第26話 悲しき天才と盗撮魔

 そして俺たちは、バ○ブ本体の形状をつくるための作業に入った。

 

 出来上がったクレイモデルを元に金型を作り、その金型を使って成形するのだが、成形の工程は、リアルドリーム社の取引先があるので、そこで生産してもらう事になっている。

 素材は特殊なシリコンを使うらしく、成型とは簡単にいうと、金型にそのシリコンを流し込み硬化させる作業らしい。


 ここで活躍してもらうのが、美留である。スカ女が誇るコミュ障天才フライス少女の本領発揮。何でも美留はクレイモデルを参考に手動で金型にするらしいが、それは大層凄い事らしい。


「しかし、このモデルを元に、メス型まで削っちゃうって、トンデモない技術だよなあ」

「そうなんだ?」

「まあ、見てなって。見ものだぜ」


 巧の描いた簡単なレイアウト図から、綺麗に四角く削った金型の母材にケガキ線というラインを引く。それを機械にセッティングすると、美留は切削に入った。

 小さい体で、両手と右足を使って、器用に機械を操作していく。よく見ると、機械が上下左右に動きながら、金型のベースを削っていく。そして、僅かな時間で大体の形が出来上がっているのには驚いた。


「これは粗どりで、最終的にはもっと細かく削って仕上げるんだが、いつ見ても凄いなぁ」

「俺も、よくはわからないが、スゴイ、というのはわかる」


 俺たちは、加工に集中する美留を邪魔しないよう、少し外の空気を吸いにフライス室から出た。

 ご機嫌かと思いきや、何となく巧の表情は暗い。


「どうした? 何か気になる事でも?」

「美留がスゴイってのは、オマエでもわかったろ? でも、実は、あのスゴさってのは、今となってはあまり重要では無いんだ。例えば今回の仕事でも、形状が出来てしまえば、それをスキャニングして3Dデータを作り、簡単にNCで加工できる。モデルに忠実なデータ取れるから、正直いくら手作業で正確なものができたとしても、あまり意味が無い、とも言えるんだ。もちろん、3DモデルをCADでモデリングしたら、もっと手間がかからない」

「じゃあ、何で美留にやらせてるんだ?」

「だって、惜しいだろ、あの技? あれは技術ではなく芸術だよ。アタシたちとは、住むべき世界が違うんだ。たまたま同じ土俵に上がっているだけで、やっている事の本質が違う。

 美留は本物の天才だ。だからアタシは、アタシの知ってるような小さな世界に美留の才能を埋もれさせないため、何とかしてやりたいと思っている。美留にはココでその才能をアピールして、その使い道を探ってやりたいと思っているんだ」

「美留以外の、他の連中も・・・そうなのか?」

「まあ、な」


 ココの連中は、巧に誘われてこの学校に来た連中が大半みたいだ。そして、どいつも社会適合力には疑問符の付く連中ばかり・・・。

 もしかして巧が、ここの連中の事を考えて、この学校を創ったとか? まさかな、このヤンキー娘にそんな大層な事、出来るわけないか。しかし、巧は妙にこの学校の内容について詳しいようだし、何か絡んでいるのは確かだ。


「でも、アピールって言ったって、バ○ブ作って、アピールになるのか?」

「わかんねえよ! でも、何もしないよりはマシだろ。こんな仕事だって、未留の活躍する機会がある、という事でもらってきたんだ」


 こいつも色々と考えているんだな、と少し感心した。ただ、美留に対する優しさの半分でも俺に向けてくれたなら、と、それが俺の心からの希望である。


 そんな、巧の意外な優しさに触れた翌日に、例の、鬼の本性むき出しの顔を見るとは思わなかった。


 朝、いつもの通りギリギリで教室に入った瞬間、その冷え切った空気にまず圧倒された。皆の冷ややかな視線が集まる中、怒りに震え鬼の様な形相の巧が、まずそこに座れ、と有無を言わさぬ様子で言い、俺は黙って座るしかなかった。


 俺の座った机の上には、何やらカメラらしきモノがあり、気がつくと皆が俺の周りを取り囲んでいた。


「な、何だよ? 一体、どうしたっていうんだ?」

「こんな事したんじゃ、弁解の余地は無いな!」

「ヒドイよぉ、しーくん、なんでフライス室なのよぉ! そんなに裸見たいなら、なんでわたしに言ってくれなかったのぉ!」

「ガッカリしたわよ、忍くん、性はもっとオープンじゃないといけないわ」

「このような破廉恥な行為が私達に学校で起こる事は予想していませんでした。この犯罪行為に対しては断固した態度で望む事を希望します。早急に警察に連絡する必要があると思いますが、いかがでしょうか?」

 

 どうも冗談でもなんでもないらしい。みんな、顔がやけに真剣だ。けれど、俺にこんな風に責められる理由が思いつかない。


「ち、ちょっと、何? ハレンチ? 警察ってどういう事だよ?」

「しらばっくれるな! 盗撮魔!」

「えーーーっ! 盗撮魔? 俺が盗撮魔だって言うのか!?」


 どうもフライス室の更衣室から、盗撮に使われたとおぼしきカメラが発見されたらしい。もちろん、俺はまったく知らない。誰が何のためにそんな事をしたのかわからないが、俺が疑られるのも無理はない。何せここには男、俺一人だからな。 

 あ、校長は?


