第18話 二人の天才

 三日月との事もあって、翌日は学校に行くのを躊躇してしまった。

 バカにされたり、こき使われるのは慣れたから別にいい(いや、良くはないか)。しかし突然刀で切りかかられるのは、いくら何でも勘弁願いたい。


 しかし、借金の事もあるし、しかたなく登校すると、今日は久しぶりに未理が登校していた。一瞬、未理かどうか判別できずあせったが、開口一番、しーくん! という声を聞いて、あぁ、未理だ、元通りの未理に戻ってよかったと安堵した。


「ヒドイよぉ、しーくん、お買い物の最中に未理の事、置いて帰っちゃうなんてぇ!」

「・・・? あぁ、ご、ごめん」


 未理の背中越しから、巧が合図を寄こした。話を合わせろって事か?


「せっかく、夜もご飯一緒にって思ってたのにぃ!」

「ホントにごめん! 今度は一緒に食べような」


 うーん、やはり居たら居たで疲れる。さらに、いつ別人が現れるかと思うと、気が気ではない。何とも難しい存在である。


 朝の打ち合わせが始まり、巧が中に話かけたのは、三日月にバイトの作成を頼んだ仕事の件だろう。


「中、例の試作品、いつできる?」

「バイトは昨日もらったから、今日中にはできる。あと、溝を入れた時のエッジ、どうする? 面取りするのか?」

「うーん? 聞いておく」

「頼むよキャサリン、そういう事は最初に聞いておいてくれよ」

「えっ、何なに? キャサリンってぇ? 巧、いつからキャサリンって呼ばれてるの?」


 こんな時だけ耳がいい未理が、思いっきり反応した。もちろん巧は中に言うなよ、と凄んだが、中はお構い無しに未理に昨日の一件を話した。


「キャハハァ、やっぱ巧のパパって可笑しいよねぇ。巧にカチューシャ、見たかったなぁ! しかも王女様ぁ!? ヤンキーの王女なんて、いないよねぇ? ドレスの代りが特攻服だったりしてぇ、あー、可笑しいぃ!」

「おい、未理、そりゃ言いすぎだって!」


 俺も笑いを抑えられず腹を捩って笑っていたら、巧が突然俺の腹を蹴り上げた。


「ゲフッ、う・・、なんで、お、俺なんだ・・よ・・・」

「うるせーっ! 笑いすぎなんだよ、テメー!」


 すっかり不機嫌な巧に、お前の顔みてるとムカつく、と言われ、フライス室を追い出された。

 俺は、作業からは開放されるし、巧のウルサイ小言も聞かなくてすむので、喜んで実習室から逃げ出した。久しぶりにノンビリとした時間を過ごせるとは、ラッキーだ。思えば、この学校へ来てからは苦難の連続、心休まる間も無かったなあ、としみじみ思った。


 それでも、しばらくボンヤリしていると流石に少し退屈してきたので、中の旋盤室へと足を運んでみた。聞きたい事もあったし。


「どうだ? 仕事の進み具合は?」

「何だ? 巧に言われて様子を見に来たのか?」

「いや、そうじゃない。ちょっと暇だったんで、勉強のために寄らせてもらったんだよ」


 俺が今、唯一使える機械がボール盤ってやつで、これは穴を開ける機械らしい。ネジ穴も開けられるらしいが、基本上下にしか動かない。

 美留が使ってるフライス盤は、左右と前後、Ⅹ軸とY軸をハンドルでテーブルという台を動かして被素材を加工する。それプラス上下、Z軸も動かす事が出来るため、色々な形を自由に削れるものだ。

 中の使っている旋盤という機械は、横向きに丸いチャックというモノが回転し、その回転しているものをバイトという刃物?で削る機械らしい。陶器などを作る、ロクロを横にしたようなモノだ。


 チャックに丸い棒状の鉄を取り付けて回転させ、それを両手でハンドルを使ってバイトを操作して形を作っていく、その流れるような動きは美留同様、やっぱり美しく思える。

 そんな事を美しいと感じるようになった俺は、モノづくりにハマってしまったのだろうか? いや、無い無い。


「なあ、中。お前はなんだっていつも、巧に突っかかるんだ?」

「君は知らないのか? だったら巧に聞いた方がいいよ。僕が言えるのは、巧にはガッカリしたって事だけさ」

「ガッカリ?」

「慣れない、不向きな営業のマネ事なんかして。わかるよ、確かにここの面子じゃ巧くらいしか営業なんて出来ないからね。でも、どうにも腹の虫がおさまらない」

「じゃあ、どうすればいいと思うんだ?」

「さぁね、僕にはわからない。あいつにだって、わかってるのかどうか・・・。さあ、今日中には試作仕上げなきゃまずいから、邪魔しないで出て行ってくれよ」


 中の実習室を出て、ふと横を見ると、セツ姉の溶接室の扉が少し開いていた。怖いもの見たさで、隙間から覗いて見ると、窓辺にもたれてタバコを吸っているセツ姉の姿が見えた。

 その表情は、いつもの飄然としたものでは無く、首を傾げ少し物憂げに視線を落とす、そんな様子はやけに色っぽく、俺の下半身は敏感に反応した。

 ヤバい、行こう、そう思った俺に、中から声が掛かった。


「あら、忍君? どうしたの、中に入っていらっしゃいよ?」


 タバコを燻らせながら微笑むセツ姉は、いつも、様子に戻っていた。てゆうか、タバコ!?


