第11話 スイーツ脳
俺はフライス室に戻ると、
「何だよっ偉そうに! 朝に打ち合わせしているんだから、この製品のどこがキモかくらいわかるだろっ! わかった風な口、聞きやがってっ!」
「俺に言うなよ。隣にいるんだから、中に直接言えよ。ていうか、あいつ女じゃないか? 誰も何も言わないから、俺はてっきり男だと思ってただろ」
「わざわざコイツは女ですよ、なんて説明するヤツいるかよ! それに最初からココは女子高だって言ってるだろ、オマエがイレギュラーなの! だいたい、まだこの高校だって始まったばっかだぜ、ホイホイ物が買えるかよ! 機械だって最初から古いモノだってわかってたはずなんだから、何とかするのが職人ってもんだろ!
中にはオマエから言っとけ!」
「イヤだよ、俺、あいつちょっと苦手かも」
「アタシだってアイツと話してるとムカつくんだよ。最も、中がデキルヤツだってのはわかってる。でも融通が利かないっていうか、神経質過ぎるんだよ、アイツ」
「それには同感」
「でも、空調に関しては一理あるな・・・。そうだ!忍、オマエ、
未理? 《みり》あの見た目はすごく可愛いけど、馬鹿っぽい林未理? 一度、話をした事はあるけど、何かベタベタと甘ったるい感じのするヤツだったよな。
「未理だったら、うまく言いくるめればきっと空調、設備してくれるよ。まあ、アイツの親父さんが、だけど」
「うまく言いくれめるって、俺が?」
「アタシ、アイツとは幼稚園時代からの付き合いだから、アタシのお願いは、もう聞いてくれないと思う。まあ、散々ウマイ汁は吸わしてもらったからな。ケケッ」
でたよ、ブラック巧。コイツの事だ、文字通りウマイ汁をたっぷり吸ったに違いない。しかし、どうやって頼めばいいんだ?
しかし、そもそも大企業のお嬢様が何でこんなワけわからない工業高校へなんか通っているんだ? いくらトンデモないバカだって、金さえ積めばいくらでも行く所があるだろうに。
「ま、おいおいわかるよ」
巧は何か知っているに違いない。今は言いたくない、って事か。まあ人の事はどうでも良いけど。
とりあえず、俺は二階にある林未理の部屋へと向かった。扉をノックし「ハァイどうぞ」という返事があり、その部屋に入った途端、俺はその部屋に充満する匂いに圧倒された。
それは化粧品と甘いお菓子の匂いが混ざり合った、眩暈がしそうに甘ったるい匂いだった。おまけにその部屋は花柄の壁紙が張られ、窓にはピンク色のカーテン、部屋に置かれたテーブルやらドレッサーの上には化粧品の瓶やお菓子の箱がいっぱい載っていた。おまけにベットまであるじゃないか。
ここが学校の教室とは信じられない。
「あれぇ、忍くん、どうしたのぉ?」
「い、いや、この部屋、元は教室だろ? なんか・・・スゴイね・・・」
「素敵でしょぉ? あまりに殺風景だからパパに言ってぇ、私好みに変えてもらっちゃったンだぁ!」
「ああ・・それは、良かったね・・・」
「そうそう、ちょうどいい所に来たネ。一緒にお茶にしようよぉ、おいしいケーキがあるんだぁ、今紅茶入れてあげるねぇ」
「あの、林さんは勉強とか、みんなみたいに実習とかは、やらないでいいのかな?」
「ヤダー、林さん、だなんてぇ。未理って呼んでよぉ。うん、わたしは、他にやる事あるんだぁ。例えばもーっとカワイクなるためお化粧の仕方覚えたりぃ、おいしいスイーツのお店調べたりぃ、素敵な洋服を探したりぃ、未理はそれでいいんだよーって、パパが言うのぉ」
「ああ、そ、そうですか・・・。で、林さ・・未理は、ここ卒業したらどうするんだい? お嫁さんかな?」
「違うわよぉ。パパの会社、継ぐのよぉ。だから今はその勉強中」
「えーーーーっ!!」
