第128話 奇跡


 「……もっともっとユウマとおはなししていたいのデスが、そういうわけにもいきまセンね。これいじょうは、おわかれが……つらくなってしまいマス」

 「ジュディーさん……」


 別れが辛くなるのは……俺も同じだ。

 俺もこれ以上は普段通りに会話出来る自信ねぇよ。


 ジュディーさんに銃口を突き付けるのは怖い。

 トリガーを引いた瞬間、眉間に穴が開いたジュディーさんの倒れ行くシーンなんて、一生モノの傷として心に深く刻み込まれるだろし、毎晩悪夢にうなされるかもしれない。


 それでも俺がやらなきゃならないのなら、彼女に情けない顔を見せてしまう前にさっさと終わらせた方がいい。

 この辛い時間が続くよりはまだマシだ……くそ。


 受け取ったこのハンドガンは、泉さんに取り扱いを習った事がある。

 トリガーを引くだけで水が撃ち出されるタイプだ。


 ハンドガンを構え始めても、ジュディーさんは俺の目から視線を逸らす事なく、溢れ出る涙を必死に堪えている。


 「うぇーん、ジュディー!」


 しかしその背後では、霧姉が顔をグシャグシャにして泣きじゃくっている。 

 瑠城さんや泉さん、そしてエマさんやシュネルスキーさんは皆俯き加減で、感情を押し殺しているみたいだ。


 「……ねぇユウマ」

 「何だよ」

 「こんどわたしがうまれかわったそのときには、ゾンビハンターのちょうてんを、いっしょにめざしてくれマスか?」

 「うーん、どうだろうな。ジュディーさんが生まれ変わった時も、多分俺はビビリのままだろうし――」

 「もう! こういうときくらいは『わかったよ、いっしょにトップをめざそう!』っていってくだサイ!」


 ジュディーさんは笑顔を見せながら頬を膨らませている。


 「分かった、分かったよ。よし、ジュディーさんが生まれ変わった時には、ランキング戦だろうが、ペアマッチだろうが、勝って勝って勝ちまくってダントツのトップに君臨してやるよ! ぐははー、俺が本気を出せば余裕だよ、余裕!」


 カラ元気を振り絞ってみせたのに、ジュディーさんは笑ってくれるどころか、逆にボロボロと涙を零し始めた。


 「……ありがとう、ユウマ。そのことばが……きけて、とてもうれしいデス。……もう、おもいのこすことは、ありまセン……」


 そしてジュディーさんはそっと瞳を閉じた。


 思い残すことはない、か。

 ったく、この人も最後の最後までゾンビハントの事ばっかりだったな。


 ジュディーさんは別れの言葉を口にしなかったので、俺もサヨナラは言わねぇぞ。

 まぁゾンビハントに参加する為に、本気で生まれ変わって来るつもりみたいだし、言う必要もなさそうだな。

 何十年後になるのか分からないけど、また会える日を楽しみにしておこう。



 ハンドガンを構えて、目を背けずにしっかりと眉間に狙いを定めた。

 一発で仕留めないと苦しませる事になるから……。


 何も考えない。トリガーに指を掛けて、ただそれを引くだけだ。


 バスッ! 


 俺の放った一撃は確実にジュディーさんの眉間を捉えて、頭が少し後方に弾かれた。


 ハンドガンを握り締めていた掌から振動が伝わって来た瞬間に、罪悪感が一気に押し寄せて来て意味もなく大声で叫びだしたくなった。





 ……しかし俺は無言のまま、そしてハンドガンを構えたまま身動きが取れないでいる。

 今の状況が上手く整理出来ない。何故なら――


 「……いたい……デス」


 ジュディーさんがまだ動いているし、喋っているからだ。 

 しまった。狙いを外して一撃で仕留め損なったらしい。


 スマン、ジュディーさん! 今すぐ止めを刺すから!


 バスッ! バスッ! バスッ! バスッ!