「セツ姉ってば タバコ、いくら何でも校内で吸ったらダメでしょう!?」

「あら、そうなの?」

「そうなのっ!」

「忍君て、わりとカタいのね。こっちの方もカタいのかな?」

「止めてくれ!」


 俺の下半身に手を伸ばそうとするセツ姉に俺はしっかりガードした。この人、昼からエロ全開だな。


「巧ちゃんと中君?」


 セツ姉なら知ってるかと思い、俺は聞いて見る事にした。


「下ネタ挟まなくて、いいからね」

「あら、つまらない」


 そう言って、口を尖らせ拗ねて見せるセツ姉は、少しだけ幼く見え、年相応に見えなくも無い。・・・いや、やっぱり見えないな。


「あの娘たち、ライバルだったのよ、小さい時から。学生主体の技術五輪に小学生の時からゲストで出場していて、二人とも町工場の娘という事もあり、結構有名だったらしいわ。知らない?」

「知るわけないよ、だって、そんな事、何の興味もないし」

「ライバルとは言っても、似た所のある二人だったから、その頃は結構仲は良かったらしいわ。二人の関係が崩れたのって、中学入ってからの事。巧ちゃんグレちゃって2年間は大会には出なくて、それでも3年生の時に出場した大会で巧ちゃんは金メダル、中君は銀メダルだったの。中君は、高校生になってからのリベンジに燃えていたんじゃないかしら。この学校だって、高校に行く気のなかった中君の事を誘ったの、巧ちゃんなのよ。なのに巧ちゃん、本業そっちのけで営業ばかりしてるから、中君、それが不満なんじゃないかな」

「でも、あいつしか営業できるヤツいないし、それは中もわかっているって言ってたけど」

「それだけじゃ、無いのよ」

「え、それだけじゃないって?」

「巧ちゃん、美留ちゃんに会って自信無くしちゃったって、前に私に溢した事があるのよ。それからあまりフライス盤に触ろうとしないの。それも原因じゃ無いかしら。美留ちゃん、本物の天才だから、おなじ機械使う巧ちゃんにしてみたら、無理無いと思うわ。でも、巧ちゃんだって全国大会で金メダルよ? ただ者じゃないんだけど」

「実留って、そんなに凄いの?」

「別次元、そう、宇宙人ね」


 素人にはわからない世界があるもんだな。


「でも、巧ちゃんと中君なら大丈夫よ。お互いに認めあう仲なんだし、二人とも口は悪いだけで、とってもイイ子よ」


 セツ姉の言う通りかも知れない。あいつらの事は放っておくのが良いのかもしれない。


 そんな事を、ティータイムに未理にも話しつつ、ふと俺は気になった事を未理に聞いてみた。


「巧って、中学の時グレてたんだろ?」

「うん、そうだよぉ。巧、紅蓮拿威くれないっていうレディースに入っててぇ、髪は金髪で特攻服着て、凄ーく怖かったんだからぁ!」

「ク、クレナイ! ひぇー、ま、マジかよ!」

「小さい時から空手やってたからケンカも強くて、小さい頃の未理、いつも助けてもらっていたのぉ。でねぇ、その頃の未理の夢はぁ、巧のお嫁さんになる事だったんだよぉ」


 やっぱり本物のヤンキーだったのか。しかも紅蓮拿威くれないって、滅茶苦茶硬派のおっかないレディースだろ? あいつ、どヤンキーじゃないか。

 どにかく、巧とはケンカなんかしたら駄目だと、俺は改めて思った。


 ふと、俺はユウコの事が頭に浮かび、未理に聞いてみた。


「なあ未理、小白川勇虎って、知ってる?」

「ユウコちゃんなら、幼稚園から一緒だよぉ」

「えっ、やっぱりそうだったんだ!」

「なんでしーくん、ユウコちゃん知ってるのぉ? ああ、そっか! 二人は東中だもんねぇ!」

「あ、えーと、あの、俺とユウコの事・・・、巧から聞いてる?」

「えー? 何の事ぉー?」

「あ、いや、いい」

「ユウコちゃんも、幼稚園の頃は体は大きいけど弱っちくて、いっつも巧に助けてもらってたんだよぉ。だから、ユウコちゃんも、巧のお嫁さんになるって言っててぇ、未理とライバルだったんだぁ」


 お嫁さん・・・。ああ、その頃からユウコ、お前は・・・。でも、最初のお相手が巧とはな。

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