第6話 陰謀の末に・・・
そして2月11日、開進高校入学試験当日、ついに俺の決戦の日が来た。
カレンダーの日付の丸印を確認して、この日がついに来たのだと感慨深いものがあった。ようやく辛い生活からの脱却するための、第一歩を踏み出すのだ。体調は万全、自信も満ち、程よい緊張感が体を包みこんでいる。
ババアは相変わらず起きてはこないが、そんな事は想定内。かえっていつもの事だと、安心感すら沸いてくる。
私立開進高校は、電車で乗り換えも含め約一時間ちょい。少し早めではあるが、遅刻はしたくなかったので余裕を持って出かける事にした。
最駅寄に着いた俺は、他の受験生の姿が全く無いのに気が付き、ちょっと早すぎたかな、とは思ったが、もしかしてみんなはもっと早く行っているのかも、と急ぎ足で学校へと向った
学校についてみると、門は閉ざされ生徒の姿が見えない・・・。な、なんだ?ちょっと変だぞ? 背中にイヤーな汗が流れる。俺は焦る気持ちを必死に抑え、学校の事務室に行くと、窓口に顔を見せた事務員さんと思しき女性に尋ねた。
「ま、まだ受験は、は、始まってないんですよね?」
「?」
「あ、あの、入学試験・・」
「受験日は昨日ですよ?」
「えっ!! だ、だって、こ、ここに、この受験表に、じゅ11日って書いてあるじゃないですか?」
「え? うーん、あれ? これ、細工されてません?」
「さ、細工!?」
俺は受験表をよーく見てみる。細工? 細工って何だよ、細工って?
え、あ、あれ・・・!?
た、確かに日にちの部分に何か張ってあるような違和感が・・・。
「では」
「ち、ちょっと待ってください! 俺は、俺は受験できないんですかっ!?」
「試験、昨日終わりましたからね」
「こ、困りますっ! な、なんとか、そこを何とか試験、受けさせてはもらえませんかっ!?」
「誠にお気の毒ですが」
「鬼ーーー! 受けさせてくれよーー! お願いだーーー! 俺が、どんなにこの日を待ち望んでいたか、あんた知ってるのかっー! た、頼むからーーー!!」
涙目で必死でしがみつく俺に怯えた事務員さんは大声で叫び出し、その声を聞きつけやって来た警備員さんにより、俺は学校をつまみだされた。
俺は顔面蒼白、震える手で受験表をもう一度見てみる。
薄い紙を張り巧妙に細工されている。ご丁寧に字体まで似せてある。なんという手口、あのクソババアが、こんなにも手のかかる事をするとは! だが、それだからこそ気が付かなかったのかもしれない。
思えば、受験票を最初に手にしたのはババアだった。俺が学校から帰ってきたとき、受験表届いたよ、と手渡したのはババア、この日が受験日ね、と珍しく優しさをみせ、カレンダーに丸印を付けたのもババアだった。
あっ!
俺はさらに恐ろしい事に思い当たる。埼玉の茂保学園の受験日、12日だったはずだ。・・・という事は!
俺は大慌てでスマホを取り出すし茂保学園へ連絡してみると、案の定、今日が受験日だった。受験票は今、手元にはない。でも、開進高校だけ受験日を細工したとも思えない。
ど、どうしよう?受験票を 取りにいったら、絶対に間に合わない! と、とにかく、行くだけ行ってみよう。俺は狂ったように駅への道を突っ走り、とにかく埼玉の茂保学園へ向かった。
1時間半かけて茂保学園に着いた時は、汗ダクダクの上、酸欠になり、今にも倒れそうだったが、受験票を忘れた事を必死に告げ、泣きながら土下座をし、なんとか試験を受けさせてもらえる事にはなった。しかし、2科目は受験する事ができなかった。
残りの3科目、全て倍の200点取ってやる! という決死の覚悟で最期まで諦めなかった俺は、我ながらたいしたモンだと思う。
試験が終わり次第、俺は速攻で中学に行くと、牧野の姿を探した。
「先生ーーっ! や、やられたっ! バ、ババアに嵌められたっ! お願いです、な、何とかしてくださいっ!」
俺は必死に説明したが、それは残念ねー、とか再受験は無理よー、とか、まったく他人事である。
「お母さん、日にち間違えちゃったのかなあ?」
「違うよ! ちゃんと聞いてたのかよっ! 日付、書き換えたのっ! 故意にっ!くっそーー、あのババア! なんでだっ、なんでここまでするっ!」
「でも君がちゃんと確認しなかったのは、よくないね」
「親が子供の大事な受験票の日付を改竄してるかどうかを、わざわざ確認しなきゃいけないっていうのかよっ?」
「もう、カリカリして嫌ね。で、私にどうしろって言うのよー?」
「都立の後期募集、受けさせてくださいっ! まだ間に合いますよね?」
「えー、だって君、私立オンリーって言ってたじゃない。面倒だなー、今更」
「め、面倒ってあんた・・・。仕方が無いだろう! 緊急事態なんだから! 開進も茂保も二次募集無いんだから!」
家へ帰るとババアがいけしゃあしゃあと紅茶を飲みながらケーキを食べていて、試験どうだった? とかぬかすから、俺はついに堪忍袋の緒が切れた。
俺はヤツの食っていたケーキを顔になすりつけ、紅茶を頭からかけてやった
「キャー、何するのよ!もったいないでしょ!」
「てめえのやった事を考えてみろ! よくケーキなんて食ってられるなっ!」
「なによっ!ママはあなたの事考えて、泣く泣くやったのよ。あなたが勉強あまりに大変そうだったから、せめて高校くらいは伸び伸び勉強を忘れて楽しんでほしいと・・」
「今更ほざいてんじゃねえよ! 前から、勉強がしたいって言ってんだろっ!」
