第28話 セツ姉の過去

 慌ただしく過ぎていったこの3ヶ月。


 スパイラルバレッツ事件、あれにはホント驚いたけど、あの事件から少しずつみんなの気持ちが重なってきた気がする。何より、新作のバ〇ブの開発から生産に至るまで、ほとんどを我々の手だけでやり遂げた一体感と充実感。

 悪い気分じゃなかったな。


 そんな喧騒から少し離れた俺たちは、いささか呆けた時間を過ごしていた。


 それでも何もしてないわけではない。バイブの追加生産分の部品作り、作田製作所経由の仕事や、巧が営業をかけていた近所の会社からの仕事もボチボチと入ってきており、それなりに忙しく働く日常。

 中小製造業の多くが仕事が無いと嘆く昨今、ありがたい話ではある。


 そんなある午後、実習室の暑さに俺は少しダレてきたので、巧の姿が見えないのを確認すると、美留に、ちょっと外の空気吸ってくる、と声を掛け、フライス室を出た。

 鬼の居ぬ間に、ちょっとくらいサボっても罰はあたらないだろう。俺も雑用分野では随分貢献していると思うし。


 旋盤室からは、相変わらず絶える事無く機械の回る音がする。中の真面目さだけは、本当に感心する。が、しかし、忘れてはいけない。ヤツは、所詮「変態盗撮魔」である、油断はならない。


 セツ姉の所で油でも売ろうかと溶接室の扉を開けると、そこには校長の姿があった。

 二人で窓際に腰掛けながら、タバコを吸っている所だったが、ん? ちょった待てよ? ここは学校の教室で、あんたたち先生と生徒だよな?


「やあ、下井君、どうだね調子は?」

「忍くん、入ってらっしゃいよ。ねえ、先生、せっかくだから、お茶にでもしません?」

「うん、いいね。セツちゃんの入れるお茶は格別だからなあ」

「あら、先生ったら、お上手なんだから」


 俺は何となくスナックにでも居るかのような雰囲気に圧倒されながらも、三人でお茶を頂き、もう梅雨明けですねえ、などと、ジジくさい事を言ったり、くだらない校長の下ネタを聞かされながら午後の一時を過ごした。

 ほどなく校長が、そろそろ昼寝でもするかなー、などと言いながら戻っていった。

 俺は、あの爺さん、このままだとボケちゃうんじゃないか? と不安を抱いたが、あれだけ下ネタに夢中になるんじゃ大丈夫よ、というセツ姉の言葉に、そうかもな、と納得。


「でも、ココは本当に居心地がいいわねー。そう思わない?」

「いやー、俺はかなり辛いの、我慢してるんだけど」

「何に我慢してるって言うのかしら? すごく生き生きして見えるけど?」

「とんでもない! 作業ばっかりで、したい勉強できなかったり、全然普通の学生らしい生活が出来なくて、我慢しっぱなしだよ。クラスメイトとの淡い恋愛とか、仲違いしながらも育まれる友情とか、俺の考えていた学園生活は、ここには全然無い!」

「なーんだ、我慢って、そんな事? ツマラナイ事ばかりじゃない。今のほうが、よっぽど忍くんのためになってると思うわよ」

「いやいや、それは無い! まったく無いよ!」


 こう見えたって、将来不安なんだ。


「セツ姉の居心地が良さって、何? 好きな事をしていられて、勉強しなくていいとか、そんな事なの?」

「そうねー、別に私、勉強が嫌なわけじゃないのよ。でもね、学校はちょっと、馴染めなかったな。私って小学生の頃から、割と学校で孤立してたのよ。というのも、女の子に嫌われる事が多くて。花魁とか愛人とかあだ名つけられたり、私としては、みんな何でそんな事言うの? って、すごく不思議だったんだけどね」


 いや、不思議じゃないって。


「でもね、中学に上がってすぐの頃かな、担任の先生が私に迫ってきた事があったのよ。私を押し倒してこれからって時に他の先生に見つかって、その先生、クビになってしまったの。その時、その先生に、お前が悪いんだ、お前が誘惑するから、って泣きながら言われて、私ショック受けちゃって。

 だって、私、そんな自覚なかったんですもの。それからは、教師殺しとか、喰いまくり女王とか、散々陰口言われて、さすがの私も、あぁ私が全部、悪いんだ、と思って、結構メゲていた所に出会ったのが、溶接だったのよ」

「溶接!? 何で、溶接?」

「中学の帰りに鉄工所があって、外からおじさんたちが溶接しているのが見えたのよ。汚い作業着着て、頭には溶接面被って、汗と鉄粉で真っ黒になってるおじさん達を見て、コレだ、と思ったの。

 その頃の私は、自分の女の部分が嫌いだったの。きっとそれが男の人を駄目にしちゃうんだ、って思ったのね。だから手元の炎が作るモノがすべて、みたいな、女の自分を隠せる、そんな職人気質で男性的な世界に取り憑かれたの。

