイテーな男なんじゃなくて?」
「しかも全裸で校内を走り回った罪は決して軽くは無いだろう」
「い、いや、そ、それは、仕方なく・・・」
「そうだっ! アタシも確かに未理を頼むとは言ったが、セックスしろだなんて言っっちゃいねーぞ!」
「そうですね、真昼間から校内でそのような猥褻な行為に及ぼうとした事実は弾劾されるべきでしょう」
「お、お前らは、どうしても俺を悪者にしたいのか・・・」
結局、俺は、未理と校内で不純異性交遊に及んだ罪と、直への暴力行為の抑止を怠った罪と、校内を全裸で走りまわった迷惑行為の罪によって裁かれるらしい・・・。
「その罰だけど、アタシ、アイデアがあるんだ、ちょっと聞いてくれるか?」
巧が切り出す。お前、頼むから余計な事言うなよー。
「そもそも本来女子高のはずのこの学校で、こんな男女の絡んだ問題が起きたのは忍が男だからだよな? だからと言って、今さら忍を辞めさせるのもちょっとどうかと思う。だったら、罰として忍には、これから学校では女装して女子として過ごしてもらう、それでどうだろう? それだったら、みんなも男子として忍を意識し過ぎず良いんじゃねーか?」
「うん、それは面白いアイデアかもしれないわね!」
「お、おいっ! ちょ、ちょっと待て!」
「そうだな、僕も女子高なのに男子である忍がウロウロしているのは、どうかと思っていたんだ」
「私も賛成です。下井君に対しての嫌疑が完全に晴れたわけではない現状、外観だけでも女子として過ごす事により、下井君の性衝動が少しでも緩和させられるのなら幸いです」
「おい、ふざけるなよ・・・」
今まで黙っていた三日月が、ちょっといいか? と盛り上がるみんなを制した。
「話がずれるようで申し訳ないが、言いたい事は一緒なので、ちょっと聞いてくれ。林殿の事、拙も少し調べてみた。林殿の病気についてだが大概は極度のストレス、例えば身内からの虐待等があって他人格が生まれるケースが多いようだが、実際の所、林殿は生活環境はどうなんだ? そんな、虐待などが起きうる状況なのか?」
「アイツが虐待を受けていたなんで事は無い。それだけは断言できる。みんなにはこれからも未理を守って欲しいと思ってるから話すけど。アイツ、母親死んでから親父さんの愛情を一心に受けながらも、親父さんはあの通り多忙な人だから家庭的には孤独な家庭生活を送り、可愛い娘を演じつつ、しかも跡取りとしての過大な期待も背負い勉強漬け、幼い頃から常にパンパンで過ごしてきたんだ。
その結果、ある日突然パンクしちゃったんだ。可愛くて、気配りが出来て、頭も良い上に家庭的な完璧な娘、それがバーンという音と共に消えちまった。
その時から他の人格がだんだん増えてきて。今の未理は甘ったれで、自己チューで、ワガママで、愛される事にやたら貪欲な、本当の未理とは全然違う別人なんだ」
「そうなのか。拙の調べた所だと簡単ではないと思うが、おそらく精神が平静になるに従って人格は統合されていくと思う。そのためにも林殿にストレスやショックをあたえるのは芳しくないと思う。林殿が執拗に下井を求めるのも性に奔放なのも、寂しさから、もっと愛されたいとの願望が強いからかもしれない。その結果、精神の深層の倫理観が林殿の貞操を守るべく他人格が現われる。個性的で強引な人格達は、林殿の厳しい倫理観の象徴なのかもしれない。
しかし、あまり他人格が頻繁に現われる状況は、あまり芳しくないと思う」
「じゃ、じゃあ?」
「下井が女装して女として振舞うのは、林殿のそのような感情を抑えるのに良いのでは、と思う」
結局、俺は問答無用で女装する事となり、明日からは、女子高生として登校する事となった。とはいっても、突然女装できるわけではない。
話し合いの結果、今日の放課後に俺のウチで、この学校で最もこういった方面に長けているであろうセツ姉と未理に、化粧やら女物の服の着こなしの指導を受ける事となった。未理には、直を殴った事の罰として女装すると言ったら、すぐに納得し、むしろ面白がっているようだった。
彼女らは、市販の制服やらウィッグやら化粧品をたくさん携えてウチに乗り込んで来て、ババアの服なんかも、きゃーコレ使えるかもー、とか盛り上がりながら、俺の女装特訓は夜中まで続いた。
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