第122話 激突
「だ、駄目です! 全て避けられてしまいます!」
瑠城さんが懸命にアサルトライフルで攻撃しているのだが、ゾンビには全く命中していない。
泉さんが狙撃した時と同じように、まるで田井中達が複数体居るかのように見えるほど、高速で体を左右にブレさせて攻撃を躱している。
田井中と伊富貴の体の境目には、無理矢理に縫合された痕が痛々しく残されている。
ゾンビとの距離が近くなったので気付いたのだが、二人の体の丁度境目部分、一体のゾンビとして見た歪な体の位置だと鳩尾の辺りには、コブシ大程の大きさの何かが埋め込まれていて、瑠城さんの攻撃を避ける度に赤くて鈍い光を放っていた。
攻撃を避けられてしまう事と何か関係がありそうだな。
「コロ……ス……コロ……ス」
「……コ……ロセ……コ……ロセ」
人を呪うようなしゃがれた低い声で、同じ言葉を何度も叫びながら突っ込んで来る。
カクカクと痙攣するように歪み始めた二つの顔は、上下が逆転してしまいそうなくらいに顎が斜め上の位置まで上がり、もはや二人の面影すら感じられなくなっている。
不気味に赤く光る瞳も何処を向いているのかすら分からない。
このゾンビを作ったのも、恐らく峠岡常務の指示なんだよな?
……あの野郎、人の命をなんだと思っているんだよ、クソ。
俺からしてみれば不愉快でしかねぇんだけど、峠岡の野郎は田井中と伊富貴をこんな形で登場させれば会場が盛り上がるだろうと、本気で考えているのだろうか……。
「くそ、アサルトライフルでも駄目なら、私が――」
「待って下さい霧奈お姉さん、私が行きます! 水亀君、セイバーの給水を済ませておいて下さい!」
霧姉の動きを制した篠が、ゾンビに向かって飛び出して行った。
「二刀乱舞さん! 気を付けろよ!」
突撃しながら逆手で握っていた右手のセイバー高く上げて、俺の言葉に応えるように一瞬だけ親指を突き立ててくれた。
「雄磨君、今のうちに給水をお願いします!」
「ああ、分かった。泉さんも狙撃銃の給水口を開けておいてくれ」
篠なら噛まれる心配はないとは思うが、万が一の事態に備えて援護射撃の体制を整えておかねぇと。
「ねぇ彩ちゃん! 胸の部分に埋め込まれているアレは何なの?」
「瑠城さんの攻撃を避ける時に赤く光っていたのも見えたぞ」
「……私にも分かりませんが、私の射撃と同時に、そして撃ち出した弾数と同じ回数だけ光を放っているのを確認しましたので、恐らくですがエリアセンターを使用していて、自分に向かって来る水での攻撃全てを感知しているのだと思います」
瑠城さんはそこまで確認しながら攻撃していたのか。
「強制回避システム……とでも言いましょうか、あのゾンビはとても不自然な動きを見せていましたので、ゾンビの意思とは関係なく機械が自動で体を動かして攻撃を避けてくれるのでしょう。厄介極まりない装置ですが、果たしてセイバーに対してどんな反応を見せるのでしょうか……」
給水作業を開始していると、いよいよ篠とゾンビが衝突した。
「「ゥガァァーー!」」
不気味な紫色をした二本の腕を出鱈目に振り回しているゾンビと、回避しつつその腕を切りつけている篠。
どちらかと言うと篠はゾンビの攻撃パターンを見極めているような動きを見せている。
ここから見る限りでは、篠のセイバーに対して埋め込まれている機械が反応している様子はなく沈黙を保っている。
あの機械はセイバーでの攻撃には無反応で、ガンタイプのウォーターウェポンの攻撃のみ回避する……のか?
篠は十分にゾンビの動きを警戒しながら攻撃しているし、斬りつけられているゾンビの両腕からは夥しい量の蒸気が上がっているのだが、ゾンビの攻撃が一向に衰える気配がないと感じるのは俺の気のせいだろうか……。
「……なぁ――」
「言いたい事は分かります。ですが今見極めている最中ですので、そのまま給水作業を続けて下さい」
戦況をじっと眺めている瑠城さんは少し苛立ちを見せていて、言葉の節々に棘を感じる。
見守る事しか出来ない自分を、歯痒く思っているのかもしれねぇな。
「「ゥガァァーー!」」
真上から振り下ろされた重い一撃を、二本のセイバーを揃えて弾き飛ばすように斬り付けた後、篠は二度後方宙返りを繰り返して距離を取った。
「……あの両腕、水での攻撃に極端に耐性がありますね。今の攻撃で弾き返すのが精一杯という感じでしたし、バベルタイプの比ではなさそうです。今の鏡花さんの攻撃なら、バベルタイプの防御力でも腕を切断出来ていたでしょうし――」
少し落ち着きを取り戻したのか、瑠城さんは冷静に状況を分析してくれている。
確かにアレックスを攻撃した時もセイバーで細切れにしていたし、それにあの時とは違い今回のセイバーは泉さんが改造しているセイバーだ。
切れ味も上がっているはずなのに、それでも弾き返すのが精一杯だというのか。
弾き飛ばした腕からは、熱したフライパンに水を掛けたようにモクモクと蒸気が上がったのだが、湯気が治まった腕には傷口も見当たらない。
「蒸気で見えにくいのですが、水での攻撃に耐性がある上に回復力も高そうです。斬り付けられた一瞬のうちに傷口が回復しているように見えました」
……腕に攻撃を加えるのは無駄だという事か。
今の状況を見ていた泉さんは、手持ちのセイバーを再び調整し始めた。
「セイバーのタンクが空になるまでに決着がつくか分からないから、予備のセイバーも改造しておかないと。あの一撃じゃ普通のセイバーだと簡単に折られそうよ」
「た、確かに。泉さん出来るだけ急いでくれるか?」
篠の戦いに見入っている場合じゃねぇな。
何も出来ないのなら、せめて状況を判断しながら先の事を考えておかねぇと。
「……私のセイバーも調整しておいてくれ」
万が一の事態に備えてなのか、霧姉も泉さんにセイバーを渡している。
「あの変色している両腕だけが異常なら、バベルタイプっぽい胴体や頭を攻撃すれば有効だと思うのですが……。どうやら鏡花さんもそのつもりみたいですね」
一旦間合いを図っていた篠が、低い体勢を保ったままゾンビに向かって突っ込んだ。
踏み込みの深さから察すると、様子見の段階は終えたみたいだな。
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