第5話 ババアの事でも話そうか

 何で血便まで出して勉強した俺が、受験に失敗しなければならなかったのかは、ウチのクソババアの事を話す必要があるだろう。俺はヤツの卑劣な策略にまんまと嵌められたのだ。

 自分の母親をクソババア呼ばわりする俺に、嫌悪感を持つヤツもいるかもしれないが、これから話す事を聞けば、大半が俺に同情してくれるはずだ。


 ババアは、俺を生んだのが17歳の時だったので今は33歳になるはずだ。だが店の人にも年を隠し、23歳とサバを読んだ上に独身と偽り、今もキャバクラで働いている外道である。

 俺の父親は俺が1歳の時に死んだらしく、ババアはその際父親名義のマンションと少なくない額の遺産を懐に入れ、しばらくは優雅に暮らしていたようだ。

 しかし、さすがに当時まだ20歳前の若さ、一生働かないわけにはいかないと観念し、いざ働こうと思ってみたものの顔以外には一切取柄も無く、食う飲む買う以外何のスキルも無いババアが必然的に選んだのがお水の道だった。


 趣味と実益を兼ねたその道は、ババアにとってまさに天職、何の努力をする事無くお客さんもたくさんついてくれた。

 結果、それなりに収入も得る事ができ、特に何不自由ない生活を謳歌していたババアであったが、むしろ不自由な生活を強いられていたのは俺のほうだった。


 家事もロクにできないババアに代わり、俺はわずか5歳から家の家事を任され、掃除洗濯、あげくに食事まで作らされ、小学校に上がる頃にはもう家事全般身につけていた当時の俺は、まさにスーパー児童と言っても過言ではなかろう。

 それでも、当時の俺は幼かった。どんなに家政婦のようにコキ使われようとも、それは当たり前の事なんだと、子供ながらの従順さで文句もいわずに過ごしてきた。

 しかし年齢を重ねるにつれ、おい、ちょっと待てよ、ウチちょっと変じゃねえ?とさすがに疑問を持たざるを得なかった。だからといって環境が改善される兆しは一切なかったのだが。


 そして・・・。


 中学当時の俺は例の通り学校ではゲイ人呼ばわりされ、疎外感と悲壮感を持て余す状況。それならば高校生活に活路を見い出さんと決心し、ある日、受験勉強のため塾に行かせて欲しいと頭を下げ、ババアにお願いした。


「なあ、俺、高校は私立の開進高校にいきたいんだ。そのために塾に行きたいんだけど、金出してくれるよな?」

「はあ!? 何であたしがお金出さなきゃいけないの?」

「あんた、親だろ? 子供が勉強したいって言ってるんだ、普通、親なら出してくれるだろう?」

「えー、お金幾らかかるのー? なんかヤダなあー。あんた、なんで私立なんて行きたいの? 公立でいいじゃん。公立にしなよ。金かからないし。塾なんて行かなくてもいいし」

「ふざけんなよ! 知らねえのかよ、俺が学校で孤立してんの! 俺、あいつらと同じ学校、行きたくないのっ!」

「わかった! じゃあ、高校行かなきゃいいんだ!」

「死ねよっ!!」

「そんな事言ったって、ウチ、お金無いしなぁ」


 金が無い、か。

 そうくると思ったが、それは嘘だ。ババアは、実は俺が小学校6年の時再婚している。以下は、その時の話。


「ママ、結婚したから埼玉に引っ越すねー! たまには顔出すからしばらく一人でがんばって、じゃーね!」


 ババアは突然そんな言葉とともに、小学生の俺を一人マンションに残して家を出たきり、何日も音沙汰が無くなってしまったのだ。

 さすがの俺もコレはヤバイと、ババアの勤め先のキャバクラに行ってみたところ、すでにそこは辞めてしまった後だった。店の人や同僚のお姉さんに聞いてみたところ、どうも贔屓のお客さんに見初められたようで、結婚したというのは嘘では無いようだった。

 キャバクラのボーイもお姉さんたちも、ババアに子供が、しかもこんなにデカイ子供がいた事に驚愕し、また、その子供を残して姿を消してしまった事に、大いに同情してくれた。