「じゃあ、工業高校へ来たのも?」
「そう、パパに進められたしねぇー」
お、おいっ、大丈夫か、林精機! 林精機と言えば、一部上場の工作機械メーカーだろう? コイツが社長になるっていうのか!? このスイーツ脳のパー子が? 俺は林精機の未来を思うと、マジで寒気がした。
さっさと用件済まさないと、俺の脳まで甘ったるくなりそうだ。
「えーと、用っていうのは、実は未理にお願いがあるんだ」
「何ぃー? お願いってぇ?」
「実習室って空調が無いの知ってるかい? どうも精密な加工をするのに、温度っていうのは大事らしいんだ。だから空調を設備してもらえないかな?」
「パパに頼めって言うのぉ? でも、この前このお部屋とぉ、ブレゲのクィーンオブネイプルズ買ってもらったばかりだしなぁー」
「何、そのブレゲって?」
「腕時計だよぉ、100万くらいじゃないかなぁ。安いけど、気に入ってるんだぁ」
「えっ、マ、マジでっ! 腕時計が!?」
「くうちょう?なんて、いるのかなぁ?」
いるよっ! 少なくとも100万円を超える時計よりは、絶対に必要なはずだ!くそっ、絶対に設備させてやる! 労働者階級なめるなよ!
「でも空調を設備する事によって実習での作業効率が上がれば、収益も上がるあず。そうすれば、この学校の評価も上がるよ? 未理のおかげで学校の評価が上がったのなら、未理のお父さんも喜んでくれるんじゃないかな?」
「うーん、そうかなぁー?」
「そうだよ。労働環境に留意するっていうのは、経営者としては大事な事なんじゃないかな? そこに慧眼した未理を、お父さんはうーんと褒めてくれると思うよ」
「けいがんなけいえいしゃかぁー。うん、パパにお願いしてみるよぉ。その代わり、未理からもお願いがあるんだぁ」
「え・・な、なんだい?」
「忍くんは明日から、3時のお茶の時間は未理の部屋に来て一緒にお茶をする事。いい?」
「・・・? あ、あぁ、た、多分大丈夫だと思うけど・・・」
「ヤッター! 未理、一人で退屈だったンだぁ。絶対約束だからねっ! 約束守らないと、クウチョウは無しだよぉ」
「・・わ、わかったよ」
俺は少し不安は感じたが、何とかうまくいっただろうと思う。しかし、毎日3時にあのパー子と一緒、少々気が重いな。あの匂いにも慣れないといけないのか・・・。
「どう、うまくいった? 未理は未理だった?」
「ああ、うまくいったんじゃないか。未理が未理だったかって、どういう事?」
「ま、気にしなくていい」
「その代わり、毎日3時には一緒にお茶をする事が条件らしいから、俺はその時間作業できないからな」
「えーっ! サボる気かよー!?」
「違うよ! それが条件なんだから、仕方無く、だよ」
「どうだか・・・。オマエ逆玉、狙ってるんじゃないの?」
ん? ああ、そうか! 未理は金持ちの一人娘だから、財産はいずれ全部未理のモノになるんだよな。少々オツムがアレでも、見た目は問題ないんだ。アリだな、うん、これはアリだ!
「ケケッ、オマエ、ちょっと色気だしたようだけど、そううまくはいかないよ。未理の秘密も知らないだろう? それにユウコとの約束があるから、アタシも見過ごすわけにはいかないんだよねー」
「未理の秘密? 何だよ、前から思わせぶりな言い方しやがって。いずれにせよ、お前に何ができるんだ、恋愛は自由意志だぜ?」
「あの写真、未理がみたらどう思うかなー? いくら未理だって、ゲイとつきあいたいとは思わないだろう? まして、あのお父さんが許すはず無いよねー」
コイツ、本当にゲスな女だ・・・。
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