第19話 殺傷兵器!?

 そして、その日の夕方、中に依頼していた試作品が出来上がった。螺旋状の溝のエッジはギラリと光る程鋭く研がれており、ちょっと触っただけで手を切ってしまいそうだった。

 何か、とても危険な雰囲気を醸し出している。


「巧、エッジ、本当にこれでいいのか?」

「いいんだ大丈夫、お客さんに確認したら、なるべく刃を立ててくれって」

「一体、何なんだこれ?」

「拙が研いだ刃は、さぞやの切れ味だろうな」

「え?」


 三日月の言葉に、皆が黙りこむ。


 切れる? 何を切るというんだ? 誰しも、そう思ったはずだ。その製品はお客からの希望で、中が旋盤で加工した後、わざわざ三条が刃を立てたのだ。その作業の際の三日月の目は、あの刀を振り回した時の表情を彷彿させるもので、きっと良からぬ想像をしながら刃を立てていたに違いない。

 そして、また今も良からぬ想像をしているんだろう、気味の悪い含み笑いを浮かべている。


「ま、まあ、いいじゃないか! 上手く出来上がった事だし、早速今日の放課後にでも納品してくるよ。忍、オマエも一緒に来いな」


 放課後、俺たちはその納品先へと向かったが、巧は駅近くの商店街に来ると、キョロキョロと何かを探してるようだった。


「多分この辺なんだけどな?」

「何探してるんだ?」

「何って納品先に決まってるだろう」

「へえ、こんな所に工場があるんだ」

「工場じゃないよ、カレー屋だよ、インド料理ガンジス、オマエも探せよ」

「はぁ? インド料理?」


 なんでカレー屋が? と、全く意味がわからなかったが、とりあえずその辺りを探すと、狭い路地を入った所に、インド料理ガンジスはあった。

 人一人通るのがやっとという狭い階段で二階に上ると、香辛料の匂いがプーンとした。


「マダ、ミセヒライテナイヨー」


 外人らしき声が、厨房から聞こえた。


「イヤード、巧だ。例の試作品、出来たよ」

「オオ、タクミ! ハヤカッタネ」


 厨房から出て来たのは髭をたくわえた外人のおっさんで、人の良さそうな笑みをうかべ、巧とは親しげな様子だった。


「どう? 言われた通り、エッジも立てておいたけど」

「スバラシイ! コレナラバッチリネ」

「良かった! でさ、イヤード、これ、一体なんなの? 試作が出来たら、教えてくれるって言ったろ?」

「ソウダッタネ」


 おっさんは、巧み向き合うと、笑みを浮かべた。けれどその微笑みには、さっきまでの人の好さそうな印象は皆無だった。

 そう、まるで三日月を彷彿させるような、気味の悪い・・・。


「コレハ、イキョウトノテキヲタオス、ワレワレノセイナルダンガンネ」

「異教徒? 敵? 倒す? えっ!?」

「コレハ、シンガタクラスターバクダンニトウサイスル、ダンガン。イキョウトノカラダ、キリサク」

「ひゃーーー!!」


 や、やっぱり! 嫌な予感がしたんだ、あの三日月の目、あいつの思っていた通りじゃないか! これ、ヤバいだろ? こんなモノ作っちゃさすがにヤバイんじゃないの? さすがの巧も、顔色が悪い。


「イヤード、爆弾はマズいよ、爆弾は」

「バクダン、チガウ、コレハバクハツシナイ、バクダンニイレル。バクダンバクハツスル、スルト、コレトビチル。トビチッテ、テキヲキリサク、テキチダラケ、テキコロス」

「う、うわーーっ、ど、どうしよう、忍ーぅ!」


 爆弾が炸裂し、その勢いでこの螺旋に刃が立てられた弾丸が四方八方に飛び散る。近くにいる人間は誰彼構わず・・・。

 うわーー! ヤッベーって、これっ!


「イマサラ、デキナイ、ソレ、ワレワレニタイスルブジョク、ソノトキハ、ニホンジンモテキ、セイセンノジュンビ、ハジメル」

「イヤード、オマエ、テロリストだったのかよっ!」

「ワタシ、テロリストチガウ カレーヤネ。デモ、セイセンニ、ショクギョウカンケイナイ、カレーヤモタタカウ」

「インド人のカレー屋が余計な事すんじゃねー!」

「カレーヤ、バカニスル、ソレユルサナイ、スパイスハ、ヒトノミナモト。ソレニ、ワタシ、インドジン、チガウ」

「インド人でないクセに、インド料理の看板あげんなよっ!」

「ニホンジンダッテ、カレーヤ、シュウカリョウリヤ、ヤル、ワタシモ、カレーヤヤル、オカシクナイ」

「紛らわしいんだよっ!」

「タクミ、アトノブン、ハヤクツクル、タノンダヨ」


 帰り道、巧はガックリと肩を落とし、いくら身から出たサビとはいえ、少し気の毒に思えた。

 すっかり落ち込んだ巧が向かったのは、駅からは少し外れた場所にある小さな居酒屋だった。巧は、おっちゃんいつものね、と声を掛けると、あ、二つ、と付け加え、カウンターに腰掛けた。


