第3話 傷心の未理
レイコさんとの一件以来、巧とは何となくぎこちなくなっている。
巧も同様なんだろう、前ほどケンカ腰の口調も鳴りを潜め、作業中も割と丁寧に指導してくれている気がする。思えば最近、巧がタバコを吸っている姿も見てないぞ。
そんな俺達の様子に、みんな何かにつけ口を挟んでくる。
「あら、巧ちゃんと忍くん、いつの間に男女の関係になったのかしら? 外廻りが怪しいわねえ。ちゃんと営業してるのかしら?」
「男女の関係! それは交尾の事ですね? お二人は営業と称して私達を欺き、交尾に勤しんでいるのですか? もしかして、あの生殖活動を行う事を目的に作られたという、ラブホテルと呼ばれている施設の利用料金なども、必要経費として処理しているのでは?」
「なんて恥知らずな! 君たちには理想は無いのか? 一番手短な対象で自らの性欲を満たそうなんて、なんて志の低い! ほとほと君たちには呆れるよ」
「むっ!むーーーっ!」
「いや、だから何度も言ってるだろっ! そんな関係じゃねーって! 直っ、交尾って言うなっ交尾って! うるせーぞ、中、変態のぞき魔にいわれたくねーつの! 違う、違うって美留!」
巧は必死に否定してるが、しかし何だってコイツら、こんなに敏感なんだ?
確かに、ちょっと最近の巧の様子は今までと違うけれど、大騒ぎするほどでは無いだろう? 実際、何もないぞ、俺達。
もっとも、俺は巧との色恋沙汰なんていうトンデモナイ話なんかは単純に面倒だったので、なるべくそんな言い争いなんかには関わらず、知らん振りを決め込んでいた。正直、大した事じゃないと考えていたから。
しかし、俺はすっかり未理の事は失念していた。バカンスに出かけるとかで本当なら夏休みはいないハズの未理が、なぜだかそんな与太話で盛り上がっているときに限って登校していたのだ。
あっ、と気が付いた時は、未理が机で肩を落として泣いているのが見えた。
「ヒドイ・・・ヒドイよぉ、しーくん・・・。未理がいるのにぃ、よりによって巧とだなんてぇー」
「ち、違うって、未理! アタシと忍はホントにそんな関係じゃ無いってっ!」
「わたし、わかるもン、巧、しーくんの事、好きでなんでしょぉ?」
「す、好きじゃないって! 本当だよ、まじで勘弁してくれよ、こんなヤツ! ただ女々しいだけのゲイ野郎じゃねえかっ!」
「そ、そうよ、未理ちゃん? 私たちも、ちょっと言いすぎたわね。ごめんなさい。ちょっとからかっただけなのよ、忍君なんて、未理ちゃんくらいよ? 好きになる物好きなんて」
「そうだ、無い無い! こんなやつ、男としての魅力なんて、ゼロだよ、ゼロ! てゆうか、ゼロ以下かな」
おいおい、ちょっと酷くないか? いくら何でも、ちょっと言いすぎだろう? 俺にだって傷付く心くらいあるんだぜ・・・。
しかし、みんなのフォローも未理には届かなかったのだろう。未理は泣きながら自分の部屋へと閉じこもってしまった。
「だからシツコいんだよ、オマエら! 未理泣かしちゃったじゃねえか、あぁなっちゃうとアイツ結構面倒なんだから、アタシ知らねーぞっ!」
「うーん、こうなったら、忍くんにお願いするしかないわね」
「そうだ、元はといえば君に非がある。何とかしたまえ」
「じゃあ、忍、後は頼んだよ」
勝手言いやがって、俺は何一つ悪い事してないぞ! なんで俺に非がある? お前らの悪ふざけが全部悪いんじゃねーかっ、どうしろってっていうんだよ!
