第125話 打開策
「シャサールはサバイバル戦が得意だからな。今は別行動を取っているんだよ。気配を絶って何処かに潜伏している……はずだ」
エマさんが何処に居るのか、シュネルスキーさんも分かっていない様子で、狙撃銃のスコープを覗き込んでエマさんを探しているみたいだけど、全然見つからないみたいだ。
確かエマさんは自然の中で育ったって言っていたので、気配を消して獲物に近付き、背後から一気に襲い掛かったりするのだろうか。
彼女の幼い容姿からはちょっと想像出来ねぇな。
「俺達が注意を引き付けている間に、シャサールが隙を見て背後から仕留める作戦だったが状況が変わったからな。そのまま待機しているか、じきに戻って来るだろう。それよりもゴッドハンドに聞きたい事がある。二刀乱舞が使っているセイバーは、あとどのくらいでタンクの水が切れるんだ?」
「……そうね、二分少々ってところかしら」
「普通のセイバーとあまり変わらないのか。……次に水切れを起こした時の為に、樫高では何か対策を考えているのか?」
シュネルスキーさんも俺と同じで、次にセイバーが水切れになった時が危険だと考えているみたいだ。
あのゾンビは知能も高そうだし、さっきと同じようにセイバーを交換させてくれるとは限らねぇ。
篠が距離を取った瞬間、今度は霧姉に襲い掛かる可能性も考えられる。
……くそ、どうしたらいいんだよ。
篠の方に視線を向けると、スピードでかく乱したりフェイントを織り交ぜたりと、色々手を尽くして腕以外の部位に攻撃を加えようと試みていた。
しかしその都度鳩尾の辺りに埋め込まれた機械が青く光り、どれだけ剣技で攻勢に進めていてもあり得ない速度で腕が飛んで来て、ガードが間に合ってしまう。
篠が腕の届かないアキレス腱の辺りを攻撃した時に気付いたのだが、強制防御システムが働いた時に限り、奴の体そのものが異常な反応速度を見せていた。
腕がセイバーに届く位置まで骨格を無視して体をぐにゃりと捻っていたので、腕だけが異常な速度で飛んで来てガードするだけじゃなかったみたいだ。
あのゾンビにはまだまだ謎な部分が多そうだし、流石の篠でも水切れを起こしてしまう二分以内に攻略するのは難しいだろう。
「……対策は無いのか。実は俺達も色々と作戦を考えていたのだが、残り二分しかないのなら強攻策しか取れないぞ?」
「きょ、強攻策?」
「そうだ。見て分かる通り、奴は超回復出来る腕でしかガードしない。それならその腕を封じ込めればセイバーで攻撃出来るだろ?」
「確かにそうだけどよ……。そんな事出来るのか?」
「馬鹿かお前は。それが簡単に出来れば苦労しないだろ! だから強攻策だと言ったじゃないか!」
「さいごのしゅだんというやつデス」
ジュディーさんはひきつった笑顔を浮かべている。
「……ジュディー、その最後の手段とやらを聞かせてくれるか?」
「わかりまシタ、しょうばいじょうずサンにも、てつだってほしいデスから」
そして霧姉の手を取った。
霧姉も手伝う? 何をするつもりなんだ?
「ちからずくで、ちょくせつゾンビのうでをおさえこみマス。わたしがひだりうでをかかえますので、しょうばいじょうずサンはブラッディドラゴンさんがわの、みぎうでをおさえてくだサイ」
……へ? ちょ、直接ゾンビを押さえ込むって――
「ま、待った! そんなの危険過ぎるじゃねぇか! 噛まれたらどうすんだよ!」
「んな事はとっくに分かってるんだよ! じゃあ残り二分……いや、もう一分半もないが、この時間でアイツを確実に仕留める方法があるなら教えてくれよ!」
シュネルスキーさんは俺に飛び掛かって来そうな剣幕だ。
本当ならこんな方法は取りたくはないんだ。そのくらいは俺にも分かるけどよ……。
「……さっきの奴のパワーを見ただろ? いくらデュアルパイソンの力が強いと言っても一人で両腕を抱え込むのは無理だ。確実に押さえ込む為に商売上手にも手伝って貰いたい」
「分かった、やろう!」
「き、霧姉! 何言ってんだよ! 駄目に決まってるだろ!」
「いいか雄ちゃん、鏡ちゃんのセイバーが水切れになれば、また誰かが犠牲になる可能性が高い。しかもなんとかセイバーの交換を終えても、打開策もなく現状維持のままなのだぞ? それならあのゾンビを仕留められる可能性がある方法に賭けた方がいいじゃないか」
「けどよ――」
「それに戦闘が長引けば長引くほど、状況は悪くなるのだぞ? 鏡ちゃんの体力も無限じゃないのだからな」
駄目だ。駄目に決まってる!
決まっているのに……他の方法が何も思い浮かばねぇ。
「私は部長だからな。誰かが犠牲にならなきゃいけないのなら、私がなる。みんなを無事に帰還させるのも、部長である私の役目だ!」
……何言ってんだよ、くそ。今まで部長らしい事なんか、ひとつもしてこなかったじゃねぇか。
「なぁに、心配は要らんさ。私にはこのゾンビ缶バッジと新作ポーチがあるからなー」
「そ、そのことで、しょうばいじょうずサンにごそうだんがあるのデスが――」
ジュディーさんと霧姉が二人でゴニョニョと密談を始めたのだが、ポーチの事はまだ諦めていなかったみたいだな。
この二人は今の状況を分かっているのだろうか……。
「――ので、まずはわたしがきりこみマス。ゾンビがガードすれば、すかさずそのうでをかかえて、はいごにまわってくだサイ」
「こうだな。フム、よし分かった」
話はいつの間にかゾンビの攻略手順に移っていたみたいで、ジュディーさんが霧姉に色々とレクチャーしている。
対ゾンビ戦の経験という意味では、やっぱり霧姉よりもジュディーさんの方が上手だからな。
何度か作戦手順を確認していると、遂にその時が来てしまった。
「彩芽、泉、行って来るよ。後の事は任せたぞ」
「お気を付けて。頑張って下さいね」
「絶対無事に戻って来てよ?」
三人で小さくハグを交わし終えると、霧姉は真剣な面持ちで語り始めた。
「……雄ちゃん、私が噛まれた時は、その……分かっているよな?」
「何だよ、店の事か? そんなの霧姉が無事に戻ってくればいいだけじぇねぇか」
「そうじゃない。……いや、店の事は雄ちゃんに任せるのだから間違いじゃないのだが。私が言いたいのは、もしも私が噛まれたら……という事だ。約束通り雄ちゃんが私に止めを刺してくれよ?」
……オープン戦が始まってすぐに言っていた事か。
みんなが噛まれれば俺が止めを刺す、なんてふざけて言っていたのが、まさか現実になってしまうとは。
「あら、おもしろそうデスね。それならわたしがかまれたばあいも、ユウマがとどめをさしてくだサイ」
「は? ちょっと待て、何で俺が――」
「いいじゃないデスか。はいコレ。おわたししておきマス」
ジュディーさんは腰に差してあったハンドガンを抜くと、俺の手にギュッと握らせた。
「やくそくデスからね」
「そうだぞ、約束だぞ!」
「んな約束、守らねぇからな! 絶対に守らねぇ! ……だから二人共、頼むから無事に戻って来てくれよ?」
二人は俺の言葉を聞き終えた後、泉さんから改造型のセイバーを受け取り、ゾンビに向かって駆け出した。
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