「イヤードもココの常連だったんだ、まさかテロリストとは思わなかった」


 グラスが目の前にドンと置かれた。口をつけてすぐ、俺はむせてしまった。


「お前、これ、酒じゃないか!」

「そ、ハイボール。って言っても、焼酎ハイボールだけど。このへんじゃ、ボールっていったらコレだな」

「お前未成年だろっ!」

「オマエ、飲めないの? 大体、営業は飲んでナンボだろ」

「巧ちゃんは小学生の頃から親父さんと来て飲んでるからなー」


 酒席で営業って、お前どれだけ親父くさいんだよ。煮込みをつつきながらハイピッチでグラスを傾ける巧に、女子高生の片鱗は微塵も無い。


「大体、アタシが仕事見つけてこなけりゃ、毎日ヤル事ないだろ? 金稼ぎたいだろ? なら、多少の不平不満は口にするなよな!」

「ああ、そうだな」

「ここは日本だし、難しい事は、アタシ、わかんない、それでいいじゃん?」

「じゃあ、お前、あの仕事やる気?」

「・・・うーーーん。どうしたらいい?」

「明日、みんなで相談するしかないだろ?」

「やっぱり?」


 その後、俺はその店で何杯酒を飲んだのか、何を話したのか、何をしたのか、正直、記憶が無い。

 気が付くと小さな部屋の畳の上にそのまま寝かされていた。


「おい! 起きろよ、遅刻するぞ!」


 巧の声でハッと目が覚め、ここが巧の家だという事に気がついた。

 俺はあわてて着ている服の様子を確かめたが、特に昨日と変わりは無かった。


「何もしてねえよ!」


 巧の乾いた口調に、少しホッとして、そういえば昨晩、巧の肩を借りて、二人でフラフラとここまで歩いて来たのを、少しだけ思い出した。巧の思ったよりも小さい肩。


「何で、ここに来たんだ? 俺?」

「オマエ、全然憶えてないだろ? 言った事も?」

「えっ、お、俺、何言ってた?」

「さぁね」


 気になる! が、まったく憶えてない。酒、怖えー。しかし、今はそれほど調子は悪くないのは幸いだ。


「あーあ、みんなに説明するの、気が重いな。中、また、うるせー事言うんだろうなー」


 朝のホームルームは案の定、大騒ぎとなってしまった。


「だから言ったろ! お前はいつも大事な事を聞かずに物事を進めるから、こういう事になるんだ。僕は最初から怪しいと思ったよ」

「そもそも酒席でのはかりごとは、裏社会のお話と決まっていてよ?」

「つまり作田さんはテロリストの策謀に乗り、無関係な一般市民を死に至らしめる事を承知の上で非人道的な殺傷兵器の製造に手を染めたい、そう考えているという事で、よろしいでしょうか?」

「む!」

「巧、わたしはイヤだよぉー、人殺しなんてぇー」

「クククク、拙の研いだ刃が血を吸う時が、こんな形で訪れるとは。その威力をこの目で見れないのが残念だが」


 みんな、勝手な物言いをするが、結論を出さなくてはいけない。


「で、どうしたらいい? アタシたち、このまま、この仕事続けるのか? 反対か賛成か、意見を聞かせてほしい」


 結局、多数決で決める事にした。


「まあ、僕は続けたいかな。材料は最初のロット分は買ってしまったし、もう加工の下準備は出来てるし、後戻りはしたくないよ」

「拙ももちろん続ける事に賛成だ。一度手に掛けたものは自分の分身みたいなもの。目的がどうであれ、陽の目を見て欲しい、と思うのは道理であろう?」


 中は賛成か。三日月が賛成するのは、ま、当然だろうな。


「私は反対よ。血生臭いのなんて、ゴメンだわ。そこに愛は無いもの」

「私も反対です。社会倫理という側面からも非人道的兵器の製造に携わるという事は許されない行為であると、私は解釈いたします」


 セツ姉と円谷は反対か。でも、俺は。


「昨晩じっくりかんがえたけど、俺は、やはり続けたい。確かに用途を聞いてしまうと躊躇するけど、すべてのテクノロジーが平和的に発明され使われてきたとは言えないだろう? ノーベルにしてもアインシュタインにしても、その偉大な発見の影で、多くの無実な人々が血を流す事になったわけだし」


 俺は、正直な所、自分の借金を返したいのだ。この受注は大きい。継続的に受注できれば決行な額の金が動くだろう。それは捨てられない。


「巧はどう思うんだ?」

「ア、アタシは、作りたくない。良心が痛むモノなんて、作ってはいけないと思う」

「何を偉そうに! お前が受注したんだろう! 責任をもてよ! 最初からきちんと用途を聞いていれば、こんな事にならなかったんだ! お前のずさんなヤリ方がいけないんだろ!」

「わ、悪かったよ」

「まあ、中、それぐらいにしてやれよ。あと、未理はどうだ? 美留はどう思う?」

「未理はしーくんの言う通りでいいよー」

「ん」

「えっ、美留も作る事に賛成! ?いいの、本当に?」

「ん!」

「じゃあ、これで、5対3で賛成多数で、この仕事の継続が決まったけど・・・」


 よし、これでちょっと儲けさせてもらおう、そう思った矢先・・・。


「やれやれ、本当にこれで良いの? あなたたち?」


「!」「!」「!」「!」「!」「!」「!」


 突然異を唱えるその声の主に、誰もが驚いた。

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