第124話 犠牲
「このままでは鏡花さんが危険です! 霧奈さんの補給は間に合わないかもしれませんよ!」
瑠城さんが援護射撃の為に慌ててアサルトライフルを構え始めると、ゾンビの体が今まで以上に高速でブレ始めた。
……これは強制回避システム、か? 瑠城さんはまだ攻撃していないぞ?
「ユウマー!」
ジュディーさんが身を屈めながらこちらに駆け寄って来る。
どうやら瑠城さんよりも先に、ドリームチームのメンバー達が援護射撃を行ってくれたみたいで、楊さん、ディソウザさん、その後ろからシュネルスキーさんが物陰に隠れながら攻撃してくれていた。
セイバーで応戦出来なくなった篠がゾンビと距離を取り始めたので、援護射撃がやり易くなったのだろう。
「「ゥガァ……」」
総攻撃による弾幕が激しくて、強制回避システムでの回避が間に合わなくなったのかどうかは不明だが、ゾンビは攻撃を躱しつつ倒壊していない建物の所まで後退して姿を眩ませてしまった。
そして俺達を全滅出来なくてイライラしているのか、ドカンドカンと建物を破壊している音だけが響いて来る。
……一体何をしているんだ? 単純に八つ当たりで暴れているだけか?
この後山を越えて背後から近付いて来るつもりかもしれねぇし、奴の位置だけは常に把握しておかねぇと。
とにかくこれで霧姉は篠の所に向かえそうだな。
その間にジュディーさんが、俺達のもとに駆け込んで来た。
「ふぅ、どうしまショウか、あのゾンビ……」
「こっちが聞きたいよ。どうすれば始末出来ると思う?」
「……そうデスね。わたしたちも、いくつかほうほうをかんがえてみたのデスが――」
ジュディーさんが話し始めたその時だった。
「「ゥガァァー!!」」
ゾンビが民家を乱暴に蹴散らしながら姿を現したかと思うと、その頭上には建築物の一角と表現した方がいいのだろうか、重さ数トンにも及ぶ巨大なコンクリートの塊が抱え上げられていた。
そういやさっきまでゾンビが暴れていた場所には、コンクリートで出来た頑丈そうな建物があった気がする……って、今はそれどころじゃねぇよな。
「……い、一体何をするつもりだ?」
「防御壁にするつもりかもしれないね」
「チカラモツヨイナ」
楊さん達はゾンビの行動に気を取られているみたいで……攻撃の手が止まってしまっている。
……お、おい。コレってまずいんじゃねぇか?
「駄目ですよ皆さん! 撃ち続けないと!」
「はっ! し、しまっ――」
瑠城さんの狙撃によって再びゾンビの体がブレ始めた時には、既に巨大なコンクリートの塊は楊さん達に向けて放り投げられていた。
「「ぐわぁぁーー!」」
コンクリートの塊はドリームチームのメンバー達が身を潜めていた瓦礫に直撃して、木っ端微塵に飛散した。
辺り一面に大きな土煙が立ち込め、幾つもの瓦礫の破片が宙を舞っている。
放り投げられた塊の一部は遥か後方まで転がり続けて、琵琶湖まで届いたのか水飛沫を高く舞い上げていた。
……なんて馬鹿力してるんだよ。霧姉よりも力が強いんじゃねぇか?
徐々に土煙も収まり始めたのだが、三人は一向に姿を現さない。
まさか、逃げ遅れた……なんて事はねぇよな?
逃げる……ってディソウザさん、足を怪我していた……はず。
……おい、冗談だろ? 三人共無事……だよな? 誰も怪我なんてしてねぇよな?
――とその時、一人の人物が身を隠していた場所と全く違う所から這い出て来た。
「くそっ! ペッ、ペッ! 口の中に土が入った! ……この馬鹿力め! この俺様を放り投げるとはいい度胸じゃないか!」
四つん這いで埃塗れになっているのはシュネルスキーさんだ。
這い出して来た場所から、懸命に狙撃銃を引っ張り出している。
……シュネルスキーさんを放り投げたのは、多分ディソウザさんだ。
自分は足を怪我しているので逃げ切れないと悟り、せめて小柄なシュネルスキーさんだけでも助けようとしたのだろう。
「もう許さんぞ。いつもいつも俺の事を……俺、の――」
立ち上がったシュネルスキーさんは愕然とした表情で体を震わせている。
それもそのはず、つい先ほどまで自分が隠れていた場所が跡形もなく消し飛んでいたのだから。
ディソウザさんと楊さんの姿は何処にも見当たらない。
俺は人探しは得意じゃねぇけど、それでも二人の元気な姿を思い浮かべて懸命に探してみたのだが、……残念だけど二人の姿は見つからない。
こればっかりは俺の人探しが下手くそなだけであって欲しい。
……いや、実際にこの目で死体を見るまでは絶対に諦めねぇぞ。
ゾンビとの戦闘が終わればみんなで手分けして捜索だ。
「……」
シュネルスキーさんは俯いてブツブツと何かを呟いているのだが、日本語ではないみたいなので内容までは分からない。
「……仇は取ってやる」
その後すぐに狙撃銃を抱え直し、急ぎ足でこちらに向かって来た。
「……ユウマ、いまはせんとうにしゅうちゅうしてくだサイ。しょうばいじょうずサンがもどってきたら、さくせんをたてまショウ」
「……そうだな」
付き合いの短い俺でも、ディソウザさんや楊さんの事を思うと、胸が締め付けられそうになる。
普段から仲が良さそうだったシュネルスキーさんは、俺なんかと比べものにならないくらいに心を痛めているだろう。
そんなシュネルスキーさんが歯を食いしばって戦闘に集中しようとしているのだ。
今は何も言わずにそっとしておこう。
セイバーを受け取った篠が再びゾンビに斬り掛かっているのだが、あのゾンビは篠と対峙している間はこちらに向かって攻撃を加えて来る気配はなさそうだ。
篠の攻撃が鋭くてこちらに攻撃する余裕がないのかもしれないけど、そうなってくると次にセイバーのタンクが空になった時が厄介だな。
何度も背後を振り返りながら霧姉がこちらに戻って来た。
「泉、鏡ちゃんからセイバーを預かって来たからメンテナンスしてくれるか?」
「オーケー。すぐに取り掛かるよ」
「ジュディー、それに
霧姉は頭を下げている。
そうだよな。彼らに助けて貰ったんだよな。
「……その、三人は残念だったな」
「しょうばいじょうずサン、そのはなしはあとにしまショウ。それにさんにんではありまセン、シャサールさんはぶじデスよ」
……そうだった。エマさんの存在をすっかりと忘れていた。
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