第12話 歩く少子化対策
翌日、未理は昨日よりも濃い目のメイクで現れると、プーンと香水の匂いを撒き散らし、おはよー、と明るく言うと、俺の隣に腰掛けた。
「しーくん、昨日の件、パパOKだってぇ! しーくんの言った通り、パパすごーく喜んでいたよぉ! 来週にも工事に入るってー」
「し、しーくん?・・・? お、おぅ! それはありがとう。お父さんにもお礼言っておいて。みんなも喜んでいたよって」
「うん、わかったぁ! あと、今日のお茶菓子はオーボンヴュータンのスノブね、美味しいのよぉ、楽しみだなぁー! 早く3時になるといいのにぃー」
「そ、そうだね、楽しみだなー」
「そうだ! しーくん、今日からわたしの部屋で実習すればいいじゃない、ね、そうしようよぉ」
「駄目だ。しーくんはフライス室に置いておく。それに、未理、そこはアタシの席」
いつの間にか登校してきた巧だが、機嫌が悪そうである。
「なによぉ! いいじゃぁなーい、8人しかいないだから、好きな所に座ればぁー。ねぇー、しーくん?」
なにか、イヤな空気だ。他の連中までシラーとした目で見ている。なぜか美留は眉間にシワを寄せ睨んでいるし。
「それにぃー、くうちょう入れて欲しいって、パパに一生懸命お願いしたんだから、ちょっとぐらい褒めてくれたってイイんじゃない? 席もしーくんの隣がいいよぉー!」
「わかったよ、好きにしろよ。でも、コイツも作業があるから、コイツ貸すのは3時のティータイムだけな。あと、空調の件はありがとう。助かったよ」
「全然いいよぉー」
なんだか、すっかり俺もモノ扱いだな。まあ、少しでも必要とされているのは悪い気分ではないが。
すっかり俺に懐いたような未理も、腕を組みベッタリとくっ付いてきて、嬉しくないと言えばウソになるが、やはり多くの問題を抱えている現状、手放しでは喜べない。それにしても、この化粧と香水は何とかしてもらわないと、悪酔いしそうだ。
巧からも「クサいから、なんとかしろ」と言われ、その日の3時のティータイムの時に、俺は、素顔のほうがずっと魅力的だよ、とか、余計な香水の香りは、かえって君本来のフェロモンを損なうよ、とか、我ながら歯の浮くようなセリフを言いながら、なんとか化粧と香水を控える事を未理に納得させた。
しかし、30分一緒にいただけで、俺にも未理の甘ーい匂いが移った気がして、ゲンナリした。
案の定、実習室に戻ると巧に、化粧臭いだの、いやらしいだのと、男芸者だのと散々罵られた。知るかっ! 人にアレコレと頼んでいながら、勝手な言い草だ。
挙げ句に、美留が手にしていた製品が重たそうだったので、親切心から持ってあげたら、突然足を思い切り蹴られた。そのはずみで、その製品を床に落としてしまった。
「何やってんだよっ!」
「だって美留が」
「だってじゃ無いよ! あーあ、ここ、潰れちゃったじゃん!」
「むー!!」
いや、俺は悪くないだろう? こんなに重い鉄の塊、足に落としていたらどうなっていたか、ソコをまず心配してくれよ。
「仕方ないな。セツ姉に溶接お願いするか」
結局、俺がセツ姉こと
阿久根世津は多分、社会人入学したんだろうが、大人の色気満載のとても色っぽいお姉さんで、ちょっと話かけずらい雰囲気を持っていた。正直、彼女が一番ここに似つかわしく無い気がする。作業着と彼女がどうしても結びつかないのだ。
というか、輝く太陽の下が似合わないというか、一言で言うと、夜の商売の女、といった雰囲気だ。
ただ、実際のセツ姉の色気はそんな甘い一言で済まされるような、ヤワなモンじゃなかった。
溶接をする際のセツ姉は、作業着に厚い皮手袋に溶接面を被り、一見すると女性であるかどうかすら分かりずらい出で立ちだった。
ところが、溶接面と帽子を取って長い髪がファサーとこぼれると、俺は一気に心臓をわしづかみされた。美女と作業着というミスマッチ感が、その魅力を何倍にもしているのかもしれない。
うっすらと額と胸元に光る汗、フゥとこぼす溜息。とにかく色っぽさが半端ない。怖いくらいに・・・。
「あら、忍くん、どうしたの?」
「あ、あの、よ、溶接お願いしたいのですが」
「いいわよ、でもちょっと待ってくれる?」
「も、もちろんです」
セツ姉は、俺に椅子に座るよう促すと、自分も俺の隣に腰かけた。
「溶接は火を使うでしょう? とても暑いのだけど、火傷するからたくさん着込むので、汗ばっかりかいてしまって。ちょっと失礼するわね」
そう言うと、作業着のボタンを一つ外すと、汗に塗れた胸元をタオルで汗を拭った。
マ、マズイ! ほんのりと香る汗の匂いに、もはや全開になりそうな俺の本能。そう! コレなんだよ! 香水なんかじゃ得られない、本当のフェロモン! 最も未理じゃこうはいかないだろうが。
しかし、ヤバイ、色気ハンパねー!!
