第2話 暑い夏の日 その2

 俺が何を言おうと首を縦にふらない巧。そんな巧に、男たちは一斉にはやし立ててきた。巧はだまって震える拳を握っていた。


「おい、何ごちゃごちゃ話してるんだよっ!」

「金、用意できるのかよっ!」

「悪いのは、ソッチなんだからな、わかってんのかよ!」


 大声で脅していた男たちは、それに飽きるとニヤニヤ笑いながら、巧の周りを囲んだ。


「矢田さん、このガキ、拳握ってますよ? それに、やけに反抗的な目しやがって、反省の色、ゼロなんじゃないっすか?」

「へー、お嬢ちゃん、ヤル気満々なんだ? 何、その拳? 暴力でも振るう気? そっちがバイク壊しておいて、それは無いんじゃない? 学校にばれたら退学もんだよ?」

「警察呼ぶ? 呼んでもいいけど、なんでバイク触ったのか聞かれると思うよ? そんな反抗的な態度してちゃ、バイク盗もうとしてたって思われても、仕方ないかもね?」


 巧は顔を真っ赤にしながらも、とりあえず頭を下げた。


「すいません。お金はすぐには用意できません。でも、絶対返すから」

「ふざけんなよっ! 今すぐ用意しろって言ってんだろ! 日本語、わからないの? そっちの彼氏が金用意してくれてもいいんだけど?」


 無理に決まってるじゃないか! 借金だってあるのに!


「じゃ、じゃあ、どうすれば、いいんですか?」

「そうだなあ、お嬢ちゃんにこれから俺たちと一緒に、ある場所に行ってもらおうかな?」

「ある場所?」

「そう、何、そんなに怖い所じゃないよ。ただ、男に色々とサービスを提供する店さ。そこで働くって誓約書にサインしてくれれば、それでいいよ。そこ、知り合いの店だから、お嬢ちゃんの給料の前借りって事で、俺も金がすぐに手にはいるし。なに、お嬢ちゃんなら、数か月ただ働きするだけで、100万くらいすぐに稼げちゃうよ」

「矢田さん、でも、こいつ何か反抗的っていうか、ブスったれちゃって可愛くねーっすよ? こんなんじゃ客、つくかどうか」

「そうかあ? だったら、最初からソープに落としちゃったほうがいいか?」


 ゲラゲラ笑う男たち。黙り込んだまま怒りに震える巧、もう爆発寸前だ。ヤバイ! 俺はビビっているのを必死に隠しながら、男たちの前に出た。


「そ、それで、そ、そういう店のサービスって、どんなサービスなんですか?」

「バカヤロー、色々なサービスだよ」

「い、色々って、何するんですか? か、肩たたきとか?」

「ばかやろー! な、わけないだろっ! そりゃ、男の喜ぶ事に決まってるだろっ!」

「お、男の喜ぶ、こ、事って?」

「ヤラすのっ! 男にっ! お前、そんな事もわからないのかよっ!」

「や、やらすって、も、もしかして、ば、売春・・・ですか?」

「もしかしなくても体売れって言っんだよっ!」

「で、でも、本人はイヤがってるのに、そ、そんな、む、無理やり・・・」

「じゃあ、どうやって金返せんだよっ! いますぐ、返せるのかよっ!」

「か、返さないとは、い、言ってないじゃないですか? 本人は必ず返すって言っているんです。今すぐは難しいって言ってるだけで」

「なんだとぉ? てめえ!」


 男は俺の胸倉を掴むと。一発頭をゴツンとコズいた。


「アイタタタタ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい、殴らないでくださいっ!」

「おい、こっちは親切で言ってやってるんだ? モノを壊したら、弁償する? 当たり前の事だろ?」

「おいっ! 忍には手をだすなっ!」

「ダメだよっ、巧! このヒトたちに逆らうと、俺、もっと殴られちゃうよー!」

「そうだよっ! 痛い目にあいたく無かったら、言う事を聞いたほうが得だとは思わねーかって言ってるんだよ?」

「ど、どうしても、ば、売春しろって言うんですね? そうしないと痛めつけるって?」

「それしか無いだろって言ってんだよ! しつけーなっ!!」

「うわーーーーっ!」


 俺は男の手から逃れると、大急ぎで逃げ出した。向かった先は警察だが。突然逃げ出した俺を、巧も男たちも呆然と見つめているのが見える。

 交番の場所は知っていたので、おまわりさんを連れて大急ぎで現場に戻ると、巧も男たちも、何かバツが悪そうな雰囲気で佇んでいた。


「確かに、この人のバイクを倒してしまったのは僕たちでした。その事についてはまず最初に謝罪しました。けれどこの人たちはそれを逆手にとって、謝罪し弁償を約束する彼女に対して、高校生であると知りながら売春を強要し、説明を求める僕に対しても暴力を振るったのです。この携帯に、その一部始終を録音してあります。どうか賢明な判断をお願いします」


