第17話 血に飢えた三日月
その日の朝、ご機嫌で登校してきた巧は、教室に入るや真っ先に中の席に向かうと、図面を手渡し、少し挑戦的な笑みを浮かべながら話を切り出した。
「これ、新しい仕事なんだけど、出来るか?」
「精度は?」
「精度はラフでいいんだ。形状重視。海外向けらしい」
「精度がラフなら、可能かな。ただ、ウチのNC旋盤だと、この螺旋は加工出来ないから、汎用機で作ったバイトを使っての加工になるけど」
「いいよ、それで」
それは、20ミリくらいの弾丸型の製品で,、周りに螺旋状に溝があるような品物だった。
「何だろう、これ?」
「さあ、機械部品か何かじゃないかな。まず10ヶくらい試作を作って、OKが出たら1000ヶ位はすぐにでも注文になるらしいんだ。オマエにしたら、あんまり面白い仕事じゃないかも知れないけど、結構稼げるんだ。悪くないだろ?」
「まあ、な。遊んでいるよりはいい」
仕事の受注はもっぱら巧の仕事だけに、やはり必死なんだろう、少し安心したように笑みを浮かべた。
それに、例のキャサリン事件以来、分の悪い中に対して、少しでもデカイ顔できたのが嬉しかったのもあるかもしれない。
「バイト作りは三日月にやらせてもいいか? アイツも暇してるみたいだし」
「構わない。ただ僕は三日月には関わりたくないな。彼女、何考えてるのわからくて苦手なんだ」
「わかった、忍に行かせる」
なんで自分で行かないんだよ! 俺だと技術的な事はわからないぞ、という俺に、巧はこう忠告した。
「お前、三日月とあまり話してないだろ? いい機会だと思ってさ。けど、アイツちょっと危ないヤツだから、気をつけろよ」
「あ、危ない? 彼女、俺の事嫌ってるみたいだし、大丈夫かな?」
「嫌ってるってワケじゃないだろ。アイツの愛想無しは誰に対してでも一緒だ、それは心配ない、と思う」
どう危ないかの説明は適当にはぐらかされた。それじゃ気をつけようがないじゃないか! 俺はそう思ったものの口には出さず、体育館脇にある、元のクラブ棟に三条三日月を尋ねた。
ま、ここスカ女に危なくないヤツなんて、いないもんな。
思えば、そう安易に考えていたのが、間違いの元だったのだ。
工具研磨を行う機械は、校舎の三日月用の実習室にあるらしいのだが、今日、三日月は、この元クラブ棟にわざわざ作られた炉がある、鍛造を行う作業場にいるらしい。
鍛造というのが鍛冶屋仕事とは聞いたが、それがどんな事をするのか、未だによくわからない。とっつきづらい三日月の鍛造の作業場に、今まで足を向けたことがなかったからだ。
少し緊張しながら、俺はその作業場の開かれた扉から中を覗いてみる。そこには、人が身を屈めれば何とか入れそうな大きさの、四角い頑丈そうな小屋の様なものがあり、どうやらそれが炉、というものらしい。
三日月は頭に手ぬぐいを巻いたいつものスタイルで、手には刀のようなものを持って立っていた。俺の顔を見ると、例の尖った視線を向けてよこした。
やっぱ、ちょっと気味悪いよな、こいつ・・・。こんなに美人なのに・・・。
「い、忙しい所、ゴメン。ちょっといいかな? 何か旋盤のバイトってモノを作って欲しいらしくて、その図面持ってきたんだけど、今、大丈夫かい?」
「拙は今火入れを行おうとしていた所だったのだが、急ぐ仕事か?」
「せ、拙? あ、い、いや、すぐではなくてもいいと思うけど・・・」
「すぐでなくて良いのなら、今は忙しい、後にしてくれ」
「あ、じゃあ、図面だけでも見てよ、いつごろ出来るかだけでも教えてくれると・・・」
「なら最初から、そう言え! 兄のそのようにハッキリしないモノ言い、拙はいつも苛立ちを感じていたのだ」
ここで俺はピーンときた。そうか、コイツの危ないって、コッチ系なんだ。
「ああ、そうだったんだね! 三条さん、君、ブリーチオタってわけだね! その刀もまるで本物みたいじゃないか、結構気合い入ってるねー。
しかも、何、拙、兄って? いやあ、結構、中ニ病? こじらせてるなあ! いや、俺は嫌いじゃないよ、そういうの。剣士って俺も憧れるもんなー。てか、そうか! その手ぬぐいは、もしかしてゾロ? ワンーピースのゾロ、意識してんの? いやー、イッチャッてるねー!」
「・・・き、き、貴様っ、なんという、無礼な・・・そっ、そこに直れっ!」
「はいっ! ご無礼いたしましたっ!」
俺がおどけて頭を下げた矢先、後頭部にシュッと何かに触れられた感じがし、パラパラと足元に髪の毛が落ちてきた。何だと思って顔をあげた俺の前に、刀を構えた三日月の姿があり、ヤツの目は尋常ではない輝きを見せていた。
しかし、この時点でも俺は気付いていなかった。目の前にいるヤツが、正真正銘のキ印だって事に。
「返す返すも無礼な物言い、拙を侮辱するに飽きたらず、我が父、
三日月の振るった刀が、俺の体を掠めたと思った瞬間、作業着がスパッと切れ、切れ目から見える俺の肌に、袈裟がけに赤い線が走った。
え、血? そして、俺を見る三条の目・・・。
俺は、ここにきてようやく悟った! ヤベーーー! コイツ、本物だ! 本物のキ印じゃねーーかっ!