俺はとにかく下半身を鎮めるよう、セツ姉から目を反らし、三角関数の公式とか尊厳死についてとか、とにかく意識をエロい事から遠ざけるのに必死だった。
そんな俺の事を茶化すように、セツ姉は俺に体を摺り寄せると、甘い息を漏らしながら俺に話かけてきた。
「ねーえ、溶接ってどんなものか、知ってる?」
「え、い、いや、よくわからないです」
「簡単に言うと、二つの金属を溶かし接合する事なのよ。この溶接棒を母材と溶け込ませるのだけれど、電気量とか、溶かし込みの角度とか、色々とあってとても難しいのよ。でもこれって、男と女みたいだとは思わない?」
セツ姉の顔が近い。蟲惑的に見つめる少し垂れ気味の目、つややかで少し厚みのある柔らかそうな唇、いつの間にかその手は、俺の太腿を弄っている。
やめてー、ヤバイ、ヤバイってーーーっ!
「お、男と、女?」
「そう、男と女。この溶接棒が男とすると、母材は女。溶け合わせ一つとするには、力任せにはいかない。お互いを思いやる心があれば、それは綺麗に溶け合うものよ。どう? 私と一つに溶け合ってみたくはないかしら?」
「とっ、溶け合いたいですっ!」
バッカーーン! 突然俺は頭を思いっきりひっぱたかれた。い、痛っ!
「溶け合いたいです! じゃねーだろっ!」
「う、うわっ、た、巧!?」
「様子見にきたら、何だよっ? もう!セツ姉も、忍をからかわないでくれよ」
「ウフ、ちょっと面白かったんだけどな」
「ち、ちょっと、忍、何だよ、変な格好して・・・! うわっ、コイツ、チンポどんだけ立たしてんだよっつ!」
あ、俺の股間が・・・。けど、仕方ないだろう。健全な男子ならあたりまえの生理現象だ。しかし、あれ以上何かされたら・・・。
サインもコサインも全く役には立たない、猛烈な誘惑に、俺は震えがきた。
溶接を終え、俺と巧は、何となく気まずい雰囲気でセツ姉の実習室を出た。
「セツ姉さ、小学校の頃のあだ名が花魁。オマエが簡単に籠絡されるのも無理ないかもしれねー。中学の頃には、男性教師をすべて食い尽くしたとか、すでに芸能人の囲い者だとか噂されたり。セツ姉ん家って、なんでも古くからある置屋らしいんだ。お婆さんもお母さんも芸者という家系で、それが溶接をやるキッカケになったと言ってたけど、あの色気は生まれつてのものなんだろうな。女のアタシでもクラクラするよ」
「あぁ、トンデモないエロさだ。しかし、セツ姉って年いくつ? なんで今更高校に入ろうだなんて思ったんだろう?」
「何言ってるんだ、オマエ? セツ姉、同い年だよ? 同級生じゃん?」
「う、嘘だろーー! あ、ありえねーー!」
「歩く少子化対策とも呼ばれていたらしいけど、その名は伊達じゃないな」
「ま、正に!!」
俺は珍しく巧と意見が一致し、お互いに頷きあった。
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