夏休み

第1話 夏の暑い日 その1

 夏の暑い日差しが降り注ぐ中、普通の高校生が部活にバイトに、そして恋愛にと若い情熱を傾ける夏休み。俺は相変わらず普段どおり出勤していた。

 そう、登校じゃない、出勤だ。もう割り切っていくしかないだろう、今日も元気に仕事がんばるぞ! クソっ!


 朝の打ち合わせで、そろそろ新しい顧客や仕事が欲しい、付加価値の高い仕事がしたい、との意見も出て、佐伯さんの一件から立ち直りつつある巧と俺で営業に出ようという話になった。

 暑い中、外へ出るのは億劫だったが、正直ずっと実習室に篭りきりというのも辛かったので、まずは顧客を数軒回ろうという事になり、早速巧と二人、外へと繰り出した。


 リアルドリーム社に伺った際、例の女社長さんから、数社お客となりそうな会社を紹介してもらえたのは大きな驚きだった。

 社長さんが俺達の仕事をとても評価してくれ、異業種の経営者の人なんかも含め色々と宣伝してくれたらしく、その場で何軒かの会社とアポイントを取ってもらったりして、幸先の良いスタートとなった。

 大人のおもちゃとはいえ、作って良かった! と初めて思った瞬間であった。


 しかし俺は、学生である俺達なんかによく仕事出す気になるなあ、という素朴な疑問が浮かんだ。長く付き合いができるわけではないであろう俺達に仕事を出すって事は、ある意味、他所ではやらないワケ有りな仕事って事じゃないの? とも思ったが、何はともあれ、借金のある身としては、例えワケ有りであろうが、どんな汚い仕事だろうが構ってはいられない。

 機械が動かない事には金が入らないのが現実だし。


 暑い夏空の下、営業回りを一段落し、町中の小さな公園で、自販機で買ったコークで休憩を入れていた、そんな時の事。


 公園の入り口にスッと黒のBMWが止まりスーツ姿の女性が降りると、真っ直ぐに俺たちの元へと近づいてきた。綺麗な人だなあ、何か俺たちに用でもあるのか?どこかの知りあいだったっけ? と訝しげな俺に、巧は飲みかけのコークを俺に押し付けると、あわてて立ち上がってその女性にピョコンと頭を下げた。


「おっ、お久しぶりですっ!」

「巧、久しぶり、元気そうじゃない?」

「ありがとうございます! レイコさんこそ、ご活躍しているそうで、お話は美和さんたちから伺ってますっ!」

「うん、仕事のほうは、まあまあうまくいってるって所かな。で、そのコ、誰?」

「こ、こいつ、学校の同級生で・・・、エート今、学校の仕事探すのに、一緒に外回ってて」

「へー、私はすっかりデートしてるのかと思ったよ。ていうか、学校、女子高だって言ってなかった?」

「い、いや、女子高なんですけど、こいつだけはイレギュラーっていうか、なんて説明していいか・・・」

「巧さぁ、どうしても学校でやりたい事があるっていって紅蓮拿威くれない抜けたんだよねえ? それがこんな昼間っからデートって、どうゆう事?」

「いえっ、ホントにデートなんかじゃないですっ! やりたい事、今、一生懸命打ち込んでいるのは本当です! 信じてくださいっ!」

「ふーん、何か腑に落ちないトコもあるけど、巧がそう言うなら信じるよ。私も今は紅蓮拿威くれない離れて美和に任せてるから偉そうな事言えないしね。まあ、巧が嘘つくとは思ってないから、とにかく学校のほう、がんばんなよ。困った事があったら声かけな」

「ハイッ! ありがとうございます!」

「そっちの君も巧の事、よろしくな。邪魔して悪かったな」

「いっ、いえっ! お疲れ様でしたっ!」


 その女性は、それだけ言うとまたBMWで去っていった。だ、誰だ? 綺麗な人だけど、目つきはちょっと怖い、それに、会話の端々に紅蓮拿威くれないって聞こえたけど、もしや・・・。


