第121話 ペア


 「……雄磨君の所為ではありませんから、気にする必要はありませんよ。全ての命が守れるわけではありませんし、それに漁業センターだと私達が急いで向かっていても間に合いませんでしたよ」


 瑠城さんは慰めてくれるけど……クソ、俺がもっと注意していれば参田高校の二人を守れたかもしれねぇのに。

 物凄い速さで真っすぐこっちに向かっていた筈なのに、急にスピードを落として漁業センターに向かうとは思わなかった。

 ……まさか参田高校の二人の方から手を出したのか?


 「雄ちゃん、ボーっとしてないで状況を教えてくれ! そのゾンビはこっちに向かっているのか?」

 「……ああ。すぐに姿を現すよ、ほら――」


 資料館の民家が建っていた辺り、一段高くなっている瓦礫の山の上にそれは現れた。


 「……人型、でいいのか?」

 「新型のバベルタイプ……でしょうか」

 「アレは一匹で数えていいの?」


 姿を現したゾンビを眺めて、霧姉達はそれぞれ感想を言い合っている。

 と言うのも俺達は今、ジャイアントノーズの亡骸の傍、北側の湖岸近くに居るのだが、現れたゾンビとは五十メートル程離れていて、詳しい全貌まではハッキリと見えない。

 ここから見た感じだと、俺が初めて見るゾンビには違いなさそうだ。

 ただし霧姉や泉さんだけではなく、瑠城さんまでもが初めて見るゾンビだったみたいだ。


 瓦礫の山に立っているのは、体長三メートル程の小柄でガッチリとした体格のゾンビ。

 まぁ三メートル程のゾンビも全然小柄じゃねぇんだけど、今まで出会った強力なゾンビ達からすれば小柄な部類だ。

 二本の足で立っているので一応は人型なのだが、胴体が物凄く歪な形をしていて、俺の目がおかしくなければ……金髪の頭と赤茶色い髪の頭、二つの頭が付いているように見える。

 左半身に付いている赤茶色い髪の頭の位置が、普通の人間の体を基準にして考えれば正常な位置で、逆に右半身に付いている金髪の頭は、左半身の頭の位置よりも更に頭一つ分高い位置に飛び出して付いている。

 左右の肩の位置も頭一つ分ズレていて、どうもおへそくらいの位置から二つの胴体が生えているような体格をしているのだが、腕は左右に一本ずつしか生えていない。

 この場所からだと体の細かい部分がいまいちよく見えないんだよなぁ……。

 バベルタイプは全身が真っ青だけど、このゾンビは同じように全身は真っ青だけど、肩口から先の両腕だけがペンキで塗り潰したような濃い紫色をしている。

 また厄介な特性を持ち合わせているのだろうか……。


 「……驚きました。あのゾンビに関しては全く情報がありませんので、恐らく新種だと思います」

 「今回は新種でも騒がねぇんだな」


 ナーガ改バベルタイプの時は大はしゃぎしていたのに。


 「今は喜んでいる場合でもなさそうですし、一瞬でも気を抜くとすぐに殺されてしまいそうです」

 

 瑠城さんはゾンビから片時も視線を外さない。

 俺達が身を隠している瓦礫から半身だけ乗り出し、中腰の体勢でアサルトライフルの狙いを定め続けている。

 

 「霧奈さん先制攻撃を仕掛けましょう」

 「そうだな、近寄られると厄介そうだ。泉、任せたぞ」

 「任せたぞって言われても……。どっちの頭を狙えばいいかな?」

 「さぁ……私には分からん。出っ張っている方から順番に撃ち抜けばいいんじゃないかな?」 

 「了解。そうよね、二つとも撃ち抜けば――ってエエ―! ちょ、ちょっとコレ見てよ! アイツの顔!」


 泉さんは狙撃ポジションを霧姉に譲り、スコープを覗き込むように促している。

 顔? 顔がどうかしたのか?

 遠くて胴体と同じ青色だという事しか分からねぇぞ? 