 「ユウマいたいデス! いたいデス! しにそうデス! ふぇーん!」


 霧姉の羽交い締めを振りほどいたジュディーさんは、オデコを押さえて蹲っている。


 ど、どどどどどういう事だ? ゾンビに噛まれてしまったら、ゾンビ化していなくても水での攻撃が有効になるんじゃなかったのか?

 いや、待てよ? 痛がっているという事は、効果が出ている証拠。

 ハンドガンの威力が足りないのか、それともジュディーさんの防御力が高過ぎるのか――


 「ふぇーん! まってくださいユウマ、ストップ! ストップデス! もううたないでくだサイー!」


 構えているハンドガンを奪い取ろうとするジュディーさんのオデコは、真っ赤になって腫れ上がっている。


 「ジュ、ジュディー、大丈夫……なのか?」

 「……そうみたいデス。おでこをうたれたのに……みずが、みずがおでこで、はじかれまシタ。わたし、いきている……みたいデス!」

 「ぅわーん! 良かったー、ジュディー!」

 「ふぇ、ふぇーん! しょうばいじょうずサーン! わたし、たすかりまシター!」


 霧姉とジュディーさんが、わんわんと泣きながら抱擁を交わしている。

 俺には何が何だかさっぱり理解出来ねぇんだけど、とにかくジュディーさんはゾンビ化しないみたいだな。


 俺も二人につられてボロボロ泣きそうだ……。

 本当に、本当に良かった。安心して腰が抜けそうだ。


 平常心を保つのに必死だったから気付かなかったけど、よく考えたらジュディーさんに黒い靄が掛っていない時点で危険がないって分かったはずだ。

 ハハ、しっかりしろよ、俺。


 「……これデス、きっとこれのおかげで、わたしはたすかったのデスよ!」

 

 ジュディーさんがポケットから取り出した無色透明な防水ポーチには、携帯電話と一緒にゾンビ缶バッジやミッケルのキーホルダーがギュウギュウに押し込まれていた。

 色々と使い方を間違っている気がするけど、普段から御守り替わりとして持ち歩いているのだろう。


 「ジュ、ジュディー! ゾンビ缶バッジを持っていて良かったなー!」

 「はい!」


 うちに初めて来店した時に、大量購入した分なのだろうけど……決して缶バッジやキーホルダーのおかげで助かったわけではないと思う。




 瑠城さんがジュディーさんの傷口を入念に確かめている。

 確実に左肩の肉は抉り取られていて、夥しい量の出血も見られる。

 ……止血しないとマズイんじゃねぇか?


 「彩芽、一体何が起こったのだ?」

 「さ、さぁ。私にも全く分かりませんよー。ああ、まさかこんな事が起こるなんて――」


 瑠城さんは落ち着きがない子供みたいに、周囲をウロウロと歩き始めた。


 田井中と伊富貴を合体させたあのゾンビは、実はゾンビじゃなくて、ただの人造人間だったのか?

 だからジュディーさんが噛まれてもゾンビ化しなかったのかも。 


 「は! も、もしかして――」


 何かを閃いたのか、瑠城さんは転がっていた伊富貴の頭の所へと向かった。

 そして何やら伊富貴の頭をゴソゴソと弄り始めたのだが……うへぇー、あんな気持ち悪い物、よく手で触れるよな……。


 その後暫くしてこちらに戻って来た瑠城さんは、スッキリとした表情を見せている。


 「……うふふ、雄磨君、私の座学を覚えていますか?」

 「いや、殆ど覚えてねぇけど?」

 「……そうハッキリと言われると、ちょっと凹みますね。ではここで問題です。雄磨君以外の方は答えてはいけませんよ? ……とあるオープン戦で、参加者が噛まれてしまったのにゾンビ化しなかった事例は、ファン達の間で『何事件』と呼ばれているでしょうか?」


 瑠城さんの問題を聞いて、俺以外のみんなは『あー! なるほどー!』といった様子で相槌を打っている。

 いや、これは俺も何となく聞いた記憶があるのだが……何だっけ?

 

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