それでもそのままにしておく訳にもいかず、仕方無く俺は未理の部屋へと向かった。鍵が閉じられた扉に向かって、とにかく謝ることにした。
しかし何を謝るんだよ、何も悪くないってのに・・・。
「未理、ゴメン。本当にゴメン。これからお互いを分かり合おう、なんて約束してたのに、こんな疑われるような事になって、本当にごめん。でも、巧とは本当に何も無い、それは間違いないんだ。実は先日、巧の先輩のレイコさんという
でも、それは巧が僕を好きとかじゃなくて、レイコさんに言われた事をヘンに意識し過ぎて普段通りに振舞えない、そんな事じゃないかと思うんだ。それに、僕自身、巧に対してはクラスメイト以上の感情は持っていない。嘘じゃない、嘘だと思うならココを開けて僕の目を見て欲しい」
すると、扉が開き目を真っ赤にした未理が姿を見せた。肩を落とし涙目で俺を上目遣いに見つめるその姿。か、可愛いじゃねえか。やっぱ、見た目だけはいいよな、未理。
「でもぉ、巧はしーくんの事、好きだよぉ、未理にはわかるもン。だってぇ、幼稚園からの付き合いだよぉ? 絶対、巧はしーくんの事が好き。他のコ達にもしーくんの事、好きな子いるよぉ、美留と三日月も、それにきっと直もしーくんが好きなはず」
「無い無い! 絶対無いって! 特に三日月には殺されかけたんだよ!?」
「だってそうなんだもン。でもぉ、もし、しーくんがこれから誰から告白されてもぉ、ゼーッタイに未理の事を選んでくれるって約束してくれるならぁ、許してあげてもいいかなぁー」
「や、約束するよ」
「それからぁ、もう一つお願い聞いてくれるぅ?」
「うん」
「未理のこと、抱いてぇ」
「だ、抱く?」
「ウン、そう」
俺は少しドキドキしながら、小柄な未理の体を抱きしめた。シャンプーなのか香水なのか、相変わらず甘ったるい香りが鼻をくすぐる。
「違うよぉ、抱くっていうのは、こういう事だよぉ?」
そう言うと未理は俺の目を見つめながら部屋の扉を閉め、そして鍵をかけた。電気を消してピンクのカーテンを閉めた部屋は、艶めかしい薄明かりの空間となり、イケナイ雰囲気一杯だった。
ちょっとぉ、後ろを向いててぇ、というので、俺は興奮する胸の鼓動を抑えきれぬまま、後ろを向いていた。パサパサといった衣擦れの音と、俺の心臓の音しか聞こえない。
み、未理、な、何をしてるんだ・・?
「こっちを向いても、いいよぉ」
未理の言葉に振り向くと、そこには想像通り、生まれたままの姿の未理が立っていた。
「未理だけ裸んぼうは恥ずかしいよぉ、しーくんも服を脱いでぇ」
「あ、ああ・・・は、はい・・・」
い、いいのか? い、いいのか? ほ、本当にいいのか? ち、ちょっと考えよう・・・。えっと、何を考える? 三角関数? 一次方程式? ペリー下田来航は何年? いや、ち、違う! ユ、ユウコ、ユウコに殺されないか? いや、た、巧か? あいつ、怒る? えっ、たっ巧、カンケー無いか?
「早く、しーくん、ベットに行こう」
俺の手を引く未理、緊張のあまりピンと突っ張った俺の手に未理のスベスベの肌が触る・・・。ベッドサイドで俺の作業着を脱がす未理、されるがままの俺。いつのまにか俺も、生まれたままの姿に・・・。
「しーくん、初めてぇ? 未理は初めてだよぉ。ゆっくり、ゆっくり、やろうねぇ。優しくしてくれないと、ダメだよぉ」
「う、うん・・・」
いつもなら鼻につく未理の甘い息が、今はとてつもない誘惑になって俺を襲う。もう抗えない、無理だ、後は本能に任せるのみ、さよなら俺の理性。さよーならー俺の思慮よ、後悔よーー!
未理の小さな肩を抱きしめ、意外なほど大きな胸に顔を埋め、天国はここにあったぁーーーっ!!
と、思った矢先、俺の本能が、生存に結びつく種としての本能が、自らに迫る危機を敏感に感じとった。しかし、それは余りにも遅い、何の役にも立たない危機回避能力だった。
俺はすでにその時、危険に抱きとめられていたからだ。
「おい、われ、何しとるんじゃ?」
あれ? 何か、ちょっと、目つきがおかしいですよ・・・未理さん?
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