「ママは嫌いだなー、そんな高校生活」
「俺の高校生活なんだ、てめえ関係ないだろっ! だいたいてめえ、高校行ってないじゃねえかっ!」
「だからこそ、あなたには高校を・・」
「うるせえー! てめえの言ってる事、支離滅裂だよっ! その高校生活を奪おうとしてるのは誰だっ! 俺の受験勉強を返せ!あの苦しかった時間を返せよっ!」
「知らないわよ、そんな事。アンタが勝手にやった事でしょ」
「こんな家、出て行ってやるっ!!」
俺は家を飛び出した。
飛び出してはみたものの、頼れる友人も親戚も無い俺に行く場所は無く、2月の夜はあまりに寒かった。ふと俺はユウコの顔が頭に浮かんだ。アイツの所にでも行ってみようか、もう友達といえばユウコしかいないし。
ユウコの家は少々遠いがウチからでも歩いて行ける距離だった。行った事はなかったが、大体の場所は聞いていたので見当はついていた。
着いてみると、ヤツの家は小さな工場で、工場の明かりはまだ点いていて、中で機械の音が聞こえた。ヤツは家の外で筋トレをしている最中だった。
「あっ!忍、どうしたの!?よくウチわかったね?受験どうだった?」
俺は今日の事、ババアの企み、そして都立の後期募集を申し込んだ事など、色々と話した。
「お母さんにも色々と考えがあるんだろうけど」
「無えよ! 自分の金が惜しいだけだよ!」
「でも、最終的に大学行くのが目的なら、高校は都立でもいいんじゃない?」
「あれだけ苦労して勉強したんだよ? 諦めきれないよ」
「あのさ、忍。僕、本当はスポーツなんてやりたくは無いんだ。正直、ラグビーも柔道も日本代表だって、実はどうでも良くて、本当は世界一のパティシエになるのが僕の夢なんだ。でも家の事情で今はその夢は封印するつもりなんだよね。でも、諦めたわけじゃないよ。いつかはきっとパティシエになる夢は叶えるつもり。忍も目的があるなら、その過程なんてどうでも良いじゃない? 何があろうと、結果、その目的を達せられればイイじゃない?」
このクソ真面目な大男の正論に、俺はとりあえずは頷くしかなかった。納得はいかない、でもやり直せないなら、別の選択肢を選ぶしかない。結局、俺の苦難の戦いはまだ続くという事か。
俺は自宅へと仕方無く帰る事にした。
家に着くと電気が点いていて、そういえば今日は店は休みだとかでババアはいるはずだった。鍵ももたずに家を飛び出した俺は、ピンポンを押すが一向にドアが開く様子が無い。
「おい! ババア、開けろよ!」
インターフォンでいくら呼んでも音沙汰が無く、頭にきた俺はドアを何度も蹴って叫び続けた。
「おいっ! 開けろって言ってるだろ! クソババアーー!」
小一時間もそうしていただろうか、寒さも忘れ、怒りに震える俺の肩をたたく者がいて、誰だよ、うるせーな! と振り向くと警官が二人立っていた。俺は血の気がサーと引くのを感じた。
「こんな時間に何をしている? 君は中学生かな?」
「あ、え、いや、僕はこの家の者で、じ、実は母とケンカしてて・・・」
「本当?」
警官がインターフォンでババアを呼ぶと、ババアはあっさりハーイとか言って出てきた。
「よかったーー! おまわりさん、ようやく来てくれたんですねーー!」
「いま玄関口に、この家の息子だと名乗る少年がいるのですが、お宅のお子さんでしょうか?」
「いいえ、ウチには息子はおりません。さっきからドア蹴られて、すごーく怖かったんですよー、おまわりさん。何とかしてくださいっ!」
「おっ、おい!クソババア!てめえ、ふざけるなよっ!てめえがオマワリ呼んだのかっ!」
「連れて行こう」
「えっ、えっ、ち、違いますっ、誤解ですって、これはババアが・・・」
俺は結局、警官二人に警察署に連れて行かれ、学校にも連絡がつかず、その晩は帰る事ができなかった。なぜ、何も悪くない俺が、こんな目に会わなければいけないのか、俺はあまりの空しさに涙も出なかった。
結局、翌日ババアがしれっと迎えにきて、事なきを得たが、くだらない親子喧嘩に付き合わされた警察も、苦虫をつぶしたような顔をしていた。
都立の後期募集の件についてだが、あまり語りたい話ではないので簡単に済ませたいと思う。
受験当日、俺はついうっかりババアの作ったサンドイッチを食べ受験に臨んでしまった。それまで、ババアの陰謀に細心の注意を払っていたのにも関わらず、本当に軽率な行為だった。「今までゴメン、受験がんばってね」というメモを添えられたサンドイッチに、俺はまんまと騙されたわけだ。
変調は2科目目に現れ、俺は猛烈な腹痛と下痢で試験を断念せざるを得なかった。試験会場で起きた惨状を・・・話す事は、勘弁して、ほしい・・・。
試験会場に漂う悪臭、受験生たちの叫び、冷たい視線・・・、まさに悪夢だった。
俺がゲリピーゲイ人のあだ名と、中卒の肩書きで世間へと放り出される寸前、ババアは俺に入学手続きの書類を手渡し、こう言った。
「アンタって、ホントついてない子ねえ。でも、救いの神はいるよ。牧野先生がココ紹介してくれて、アンタを入れてくれるって。良かったじゃない、これで晴れて高校生になれるよ」
こうして、学年トップ、偏差値70超を誇った俺は、隅の川工業高校という、悪い評判くらいしか思いつかない、地元の工業高校へと進学する事となった。
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