第4話 ユウコとの甘い生活

 あの事件以来、俺にちょっかいを出す者は誰もいなくなった。常に小白川ユウコが隣にいたから。しかし、ごく普通のクラスメイトも自分たちを避けている事に気づいた時には、もう遅かった。

 二人だけの禁断の花園、周りからはそう捉えられていたらしい。


 あれ? 何か変だな、と思う事は、今にして思うと多々あった。


「忍、僕の事、ユウコって呼んでいいよ。そう呼んでいいのは、特別な人だけなんだ」

「特別?」


「忍はまだアイツらに目をつけられていると思うよ。だからこうやって手を繋いでたほうが安心だ」

「て、手繋ぐ必要あるかな・・・?」


「忍、何か趣味とか好きな事とかある?」

「うーん、特には。強いて挙げれば、甘いものは好きかな」

「やった!」

「・・・やった?」


「ねえ、忍、これ食べてみて、タルトタタン」

「タルトタタン!? ユウコが焼いたの!?」

「そう。実は僕、スイーツ大好きで、自分でも焼くんだ。結構レパートリーあるんだよ」


 生肉にかぶりつきそうな強面の大男がスイーツ!? とは思ったが、さすがにそうとも言えず、この日以来、給食の後二人で机を並べてスイーツを食べるのが日課となった。

 机を挟んで仲良く手作りのスイーツを食べる男二人の姿は、はたから見ると見るに耐えない絵面だったであろう事は、我ながら想像がつく。

 ただ、以外な事にユウコの作るスイーツはどれも絶品で、何気に「今日は何だろう」と楽しみにしている自分に気が付き、ハッとする事もしばしばだった。


 しかし、学校の連中の俺たちを見る目が疑惑から確信に変わったのは、このスイーツの午後(俺たちはそう呼んでいた)を過ごすようになって以降だろう。

 俺はいつしか学校中で、ゲイ人(下井忍の音読み?)、と呼ばれるようになり、リア充はおろか男友達も皆無の真っ黒な中学生活となっていった。


 では相方のユウコはというと、俺とのプライベート? はさておき、本業とも言うべきスポーツの分野では、より一層アスリートとしてステップアップをし、柔道はおろか、最近始めたらしいラグビーでも、次のワールドカップ代表も確実視されるほど注目の的、まさに地元の英雄となっていた。

 そんなユウコには口を閉ざさざるを得ない学校の連中は、その鬱憤の捌け口を俺一人に絞り、口汚い口撃を仕掛けてきた。

 小学校時代の女友達でさえ例外ではなかった。


「忍くんて、あっち側のヒトだったんだ、ショック!」

「エイズ、伝染るんじゃねえ?」

「あっ、ゲイのヒトだ、やべーぞ、逃げろ! ケツ掘られるぞ!」


 ある日、あまりにも頭にきた俺は、やってはいけない愚挙を犯してしまった。

 それはユウコが柔道の全国大会だとかでいない俺一人の時で、数人の同級生に囲まれ、言いたい放題に馬鹿にされていた時だった。


「おいゲイニン! お前、ホモだちがいないと、やけにおとなしいじゃないか?」

「お勉強が忙しいんだってよ。あーあ、ヤダヤダ、先生にまで媚び売ってよー。あ、もしかして先生の尻穴狙い!?」

「いいのかなあ? ホモだちに言いつけちゃおうかなぁ?」


 言いたい放題の連中に、俺はスクッと立ち上がると、周りを見回し叫んだ。


「もうっ! アンタたち、いい加減にしてよ! ユウコに言い付けてやるからねっ!みんな、尻穴洗って待ってなさいよっ! ガバッガバッにしてもらうんだからっ! ユウコにかかったら、アンタたちなんて一捻りよ! アイツに力ずくで犯されてる様が目に浮かぶわ! ああ、愉快ったらないわ! さあ、誰から尻出すの? アンタ? それともアンタ!!」


 俺としては爆笑必至のギャグのつもりだった。

 ここでドカーンと笑いを取って、下井、やっぱ面白いじゃん、という流れで一気に関係改善、という俺の思惑は、泣きながら土下座して謝る同級生を見て、脆くも崩れ去ったのを確信した。

 さて、こうなってしまうと、後はヤケ気味の気持ちが逆にサディスティクな気分を高揚させ、遠巻きに見ていた女子にも俺は噛みついてしまったのだった。


「アンタたちも同罪だからねっ! ユウコがゲイだと思って安心してたら大間違いよ、アイツ、両刀使いなんだから! アイツの24インチ砲に子宮が突き破られるくらい貫かれるといいわっ! もう、アンタたちもロックオンしたから覚悟しておく事ね」


 シーンと静まりかえった教室に、男子の、女子の、すすり泣く声だけが聞こえる。

 ハッと我にかえり、取り返しのつかない事をしてしまったと後悔したが、もう後の祭であった。


 その後の俺には、リアルゲイとして改めて認知され、声を掛ける者も、近寄る者すら無い、ユウコとの二人きりの生活が待っていた。

 しかしユウコも気の毒なヤツだと思う。本当は心の優しいイイやつなのに、男女問わず泣いて怖がるほど恐れられているとは・・・。

 まあ、俺に責任がある、とも言えるのだが。


 それでも、静かな生活が得られたのは、せめてもの救いだった。


 元来プラス思考の俺は、学校中が俺に没干渉なのを好機と捉え、新たな環境が得られるであろう高校生活に望みを託すべく、勉強漬けの日々へと入った。

 出来ればこの中学からは誰も行かない、いや行けない高校に、という野望から、第一希望を超進学校の名門、私立開進高校に狙いを定め、寝る間も惜しみ血尿が出るほど勉強に専念した。


 悲しい事に、この時期俺を支えてくれたのが、結局、スイーツの午後だった。

 ユウコの甘いスイーツは、勉強に疲れ果て、学校での疎外感を埋めてくれる、無くてはならないものになっていた。


 睡眠時間すら削っての猛勉強の成果か、中三を迎えた頃には、常に学年トップの成績を誇るようになっていた。そのせいで、ガバガバゲイ人、リアルゲイの他に、インテリゲイ人なる新たな仇名を頂戴するに至ったが、陰口上等、もう何ゲイ人とでも呼べばいい!

 無頼派と化した俺の耳には雑音は一切入らなくなっていた。


 勉強のやり過ぎでやつれる一方の俺とは対象的に、ユウコは身長196cm体重118kgそれでいて100mを10秒5で走るという、アスリートとしてリアルな怪物となっていた。

 あまり裕福とは言えない家庭で育ったらしいユウコは、早々に皇国大付属というスポーツの盛んな高校への進学を決めていた。

 なんでも、授業料免除はおろか、寮生活で生活費タダ、報奨金まで支給されるという至れり尽くせりの状態らしい。柔道とラグビー、二本立てという事で大変みたいだが、共に体の接触の多い競技だけに、ヤツも楽しみにしてるようではあった。

 それでも俺と別々の高校へ行く事はひどく残念がってはいた。


「忍と一緒に通えたらよかったのにな」

「仕方ないよ、試合の時は応援に行くからさ」

「ありがとう! 僕もがんばるから、忍も受験がんばってね、応援するよ!」


 俺にしてみると、悪いがユウコとこのまま高校まで一緒というのはご勘弁願いたい。高校こそ人並みの幸せな学生生活を送りたいと死に物狂いなのだ。ユウコには高校で、ヤツにお似合いの新しい恋人を見つけてもらいたい、そう俺は心の底から願った。


 あ、いや違うぞ! 俺とユウコは、決して恋人同士なんかじゃ無いからな!

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