 それから毎日その工場に行っては、溶接やらせて欲しいってお願いしたけど、私みたいな女の子の、しかも中学生じゃ当然相手にもしてくれなくて。まあ、それはそうよね。

 でも、1ヶ月毎日、学校へも行かずに顔を出す私に社長さんが根負けして、そんなにやりたいなら溶接やってみな、って言われたの。その代わり給料は出せないけどって。あんなに嬉しかった事ないわ。

 それからは毎日が楽しかった。汚れるし、暑いし、ヤケドはするし、体には悪いっていうし。けれど、溶接面被って炎を見つめているだけで、本当に楽しかったの。おじさんたちも親切で色々教えてくれたし、けれどタバコを覚えたのは余計だったかしらね」

「じゃあ、今はソコ辞めちゃって、学校来たんだ?」

「そうね、あまりこの話はしたくは無いんだけど、忍くんには話ちゃおうかな。

 ある日、私が仕事終わって帰ろうとして着替えている時、他の皆はもう帰ってしまったかと思っていたんだけど、野本さんっていう、30過ぎくらいの人だけ残っていて。無口だけど、一番親切でイイ人だったのよ、野本さん。

 その人が突然私を押し倒して乱暴しようとしたの。私は、あぁ、まただ、でも野本さんなら乱暴されても別にイイかな、くらいにしか思わなかったんだけど、いざこれからって時に、急に野本さん泣き出して、ゴメンよ、ゴメンよって」


 なんか、その人、気の毒だな。セツ姉の着替え覗いちゃったら、そりゃ押し倒したくもなるよなぁ・・・。


「結局、野本さん、その鉄工所辞めちゃって、私、社長さんに呼び出されたのよ。いつかこんな事がおこるんじゃないかって思ってた、君がいると皆の気持ちが乱れる、悪いがもう来ないで欲しい、そう言われたの。

 私、もう他に行き場が無くて、本気でお水か風俗しかないかな、て思っていたのよ」


 それは、ある意味、正解だろう。


「そんな時、声掛けてくれたのが、巧ちゃんだったの」

「その時には、二人は知り合いだったの?」

「巧ちゃん、中学の時グレてたでしょ? ある日、私がいた鉄工所に、バイクのマフラー溶接してくれって、彼女来たのよ。

 もちろんあんなナリだし、誰も相手にしなかったんだけど、私がやりたいって社長さんにお願いしたら、セッちゃんがやるならいいよって、許してくれて、それからの付き合いかな。

 巧ちゃんもお父さんの工場で機械動かしていたし、お互い工場で汚れながら鉄を扱う者どうし、最初から気が合ったの。女の子でそんな事しているって珍しい事もあったんだけど。

 そんな私が、工場に居られなくなって、ヤケ気味に男と遊んでいるの、巧ちゃん凄く怒って、前言ってた事と違うじゃん! って、頬引っぱたかれたのよ!

 アタシと一緒に学校行こう、スゴク面白くなるよ! って誘われて、それで私もココに居るというわけ」

「へえー、そんな事があったんだ。巧っていい所もあるんだな」

「巧ちゃんは本当イイ子よ。他の子達もイイ子ばっかり、ちょっと変わってるけど。実際、ココは面白いし、私は自分らしく振舞おうと誰にも迷惑かける事も無いし、本当に快適!」

「俺が迷惑してるって!」

「あら、そうなの?」

「当たり前だよ! 俺だって男なんだ、ムラムラだってするよ!」

「それはごめんなさいね。でも、忍くんイジルのって、ちょっと楽しいんですもの」

「もう勘弁してよ。でも、いいよな、セツ姉は。そうやって、やりたい事があるんだから。俺は大学だって行きたいし、そのためには勉強だってやりたい。だって将来、不安だから。好きでこんな事、してるわけじゃないし。

 だから俺は夏休み、ガッツリ勉強して、遅れ取り戻してやるつもりなんだ」

「あら、この学校、夏休みなんて無いはずよ? 巧ちゃん、言ってたわよ、聞いてないの?」

「えーーー!」


 俺は大慌てで溶接室から出ると、巧の姿を探した。どこにもいない。とすると、あそこだ!

 俺は屋上へと向かうと、案の定、巧が寝そべってタバコを吸っていた。


「お前! サボッて屋上でタバコなんて、昭和の不良か!?」

「ああ、忍か、どうした?」

「どうした、じゃねえよ」

「オマエも吸ってみる?」

「あ、えっ?」


 俺は言われるまま、タバコを口にしてみる。巧がライターで火を点けてくれ、煙を吸い込んでみると・・・。

 苦い味が口中に広がったかと思うと、咳き込んでしまった。

 巧は、ケケケと笑い、お子様には無理かもな、と言った。


「こ、こんな事しに来たんじゃないっ! ココ、夏休み無いって本当か!?」

「ああ、だってみんな休んで家に居たって、ココに居たって、ヤル事一緒だって言うから。あ、未理だけはバカンス行くって言ってたけど」

「俺も夏期講習行きたい!」

「ふざけるなよっ、そんな事したら、お前の借金分は仕事残しておくからなっ!」


 やっぱりな。こいつは俺に対してはいつだってこうだ。なんで俺にだけそんなに厳しいの? ホント、勘弁してほしいよ。

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