 唖然とする男たち。巧もポカーンとしている。

 その後、俺たち全員その場で事情聴取が行われ、男たちは以外な程あっさりと自分たちの非を認め、修理代等は一切請求しないと約束し、何となく釈然としない俺たちを尻目に男たちはそそくさと引き上げていった。


 割とあっさり引き下がったなぁ、と狐につままれた気分のまま、俺たちは帰路に着いた。

 しばらく無言で歩いていたが、巧は立ち止まると、口ごもるように何かを言った。


「えっ、何?」

「・・・・・」

「え?」

「何でもねえよっ!!」


 何だよ、変なヤツ。


 それでも、妙な雰囲気のまま学校まで戻ると、見覚えのあるBMWが校門の前に止まっていた。それはレイコさんのBMWだった。

 俺たちが近づくと、扉が開いてレイコさんが姿を見せた。スーツ姿は相変わらずで、前に会った時と同じようにシュとはしていたが、俺を見る目にトゲのある感じは消えていた。

 そのレイコさんが、俺たちに突然頭を下げた。


「すまない。悪かった!」

「レ、レイコさん・・・」

「今日の事、私が仕組んだ」

「えっ、今日の事ってなんですか?」

「バイクも、絶対巧が食いつくって思って、あれ用意したんだ」

「???」

「あの連中は、今私の下で働いてる部下、ああ見えてみんな堅気なんだよ」

「え? じゃ、じゃあ、あれって、みんな嘘?」

「バイクもスタンドに細工して、触っただけで倒れるようにしておいたんだ」

「えーーーっ?」

「本当にゴメン、この通り」

「で、でも、なんでですか?」


 レイコさんの話だと、レイコさんは俺が巧と付き合っていると思い、その俺があまりにも女々しく見えたため、俺の本性を探ろうと計画したらしい。

 とにかく巧が心配だったらしい。


「巧が、もし見てくれだけの女ったらしに唆されている、そう考えたら、ジッとしていられなくなったんだよ。だから、この子がどう出るか見させてもらったのさ。確かに喧嘩は弱そうだし、ビビリで、おまわり呼びに行った時は、一人で逃げ出したのかと思って頭きたよ。あの時はマジ、シメてやろうと思った。

 でもさ、このコ、割りと機転きくじゃないか。見た目より肝据わってそうだし。あいつらを挑発して、おまわり連れてくるまでの一席は、ちょっと笑わせてもらったよ」

「いやあ、だからレイコさん! こいつとは何も無いんだって!」

「ウン、巧がそう言うなら、そういう事にしておいてやるよ」

「いや、マジで付き合ってなんか・・・」

「でもさ、巧が私の事気遣って揉め事から遠ざけようとしてくれた事、水臭いと思うけど、正直嬉しかった。巧はどこに居ても変わらない、確信したよ。

 でも、本当に困った時は絶対頼ってくれよ。借りができちゃったしな」

「はいっ!」

「それと、君、試したりして悪かった、ゴメン。男らしいという事が見た目じゃない事くらい、わかっていたつもりだったんだけど、すまなかった」

「いえ、いいんです。俺、そういう評価に慣れていますから」

「これからも、巧の事頼むな。こいつ、こう見えて、意外と自分の事に対しては抱え込んじゃう事があるから」

「わかりました」


 レイコさんが去った後、俺たちは顔を見合わせて、はあー、肩を撫で下ろした。


「しかし、疲れた一日だったなあー」

「いや、しかし、レイコさんには参るなー。でも、そんなに俺って女々しく見えるのか?」

「ああ、お前は誰がみても、男らしくは見えねーよ」

「あーあ、親を恨むよー。小学校の頃までは良かったのに、いつの間にこんな事になったんだか。自分の見た目には散々な目に合わされるよ、まったく」

「・・・・・」

「え?」

「・・・・・」

「だから、さっきから何だって?」

「ちょっと、ホントにちょっとだけだけど・・・カ、カッコよかったぜ」


 巧は俺を睨めつけると、顔を赤くしてこう言うと、みんなが待っているだろう教室へと戻っていった。俺は巧が言った事を反芻してみて、え? あいつ今なんて言った? と、半ば信じられない気分で、巧の後を追った。


 カッコよかったぜ?

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