第129話 重なった偶然


 「……薄々は感じていましたけど、雄磨君は少しも私の話を聞いていませんよね?」

 「そ、そんな事は……ねぇぞ? ホラ、アレだよアレ、……そう、腰が曲がったばあちゃんの……タネ、いやフネ……カヨ、じゃねぇな。そうそうチヨだ! チヨ事件だ。入れ歯のヤツだよな?」

 「正解はチヨちゃん事件です。今度はきちんと覚えましたか?」

 「ああ、覚えた覚えた。でもよ、その婆ちゃんは確か総入れ歯だったから、噛まれてもゾンビ化しなかったんだよな? 伊富貴の奴はあの歳で総入れ歯だったのか?」

 「いえ、総入れ歯とは少し違いました」


 ……んん? 入れ歯じゃねぇのに、チヨちゃん事件とどう関係があるんだ?


 疑問に思っていると、瑠城さんが俺の手を取り、掌に何か小さい物を握らせた。

 な、何だコレ? 一センチくらいの白い塊で――


 「歯ですよ、歯」

 「気味悪いモン握らせるんじゃねぇよ!」


 何考えてんだよ、この人は!


 「チヨちゃんのような総入れ歯ではなく、全ての歯が美容目的で使用される差し歯だったのですよ」

 「差し歯? 俺が今ぶん投げたヤツもか?」

 「ええ、そうです。特殊セラミック製の少々お高い人工の歯です」


 人工の歯って事は、チヨちゃん事件みたいな事例が起こっても不思議ではない……のか?


 「滋賀県の決勝戦が終わってから、伊富貴さんの事は色々と調べさせて貰ったのですが、芸能界にとても興味がお有りのようで、ゾンビハントで得た収入の殆どを、美容関係に注ぎ込んでいらっしゃったみたいですよ」 

 「瑠城さんマジ怖ーい」


 ストーカーレベルじゃねぇか! 何でも調べりゃいいってモンじゃねぇぞ!

 ……いや、ナチュラルゾンビの生い立ちなんかも全て把握している瑠城さんなら、伊富貴の事を調べるなんて日課みたいなものなのか。


 「デュアルパイソンさんがゾンビ化しなかったのは、様々な偶然が重なった結果だったみたいですよ。ブラッディドラゴンさんではなく伊富貴さんに噛まれ、そしてその伊富貴さんの歯が全て人工の差し歯で、チヨちゃん事件の時と同様にゾンビ化しない奇跡が起こったのです」

 「確か毎回ゾンビ化しないってわけじゃねぇんだよな?」

 「そうです。ゾンビ化しないケースはごく稀ですよ。その奇跡に近い確率が今回の騒動を引き起こしたのです。そして更に付け加えるのであれば、全て差し歯だった伊富貴さんが、養殖ゾンビではなくオリジナルだった事も関係しています」

 「オリジナルって事は……アイツは伊富貴本人なのか? じゃあこの後、ゾンビとして登場する事は二度とねぇのか?」

 「炎を浴びせて養殖されていなければ、ですけどね」


 今日の試合では田井中ゾンビは大量に出現したけど、伊富貴ゾンビは一体も見ていないし、養殖されていないんじゃねぇか?


 「養殖ゾンビだった場合、差し歯までは再生されませんので、二人の合体ゾンビを施術した時に施設で気付いたはずです。恐らくあのゾンビは決勝戦に間に合わせる為に、急ピッチで施術が行われたのでしょう」


 峠岡の野郎め。この試合を盛り上げる為に、施設の科学者達に無理を言って作らせたのだろうな。

 言われてみると、二人のゾンビ達の縫い目も荒かったし。

 ……もしかして試合の途中から現れたのはその為か?


 無理してこの試合を盛り上げようとするからだバーカ。

 今頃試合を眺めながら悔しがっているだろうなー!

 ふはは、ざまぁみろ!

 


 

 「なぁみんな、ちょっとコレを見てくれるか?」


 霧姉が端末を操作してこちらに向けている。


 「どうしたんだよ。何かあったのか?」

 「今チームのポイント状況を確認していたのだが、ここを見てくれ」


 ドリームチームのポイント状況とメンバー達の一覧が表示されている。

 

 「……おい! 金剛もウェポンキーパーも生きているじゃないか!」

 「ほ……ほんとう、デスか?」


 端末を覗き込んだジュディーさんが、自分の端末を操作し始めた。

 そうか、噛まれた場合や死んでいる場合には、端末に『死亡』と表示されるのだったな。

 今確認した画面では何も表示されていなかったので、楊さんもディソウザさんも生きている……のか?


 二人が身を隠していた場所は、粉々に吹き飛んでしまっているぞ?


 「シャサール! あの二人の位置を探り出せないか? 急いで救助しないと、このままでは運営側に回収されてしまう!」

 「分かりました。みんなに聞いてみますので、少し静かにして頂けますか?」


 エマさんはそっと瞳を閉じて空を見上げている。

 みんなに聞いてみるって……誰にだよ! 


 深く考えるのが怖くなったので、言われた通りに黙っていると、瞳を開いたエマさんが口を閉ざしたまま歩き始めた。

 話し掛けない方が良さそうなので黙って後を着いて行くと、二人が身を隠していた場所から十数メートル離れた湖岸にほど近い場所まで来たところで、漸くエマさんが立ち止まった。

 周囲にはゾンビが投げ付けたコンクリートの塊や、倒壊した民家などの瓦礫が散乱していて、この壊滅的な状況を見る限りとても二人が無事だとは思えない。


 「この辺り、だそうです」

 「よし! みんなで手分けして探そう! 樫高のみんなも手伝ってくれるよな?」

 「当たり前だ! 瓦礫の除去は私に任せろ!」

 「時間がない。少々雑でもいいからとにかく二人を見つけ出してくれ。金剛! ウェポンキーパー! 居たら返事をしてくれー!」


 シュネルスキーさんが大声を上げて二人を探し始めた。


 彼等は俺達の援護射撃を行った所為で、ゾンビに狙われたのかもしれない。

 となると、ディソウザさんも楊さんも、篠を助けてくれた恩人だからな。

 気合入れて探すしかねぇ!




 「……なぁ、雄ちゃんの能力で二人を探し出せないのか?」


 瓦礫が盛り上がっている部分を重点的に除去し始めると、そっと近付いて来た霧姉が俺に視線を合わせる事なくぼそりと呟いた。


 「ああ。さっきも探してみたんだが、どうも人探しというのは苦手みたいで――」

 「何でも良いから絶対に探し出すのだ。ジュディーを見てみろ」


 現在ジュディーさんは瓦礫に腰を降ろしていて、エマさんから傷の手当てを受けている。

 祈るように両手で防水ポーチを握り締めているのだが――


 「あの防水ポーチにはミッケルのキーホルダーが入っている。これで二人が探し出せないなんて事になると……後は分かるな?」


 ミッケルのキーホルダーは『探し物が見つかり易くなる』という謳い文句で販売している。

 全くもってそんな効果は得られないし、あくまで霧姉がジンクスとして言っているだけなのだが、ここで二人を探し出せないとなると、今後の商売に大きく影響してしまいそうだ。


 「意地でも探し出すのだ。能力で探し出せないと言うのなら、この時間内に覚醒しろ」

 「んな無茶苦茶な」


 霧姉の目は本気だ。

 俺を特訓している時と同じで、もし二人を探し出せなかった場合には、俺だけスタジアムに帰還出来ないかも……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る