第21話 どヤンキー参上

 扉を開き俺が見たのは・・・。

 白い特攻服を着て、ウンコ座りでタバコを吸う巧の姿。俺はその姿に度肝を抜かれた。

 正にヤンキーのテンプレート、目を引くのは真っ赤な文字で刺繍された文句。


 【喧嘩上等女一心硬派修羅道、固く結んだ血の絆 命尽きても切れぬ業】


 何なんだよ、それ?


 それに、特攻服の白地に染みた汚れの数々、まさか、血の跡? 少し薄汚れた感が、その実戦経験を物語るようで、身震いした。

 しかし、まだ東京にいたんだ、こんな昭和を彷彿せるようなヤンキーが・・・。


「え、えーと、まだ行かないのか・・な?」

「あ゛ー?」

「ご、ごめんなさいっ!」

「今、気合入れてるトコだから、ちょっと待ってろよっ!」


 よしっ、という声と共に巧は立ち上がり、口を真一文字に閉じキリリと真正面を見据え、付いて来い、とばかりに早足で皆のいる教室に向かった。


「おおー、これが特攻服か! こんな近くで見たのは初めてだな!」

「あらー、巧ちゃん、よく似合うわねー!」

「さすがによく似合いです。それでこそ作田さんです」

「見世物じゃねーっつの!」


 面白がって寄ってくるみんなをウザッたそうに無視していた巧だったが、三日月の発した質問に、表情が引き締まる。


「兄は一戦交える覚悟なんだな?」

「いや、別にケンカしに行くわけじゃない、これはアタシなりの筋の通し方だから」

「しかし、何かの役にたつかも知れない。作田殿、これを受け取って欲しい」


 それは、小刀だった。片刃のその小刀は、おそらく三日月の手によるものだろう。素人目に見ても美しく、鈍く光る刃は怖ささえ感じ、物凄く切れ味良さそうに見える。

 さすがは人間国宝の娘、といった所か。心根は腐っていても腕は良いのかもしれない。


「万が一、相手に陵辱されそうな時は、これで自刃するも良し、相手と刺し違えるも良し、きっとコイツは兄の意思に答えてくれるだろう」

「陵辱って・・・。アタシ、陵辱、されるのか?」


 ちょっと唇が引き攣る巧。


「巧ちゃん、短い間だったけど、ありがとう、あなたには感謝してるわ」

「み、短いって・・・」

「キャサリン、こんな別れになるとは、想像していなかったよ。僕ら、もう少しうまくやれれば良かったな」

「む、む!」


「いい加減にしろよ、てめーら! 人が必死だってのに、楽しんでるだろっ!」

「だって、お前が死んだりするわけ無いからな」

「そーよ。巧ちゃんは、殺しても死なないタイプだと思うわよ」


 巧は真一文字に結んだ唇を緩め、笑顔で答えた。


「チキショー、滅茶苦茶いいやがって! けど、三日月、これはありがたく受け取っておくぜ!」


 そう言うと巧は特攻服の下にそのナイフを忍ばせ、行くぞ忍、の声とともに、学校を後にした。


 イヤードさんのカレー屋までは巧の自転車に二人乗りで向かったが、特攻服の女とその後ろにしがみつく作業着の俺は、日中の街中で目立ちまくり、恥ずかしい事この上無かった。


 店に着き、俺たちは例の香辛料の匂いに包まれながら、イヤードさんと相対した。彼は相変わらずの人の良さそうな笑顔で迎えてくれたが、緊張する俺たちの様子を見て、俺たちの要件を理解したようだった。


「タクミ、ノコリノシナヲ、モッテキタワケデハナイヨウデスネ」

「ごめん、イヤード! やっぱり、人を殺す目的のものは作れない!」

「ソレ、ヤクソクトチガウネ。タクミ、ナンデモツクレルトイッタ、ダカラワタシタノンダ。タクミ、ヘイキデウソツクヒトダッタ、ワタシカナシイ」

「本当にすまなかったっ!」


 そう言うと巧は床にドカッと座り、やおら特攻服の上を捲くると、さらしに巻かれた上半身が現われた。

 緊張からか、はだけた肩は上気し赤く、胸まで巻かれた白いさらしと相成り、巧にしたら意外な程の色気を発していた。

 そして、さらしに挟んであった三条の小刀を取り出すと目の前に置き、イヤードさんを見据えた。


「今回の不祥事は、すべてアタシのいい加減さのせいだ。本当に迷惑を掛けて申し訳なかった。イヤードの国のやり方はわからないけど、アタシはどんな事でも受け入れるよ。コイツで、アタシの指を落とすなり、首を落とすなり、好きにしていい。その代わり、アタシの仲間と他の無関係の日本人には危害を加えないで欲しい、お願いだっ!」


 巧の必死の願いに、イヤードさんは無言のまま、そのナイフを手に取った。そして巧に近づき、そっと屈んだ。


 巧---っ!


 俺が一歩踏み出した時、イヤードさんが口を開いた。


「オオ、コレゾ、サムライ! マダ、ニホンニサムライイルノ、ワタシ、イマシリマシタ!」

「・・・」

「タクミ、ワタシ、アナタタチノジジョウ ワカラナイワケジャナイ。コレイジョウ、ムリジイハシナイ。ソレニ サムライノカクゴ、ジュウブンモライマシタ。ダカラ、アタマアゲテ、コレイジョウアヤマルヒツヨウナイ」

「イヤード・・・?」

「デモ、ワタシカラ、ヒトツダケオネガイアリマス」

「お、お願い?」

「アナタアヤマッテクレタ、ソレウケイレル。デモヤクソクヤブッタツミハ、キエナイ。ソノツミツグナウカワリニ、コノカタナ、ワタシニクダサイ。キットコレ スゴクキレル、スバラシイカタナ!」

「あ、いや、でも・・・」

「ハハハ、ダイジョウブ、コレリョウリニツカイタイ、ニクキルノニ、キットサイコウ!」

「あ、ああ! そのナイフは、アタシの仲間が心こめて作ったものだ、最高だよ。そういう事なら、是非使って欲しい!」


 俺たちは外に出ると手を取り合って喜んだ。良かった、本当に。巧も無事だし、三日月のナイフも、思いがけず役にたった。


「あー良かった! 今回は肝冷やしたぜ! でもさ、お前、イヤードが近づいて来た時、助けてくれようとしたろう?」

「いや、どうだろう?」

「あの時、ちょっとグッときたぜ」


 その後、本当だったら武器となるはずだった螺旋溝の切られた弾丸は、セツ姉の手によってペンダントとして蘇った。

 首から提げてみると割りとお洒落な感じで、みんなたまに首からかけているようである。


「でもさあ、このねじれた溝のある弾丸って、まるでお前たちみたいだよな」


 俺はこのねじれた弾丸にかけて、どこ飛んで行くのかわからない様な、スカ女の連中の性格を茶化して言ったつもりだったのだが、巧はこの一言がよほど気に入ったのか、これをアタシたちのチーム名にしよう! と、やけに張り切っていた。

 その辺の発想は、やはりヤンキー的である。チームってさあ。


「螺旋、そう、アタシたちはねじれた弾丸、スパイラルバレッツ、これをアタシらのチーム名にするから、そこの所、よろしく!」

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