「はあ、ブルッたー! まさかレイコさんに会うとは思わなかったー!」


 そう言うと巧は俺からコークを奪うと、ゴクゴクとあわてて飲み干した。俺も巧の緊張が移ったのか、急にノドが乾いてきた。


「レイコさん、立ちあげた会社、うまくいってるって聞いてたけど、相変わらずオーラ半端ないなあ」

「レイコさんって、お前が憧れてたってヒトだっけ?」

「そう、カッコイイだろ!」


 レイコさんは辰巳怜子という紅蓮拿威くれないを立ち上げた女性で、美しい美貌を誇りながらその徹底した硬派ぶり、恐れを知らない度胸、男にも引けを取らない喧嘩の強さから、この界隈では有名なヒトだったらしい。

 もちろん俺も紅蓮拿威くれないの怖さは知っていたが、リーダーがあんな綺麗なヒトだとは知らなかった。

 レイコさんは、ぐれた巧が野放図に荒れないように一から硬派を叩き込んでくれたらしく、巧の一番尊敬している先輩でもあり、一番恐れている先輩でもあるらしい。


「レイコさんがいなかったら、今のアタシは無かったよ」


 俺は正直、今のお前になっちゃたのは、あのヒトのせいだったんだ、と思ったのだが、そうとはさすがに言えず、そうかそうか、と頷くしかなかった。

 巧は突然の再会に驚きはしたようだが、お陰でテンションはあがったようで、明日もがんばるぞと浮かれていた。

 ただ、俺はレイコさんの俺を見る視線がまるで値踏みをするかのように鋭く、それが気になって仕方がなかった。


 まさかそれが、あんな事件に繋がるとは思ってなかった。


 それは、レイコさんに会った日から一週間ほどたった日の事だった。

 その日も暑い日で、俺と巧で新規の紹介されたお客さんに挨拶しに行った帰りの事だった。

 道端に一台のバイクが止まっていて、巧はそれに気が付くとすぐに駆け寄っていって大げさに騒ぎだした。


「わーっ懐かしい! ゼファーじゃん、それにこの色! これってアタシの乗ってたヤツと色一緒だよっ! 特別にペイントした色なのに、どうして?」


 巧は駆け寄ってハンドルに手をかけた、と、その瞬間。バイクは派手な音をたてて倒れてしまった。


「うわっ!」「あーーーっ!」


 するとすぐに数人の男が駆け寄ってくるのが見えた。あんまり素性のよろしくなさそうな人たちのようだ・・・、うわ、ヤバイよーーー!


「てめーらっ! 何しやがるんだっ!」

「ってか、何か勝手に倒れちゃったみたいなんだけど?」

「ふざけんなよっ、てめー! バイクが勝手に倒れっかよ!」

「このガキっ! ふつー謝るのが先じゃねーのかよっ!」

「ご、ごめん、なさい」


 渋々頭を下げる巧に、一番年嵩の男が近寄ると、バイクの様子を見て言った。


「あーあ、タンクは凹んでるし、エンジンフィンも傷ついちゃったよ。お嬢ちゃん、コレ結構高くつくよー。安くても80、いや100万はかかるかなー」

「そんなにかかるわけねーと思うけど」

「今、これ、プレミア価値がついてて、結構するんだよ、修復したんじゃ、価値下がっちゃうの、わかるでしょう? 正直、100万だって安いくらいだよ?」

「・・・・」

「弁償、すぐにしてもらわないと。俺、金がいるんで、コレ処分する所だったんだよ? それともまったく同じ車体、いますぐ持ってこれる?」


 俺は慌てて巧の耳元で囁いた。


「おい、金の問題なら、親父さんにお願いしよーぜ? 親父さん金持ってるんだから、絶対100万くらい、すぐに用意してくれるって」

「イヤだ。あいつには頼みたくないっ!」

「じゃあ、レイコさんに頼もーぜ? 困ったら連絡しろっていってたろ?」

「ダメだ。レイコさんは足洗って堅気の会社立ちあげたんだ。こんな事に巻き込ませたくないっ!」

「じゃあ、どうするんだよ??」


 焦りまくる俺、黙りこむ巧、どうしたら良いんだ!?

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