第123話 接近戦
バベルタイプっぽい胴体に切り込むのも簡単な事ではない。
攻撃を搔い潜ってセイバーで切り込めるのなんて、恐らく篠にしか出来ないだろう。
「「ウガァァーー!」」
再び右腕を大きく振りかぶり、体重を乗せた一撃が篠に向かって振り下ろされた。
ところがその右腕は篠に直撃する寸前で、まるで篠の体を避けるようにしてゆらりと軌道を変えた。
篠はゾンビの一撃に合わせるように、時計回りに回転していたので、恐らく左手で握っていたセイバーで……何かしたのだろう。
いなすだか捌くだか知らねぇけど、動きが早過ぎて何が起こったのかさっぱり分からねぇ!
篠にはゾンビの動きがスローモーションにでも見えているのか?
どうやったらあんなに素早く反応が出来るんだよ……。
しかもゾンビの攻撃に向かって行ったようにも見えたし。
そりゃ俺なんかが練習で何度斬り掛かっても、簡単に躱されてポカスカ叩かれるわけだ……。
振り下ろされた右腕は勢いを失う事なく、足もとの瓦礫を砕きながら地面に突き刺さった。
そして篠は流れるような動きを保ったまま、ガードがガラ空きとなっているゾンビの巨体の右側背後へと回り込んでいる。
「いけー篠! ぶった斬ってしまえー!」
「……二刀乱舞さんと呼ばないと、後で叱られますよ?」
横薙ぎの体勢に入っている篠の狙いは、ゾンビのお尻から太股にかけての辺りみたいだ。
頭を狙うと左腕で防がれるかもしれないし、ガードが出来ない場所を確実に狙うみたいだな。
この一撃で上手く足を切断出来れば、ゾンビは体勢を保てなくなり頭の位置も下がるだろうし、そうなったら華麗な連撃でストンストン! と二つの頭を瞬く間に斬り落としてくれるに違いない。
篠の横薙ぎ一閃が炸裂して大量の蒸気が噴き出し、ゾンビのお尻とその周囲を覆い隠している。
「よぉーし! やったー!」
凄いぞ篠ー! 勝負アリだ!
……しかしここで一気に畳み掛けるのかと思いきや、篠は一歩引いて間合いを図った。
まぁ大量の蒸気が邪魔で、視界を遮られたらゾンビの攻撃を受けてしまうかもしれねぇし、念には念をとかそんな理由だろう。
この後蒸気が治まって視界が晴れてから猛攻撃を――
「……いえ、やっていませんよ。よく見て下さい」
いや、よく見ろって言われても、篠のセイバーがゾンビのケツに直撃してただろ?
蒸気が治まりぱっくりと開いた傷口が現れる――のかと思いきや、そこには何故か先ほどまで地面に突き刺さっていたはずのゾンビの右腕がお尻をガードしていた。
篠の攻撃は防がれた……のか?
「「ウガァー!」」
「くっ」
再び両腕を振り回して襲い掛かるゾンビの猛攻に、篠は少しずつ後退しながら耐えている。
動きに少し精細さが欠けて見える……。き、気のせいだよな?
「……さ、先ほどの動き、見ましたか?」
「いや、見てたけど何が何だかさっぱり分からねぇ……」
ゾンビの右腕は地面に突き刺さってたはず、だよな?
何故攻撃が防がれたのか、俺には全く理解出来ねぇ。
「胸に埋め込まれている機械が青く光ったのと同時に、ゾンビの右腕が先ほどの強制回避システムを彷彿させる不自然な動きを見せました」
青く光った……って、ホントに? そんなの全然気付かなかったぞ。
「地面に突き刺さっていた右腕が鏡花さんのセイバーの動きに合わせて、瞬間的に移動したように見えました」
「しゅ、瞬間的にって……」
「これは私の想像の範疇ですが、あのゾンビには狙撃を回避する強制回避システムと、高耐性かつ超回復力の腕で、頭や胴体をガードする強制防御システムが備わっているのではないでしょうか」
きょ、強制防御システムだと?
そんなの反則じゃねぇか!
狙撃すれば避けられるし、近付いてセイバーで攻撃したら防がれるし。
こんなのどうやって倒せばいいんだよ!
「鏡花さんは戦いの最中で、あのゾンビが普通のゾンビ達の動きとどのくらい違うのかという事、更には骨格や関節の可動域に至るまである程度見極めつつ、絶対に事故が起こらないように攻撃や回避を行っていたはずです」
「なるほど、凄いな。最初の様子見の時にはそんな事まで確認していたんだな」
「……ところが先ほどのあり得ないガードを見て、鏡花さんの認識にズレが生じてしまったのかもしれません。予想外のゾンビの動きを見て、動きに若干の動揺が見受けられます」
ガードされないはずなのに、腕は曲がらないしここまで届かないはずなのに、それでも攻撃を防がれた。
今度はあり得ない方向から攻撃が飛んで来るかもしれない。
そんな迷いが出てしまったら、そりゃ躊躇もしてしまうだろう。
「セイバーの改造終わったよ! 雄磨、給水して」
「お、おう。泉さんどんどん頼んでいいか? ちょっと雲行きが怪しい」
「任せて。悔しいけど今のアタシにはこれくらいしか出来ないから……」
泉さんは物凄いスピードでセイバーを改造している。
俺も自分の作業に集中しよう。……まぁ給水しか出来ねぇんだけど。
「鏡花さんのセイバーが!」
終始押され気味で戦っていた篠のセイバーの挙動がおかしい。
放出されている蒸気の量が安定しておらず、ブツブツと途切れ始めた。
「……水切れです。このままでは攻撃も防御も出来なくなりますよ!」
「私が近くまで持って行って交換してくる。その間雄ちゃんと彩芽はゾンビの攻略法を考えておいてくれ。このままではジリ貧だぞ」
確かにそうだ。
今は篠の体力でなんとか持ち堪えているようなものだ。
篠が応戦出来なくなれば……あのゾンビを止める術がない。
「待ってろ二刀乱舞さん! 今すぐセイバーを持って行くから!」
「お、お願いします霧奈お姉さん!」
霧姉は改造と給水を終えたばかりの二本のセイバーを握り締めて、篠のもとへと飛び出して行った。
「霧姉、気を付けろよー!」
「誰に物を言っているのだー! 任せておけー!」
霧姉も篠がやって見せたように、セイバーを逆手で握り締めたまま親指を立てている。
……ったく、気を付けろよ。本当に。
そして遂にセイバーに纏っていた蒸気は止まってしまい、篠は体術で攻撃を躱すだけしか出来なくなってしまったみたいだ。
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