第20話 センチの説教

 その声の主は、未理だった。


 さっきまで俺の横にぴったりと張り付いていたが、気が付くと、背筋をピンと伸ばし、腰に手をあて、皆を射すくめるようなキリッとした表情の未理が、そこにいた。

 未理ではある、しかし未理ではない。きっと別人格の誰かなのだろう。


「あなた方がまず、やらなければいけないのは、今、自分達が何を作ろうとしているのかを正しく知る事。そして、それを作った場合のリスクも同時に考えなければいけない。今回の件については、あえて考えるまでもないんじゃなくて? 

 そもそも、こんな非人道的なものを作る事に賛成した子たちは、自らのエゴのみで判断しているとしか思えない。モノを作るという事に従事していながら、その先に起こる事を想像するイマジネーションが欠けているというのは問題じゃないの? そこの坊主の子!」

「ぼ、僕?」

「あなたは自分では合理的に判断してると思っているでしょうが、結局は我を通しているだけ、自分の思っている通りに事が運ばないのが我慢できない様ね、違う? 巧の杜撰さを責めているけど、なら、なぜ自分で受注が決まる前に、自ら確認しようとしなかったの? それに、あなた自身この仕事をしてはいけない事を理解しているのに、変な意地を通そうとしているのが、一番良くないわ」

「え、あ・・・」

「そこの目付きの悪い子は、自分の本能に従うだけの獣と一緒で問題外」

「ぐ、ぐぬっ」


 中も三日月も、グウの音も出ない。そして、その矛先は俺にも向かう。


「そしてあなた! こんなヤサ男のどこが良いのか・・。今、未理のお気に入りらしいわね、忍って言うのでしょう?」

「え、あ、はい、そうです」

「あなたは、屁理屈並べて誤魔化そうとしてるけど、この危険な仕事をやりたいわけがありそうね。それが何かは知らないけれど、人の命に代えられるものなの? それがお金なんて言ったら、あなた畜生以下よ」

「ギクッ!」

「まあ、未理とそのチビッ子の意見は忍に同調してるだけだから別にどうでも良いけど。さあ、どう? よく考えてごらんなさい。彼女たちの、こんなにもお粗末な欲望だけで、自分達の未来に傷をつける様な事をするつもり? どうなの、巧?」


千知せんちさんの、言う通りだと思う・・・。断ろう、いいよな、みんな?」


 そうか、この人が巧の言っていた千知さんか。俺は、未理とは思えない自信に満ちた雰囲気に圧倒されながら、千知さんを見上げる事しか出来なかった。  

 結局、千知さんの意見に従い、全員反対という事で、この仕事は断わる事となった。


「けれど、巧、あなたの浅慮がこういう結果を生んだのは確かよ、それはきちんと謝罪する必要があると思うけど?」

「う、うん。みんな、本当にごめん! 今後はこのような事がないよう、気をつけますっ!」


「よし! さてと、巧、お父様に連絡入れてくれる? タイの新工場の件、進展していないようなら、すぐにも審議に入らないといけないから」

「うん、了解」


 千知さんが、すぐさま林精機が寄こした車で去った後、巧は皆に質問攻めとなった。


「あれが、未理の別人格なのか? 前に聞いた千知さんだよな? 一体どうなってんだ、あいつの頭の中は?」

「しかし、まるで別人なのねー」

「先日、下井君が襲ったという幼女とは、別人格という事でよろしいでしょうか?」


 千知さんは、未理の人格の中で一番知的で、アメリカのアイビーリーグ出身。未理の中の人格たちには、各々詳細な設定が為されていて、性別も違えば出身地も異なる。明汰なる男の人格は、未理が知るはずのない広島弁を操り、千知さんは英語がペラペラらしい。未理は英語が喋れないというのに。

 未理の親父さんは、そんな千知をとても頼りにしていて、千知が現れた時は、すぐさま巧が連絡を取る手筈となっている事など、話した。


 俺たちは、人間の神秘、というものに触れた気分だった。


「けど、何度も言うが未理には言わないでくれ。他の人格たちから、口止めされているんだ。理由はよくわからないけど」

「うーん、あいつも変わったヤツだな」


 いや、だから変わってる、とかいうレベルじゃないの。明らかに、病気だから。


 千知の旋風が吹き荒れた後には、やはり、今回の事件の後始末が残っていた。


「で、巧、後は頼んだぞ」

「でも、相手はテロリストでしょう? 巧ちゃん、大丈夫かしら?」

「ネットで流される動画での情報を信じるとするならば、彼らの報復の方法としては首を切る等の残虐な手段が考えられます。作田さんもそれなりの覚悟を持って話し合いに臨むのが賢明だと思います」

「く、首を切るだって!本当に?」

「な、なんだ! 三日月、その嬉しそうな顔は! アタシの首が切られるのが、そんなに嬉しいのかっ!」

「違う、想像しているだけだ。兄の首が切られるのは、拙だって望んではいない。・・クク」

「テ、テメー、今、笑ったろっ!!」


 みんな、自分の事でないと思って好き勝手言っている。けれど、流石の巧もナーバスになっているようだ。仕方ない、相手はテロリストだ、何をするかわからない。普段はカレー屋だけに、殺されて煮込まれたりして・・・。

 うわっ、俺、なんて想像してるんだ!


「とにかく誠意を持って話してこい。お前の誠意が伝われば、命くらいは助けてくれるかもしれない」

「何言ってんだ、忍、人事みたいに? オマエも一緒に行くんだよ」

「えーーー! 俺もーー? イヤだよっ俺っ!」

「行くのが当たり前だろ! オマエ、謝罪担当じゃないか!」


 俺はいつの間にか謝罪担当になっていたようだ。納得はいかないが、巧がそれを許さない空気をプンプン匂わせている・・。

 セツ姉が俺の肩にそっと手を置くと、目に涙まで浮かべ静かに囁いた。


「忍くん。巧ちゃんを、お願い」


 あ、あんた、何てわざとらしい・・・。


 その後、巧は準備があるといって、フライス室に行ったきり30分ほど戻らなかった。気になった俺が様子を見に行って目にしたのは・・・。

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