「サーヤちゃん(ババアの源氏名らしい)自分勝手だからねえ」

「まさか、あんなんで人の親だったとは、ホント、信じられないわ!」

「君ー、大変だねえ、色々な意味で・・・」

「はい、大変なんです、何かと」


 それから俺は途方に暮れる間もないまま、出掛けに残していった3万円ほどのお金で生活をやり繰りし自立していたが、もう食べるものも底をつき限界を迎え、死すら頭に浮かんできた2ヶ月後、なんでもない顔をしてババアは突然帰ってきた。 なんと離婚してきたらしい。


「信じられない! あの人、アタシに夜は家から出るなって言うのよ!? じゃあ一体どこでお酒飲めっていうのよっ! 昼は昼でランチとか行かなきゃいけなくて忙しいんだからっ!

 それにさ、友達とフレンチ食べにいっただけで怒るのよ、そりゃ、ちょっと高いワイン飲んじゃったけど、しょうがないじゃない、その子のお誕生日のお祝いだったんだもん。たがが、20万よ! ソレくらい当り前だっての!」

「・・・信じられないのは、あんただよ」


 結局、ババアはババア名義で買ってもらったという埼玉のマンションを慰謝料代わりにセシメたらしく、それを処分して突然羽振りが良くなった。


 それが3年前。


 だから、金が無いわけがない! いくらババアが底なしのクズだって言っても、まだ幾ばくかの金は残っているはずだ。塾代や私立高校の授業料くらい出してもらったってバチが当たるわけはないだろう。

 それをわからせるため、ババアにコンコンと説教をたれ、渋々ながら納得させるのに丸三日もかかってしまった。


 とりあえず俺は塾に通い、受験する事を認めてもらった。だが、それで心おきなく勉強のみに専念できたかというと、残念ながら、やはり家事は引き続き俺がやるハメとなってしまった。

 ま、考えずともババアに家事を期待できるわけもなく、黙ってうなずくしかなかっのだが。


 そしてついに受験日が近づいてきた冬。

 その頃の俺は模試でも良い結果を得て、合格への手ごたえを感じていた。三者面談でも担任の牧野という女教師に私立高校を希望している事、公立は受けない事をハッキリと告げた。

 牧野はかなりいい加減な教師で、俺の孤立にも気づいているんだか、いないんだか。けれど、その分受験する高校についても、特にウルサイ事を言わないのは好都合だった。

 多少見た目が良いせいか生徒受けしてはいたが、俺的には信用には全く値しない真性のダメ教師だった。

 ちなみに、三者面談にババアは二日酔いで来なかった。


「そうか、下井くんは開進第一希望なのね。ウチの中学から開進は、5年前に一人いたって聞いたけど、受かったら久しぶりの快挙ね。それで、スベリ止めが埼玉の茂保学園高校。うーん、でも本当にいいの、私立オンリーで? 前に伺った時、お母さんは私立に反対って、おっしゃっていたけど?」

「大丈夫です。すでに了解は得ていますし」

「でも、何だってこんなに遠い私立だけなの? 通学にも不便な距離の学校だし、近いところの学校も受けてみれば?」

「先生、知らないんですか? 僕が学校で苛められ、孤立している事を? この中学から誰も行かなそうな高校を、あえて選んだんです」

「ウソー! 教師たちは、あなたがみんなを苛めていると思っているわよ? 小白川くんと親しい事を利用して、男の子には服従の印に土下座させたり、女の子たちにもイヤラシイ事を要求したり、職員室でも問題になっているんだから」

「えっーー!? ちょっとー、勘弁してくださいよっ! どうしたら、そんな話になるんですかっ! デマもいい所だ! 苛められているのは僕、僕ですから! 先生達の目は節穴ですかっ?」

「じゃあさ、ゲイとかホモだというのは、本当だよね? 大人しい小白川くんに男色で迫って困らせているとか」

「違ーーう! 違いますっ! 誤解です、まったくの誤解ーーーぃ!」

「なーんだ、面白くない。でも、君が埼玉の茂保学園高校に行ったら面白いよね。ホモがモホ高、なーんてね、ケケッ」

「なにが、なーんてね、だーーっ!」


 まったく、なんてふざけた教師だ。しかし、どうして俺の周りはロクな女がいないんだ?

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