「あの爺さんが盗撮なんてするかっ! ま、するかもしれないけど、校長は違う! 校長はセツ姉が大のお気に入りだから、仕掛けるなら溶接室だ!」

「俺だって、間違ったってフライス室には仕掛けないよっ! 一番見たくない裸が、お前と美留だよっ! ヤンキーとお子ちゃまには興味無いってのっ! 仕掛けたヤツは、誰がそこで着替えるか知らないヤツか、よっぽど悪趣味なヤツさ!」

「テ、テメーーーー!」

「む、むむむ!」

「それは、非道い言い種だぞっ忍っ! 僕だってキャサリンの裸なんて興味ないっ! むしろ見たくもないっ! 美留の、美留の裸だけ見れればよかったんだ!」


「え!?」

「え!?」

「えーー!?」


「あっ!」


 結局、盗撮した犯人は中だった。考えてみれば、前から怪しかったのだ。美留に妙に執着していたし、美留を見る目は友達の、同性のソレでは無かった気もする。 しかし盗撮までするとは・・・。中が歪んでいるのは性格だけで無く、性癖もだったのだ。


「いや、違うんだ。僕はイヤラシイ気持ちなんてコレっぽっちも無くて、美しいものを見たいという、純粋な気持ちだけだったんだ。みんなだって、あるだろう? 綺麗な花を見にいったり、美しい風景に心うたれたりとか、僕の気持ちも同じだ。疚しい事は無い!」

「でも、盗撮だろ? 疚しい気持ちがあるから、隠し撮りしたんじゃねえの?」

「ぐっ。だ、だって、言ったって見せてくれないだろ? ねえ、美留、言ったら見せてくれたかい? 僕に見せてくれたかい、君の裸?」

「むっ!」

「それ、見ろ! だから影ながら愛でたい、そう思ったのさ!」

「偉そうに言うな、盗撮魔! 言い訳する前に、やる事があるだろっ!」

「ご、ごめんなさいっ! 未留、本当にごめんなさいっ! 僕は君の事を愛しているんだ! で、でも、同性愛っていうのともちょっと違うんだ。本当に、イヤらしい気持なんてコレっぽっちもない、美を崇拝する気持ちというか。もうしないから、許してくれるよね?」

「むむっ!!」

「お願いします! 君の事をこんなに愛してる僕を、許してほしい!」

「むむむっ!!」

「うわぁぁぁぁーーー! 僕はどうしたらいいんだぁーー!」


 中が何となく可哀想になってきた。しかし、気持ちはわからないではないが、やった事は犯罪行為である。

 巧が、怒って口をとがらせる美留に問いかける。

 

「なあ、未留、コイツ許せない?」

「ん」

「アタシは、できれば更生するチャンスをやってもいいかな、と思うんだが」

「む!」

「でもさ、コイツはお前の事、純粋に愛しているのは確かだよ、変態だけど。何とかならいか?」

「むむ、むむむ、むんん、ん」

「中。オマエに裸見られるくらいなら、忍に見られたほうがマシだって」

「ウソつくなーー! なんで美留がそう言ってるってキャサリンにわかるんだ!」

「む! んん」

「アタシにはわかるよ、美留の言ってる事。美留の言葉が伝わらないオマエに、美留を愛してるなんて、言えるのか?」

「う、うぅぅぅーーー」


 結局、巧が美留をなだめ、何とか今回は見逃してやる事となった。

 その罰として、中の左側の眉毛と頭髪を剃り上げる事が条件だった。対称性に異常に拘る中にとっては、耐え難い屈辱であろう。なかなかエゲツない罰である。

 しかも、頭を剃ったのが巧で、その嬉しげな表情はさぞ中の心を傷つけたに違いない。


「キャ、キャサリン、やけに嬉しそうだな・・・」

「そりゃそうさ、中は少しぐらいバランスが崩れたくらいがイイんだよ。さあ、出来たぞ! なあ、このくらいでちょうど人並みだよ、ケケッ!」

「グヌッ・・・」


 そもそも坊主頭のようだった中の左半分が剃り上げられ、左眉もないその風貌は、まるでパンクの女王のようにも見える。かなりトンガッテはいるが、格好良く見えなくもない・・か? 

 まあ、巧ではないが、前よりずっと人間的な気がするような気もしないではない。

 本人は相当メゲているようだが・・・。

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