 「なんだ? 何かおかしな物でも……げ。またか。本っ当に迷惑な奴だな」

 「ちょっと私にも見せて下さい。……今度はカップルで登場ですか」


 迷惑? カ、カップルって……。まさか――


 「出っ張っている右半身はまた田井中だよ。そして左半身は、確か伊富貴……だったかな」

 「そうです。あの方の容姿は忘れませんよ。最後に罵られた時の表情は今でも覚えています」

 「って事はあのゾンビには田井中と伊富貴、二体のゾンビがくっ付いているのか?」


 歪な形をしていると思ったら、研究施設でバベルタイプに施術されて強引にくっ付けられたのか。


 「どういう技術かは分かりませんが、ベースとなる一体のゾンビに、二体分の胴体が埋め込まれているみたいです」

 「気持ち悪ぅ! 泉さん、頼むからさっさと始末してくれ!」

 「任せてよ。アタシもあの女には頭きてんだから! あのムカつく顔、吹き飛ばしてやる!」


 俺達は崩れ落ちずに少しだけ残っていた建物の外壁の一部に身を潜めているのだが、泉さんはその壁に狙撃銃を乗せてスコープを覗いている。


 ふと十メートル程離れた場所で陣取っているドリームチームの様子を窺ってみると、初めて見るゾンビが相手だからなのか未だ手を出さずに、相手の出方を探っているようにも見える。

 てっきり俺達よりも先に攻撃するものだと思っていたけど、初見のゾンビには慎重にならざるを得ないといったところだろうか。


 ガシュ!


 すぐさま泉さんによる狙撃は行われたのだが、忘れていたのかいつものお祈りは聞こえて来なかった。

 それでも今回も今まで通り完璧に狙撃されたはずなのだが、ゾンビは何事もなかったかのように瓦礫の上に立ち続けている。


 「……あれ? は、外した……かな?」


 はぇ? 嘘だろ? 泉さんが狙撃を外したところなんて見た事ねぇぞ?

 ここから見る限り田井中の頭も伊富貴の頭にも変化はなく、弾け飛ぶどころか何処にも命中していない様子。


 「どうしたんだよ泉、外すなんて珍しいな。感情が高ぶっていたのか?」

 「いや、そういう事じゃ……お、おかしいなぁ」

 「お祈りを忘れていたからではありませんか?」

 「アレ? 忘れてたかな? ハハ、やだなぁー」


 泉さんは再び狙撃銃のポンプ圧を上げている。


 「……じゃあ、今度こそ。……ブツブツ」


 スコープを覗き込んでいる泉さんからは、ブツブツとお祈りが聞こえて来る。

 先ほどは狙いが伊富貴達だという事で若干心が乱れていたのかもしれないのだが、今度はしっかりと落ち着いているように見える。


 ガシュ!


 狙い澄ました泉さんの一撃が放たれたのだが……おかしい。

 今回は俺もずっとゾンビから目を離さずに確認していたのだが――


 「……よ、避けた。アイツ、泉さんの狙撃を避けたぞ!」


 射撃音とほぼ同時に、奴の体が一瞬だけ左右にブレた。

 足や腕なんかを全く動かさずに体が横にズレた後、すぐに元の位置に戻ったぞ。

 本当に一瞬だけだったけど、絶対に見間違いじゃねぇ。


 「ああ。私も見ていた。どうなっているのだ?」

 「私にも分かりません。分かりませんが……あの不自然な体が関係していそうですね」


 そして泉さんが狙撃した事で俺達を敵として認識したのか、ゾンビが物凄いスピードでこちらに向かって突進して来た。


 「ギギィィ……コ、コロ……コロ……ス、アイ……ルーラ……」

 「ガガァァ……コロ……セ、コ……ロセ……ド……―ラー……」


 飛ぶように走りながら、しゃがれてうまく聞き取れない声で何かを喚いている。


 「来たぞ、みんな構えろ! 彩芽、頼んだ!」

 「はい!」


 瑠城さんはしっかりと狙いを定めていて、霧姉と篠はいつでも飛び出せるように身構えながら、セイバーのスイッチを入れ始めた。

 

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