「ヒャァーーーー!!」
俺は恐怖で腰が抜け、尻を地面にスリながら必死で逃げた。かなりみっともない姿なのはわかっているが、他に逃げようがなかった。三条は上段に刀を構え、口元には笑みを湛えていた。舌舐めずりまでしている!
こ、こいつ、血を見てから表情が変わったぞ!
俺は思わず手にした箒を構えてみたものの、三条はそれをあっさりと両断し、口元から笑みを崩さないまま俺ににじり寄ってきた。
「もはや、ここまでだな」
「た、助けてくれーーー、だ、誰かーー、け、警察、警察呼んでくれーー!」
「ちょっと待ったーーっ!」
巧が、俺と三日月の間に割って入ってきた。
「三日月、ちょっと待て! 何があった!」
「こやつ、拙の事を中二病などど侮辱し、我が刀をも偽者と笑った。許せんっ!」
「悪い、悪い。コイツ、オマエの事、よく知らないんだよ。刀鍛冶の家の生まれだって事も知らないんだ、勘弁してやってくれ。オマエだって、悪いんだぞ。自分でわかってるだろう? 他人が見たらどう思うかって事くらい?」
「拙は他人の目など気にしない。自分の信じる事をただ実践するのみだ」
「まさか、カッとっして、自分の鍛えた刀で娘が人切ったなんて知ったら、親父さん、どう思う?」
「せ、拙はそんな事はしない! 少し、こやつを脅かしてやるつもりだっただけだ。いつもヘラヘラと女のようなこやつの事は、先より腹立たしく思っていたのだ」
「う、嘘だ! こっ、こいつ、俺を切るつもり満々だったぞ! 警察に、警察に突き出そう!」
「な、何をーーっ!」
「お互いに落ち着けって!」
とりあえず、この場は巧が何とか押さえ、三日月も刀を収めたが、俺の怒りは収まらなかった。
「何だよ、あいつ! 本当のキ印じゃねえか! 何で言わなかったんだ! あいつ、マジで俺を殺す気だったぞ!」
「言ったろ、危ないって」
「危ないってレベルじゃねーよ! 病院に連れていけよ病院に! あいつが通わなきゃいけないのは学校じゃなく病院! 冗談じゃねーよ!」
聞くと三日月の親父というのは、人間国宝の三条国月という刀鍛冶らしい。娘のあいつは、女である事を理由に弟子入りを許されず、独学で親父さんと同じ道に進みたいと、自らの意志でこの学校に来たらしい。
なぜ、この学校か? など、謎は多いが、志は立派だとは言える。ただし、頭はキ印である。
ちなみに、三日月はナイフを作る事にも熱中しており、すでにかなりの数のナイフを作り、それをクレッセントというブランド名でネット販売までしているらしい。
しかしだ。みんなも巧もわからないのだ。あいつが俺の血をみた時の反応。あいつは血を見るために、刀やナイフ作っているに違いない! あぁ、あの目の輝き、あれは、血を求めし鬼、まさに血に飢えた三日月。
こ、怖えーーっ! マジであいつだけは怖い。
三日月には二度と近寄らないようにしよう、と俺は心に誓ったのだった。
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