第117話 狙撃ポイント
火の手が上がっていないのは運が良かった。
奴等は炎を浴びると分裂するらしいからな。
あんなバケモノ共に分裂されたら、命が幾らあっても足りねぇよ。
その問題のバケモノ、ジャイアントノーズの姿も一応確認出来るのだが……巨体の小鼻にあたる部分が少ししか見えない。
山間に挟まれた住宅密集地の中でも、北側の湖岸に近い場所で居座っているみたいだ。
「駄目だよ霧ちゃん、手前の藪が邪魔でここからは狙撃出来ないよ!」
泉さんは境内の北側の柵から懸命に身を乗り出して狙撃銃を構えているのだが、山の斜面に自生している覆い茂った藪が邪魔で、ここからだと捕食の瞬間が狙えないみたいだ。
「……ビヒーモスとかいうゾンビの姿も見えねぇよな」
「いえ、ジャイアントノーズの体の向きから考えると、エサとなるビヒーモスの亡骸は、そこの藪で見えにくい場所にあるのだと思います。角度的にはこちら側で間違いなさそうですよ」
……あの巨大な鼻の体には前後の向きがあるのか。
背中に当たる部分の裏側がどうなっているのかは不明だけど、どうやら捕食する時に開く口の部分は俺達が居る南側を向いているらしい。
「泉、そっちからなら狙えそうか?」
「そっちって……」
霧姉がそっちと指差しているのは神社境内の柵の外で、すぐ傍に建っている民家の屋根だ。
恐らくこの神社の宮司さんが住んでいたと思われるのだが、その民家の瓦屋根と境内が丁度同じくらいの高さなので、そっちに移れば確かに手前の藪は邪魔にならなさそうだ。
ただし境内の柵から瓦屋根までは、五メートル以上は離れているので飛び移るのは不可能。タンクを背負っていなくても全然無理だ。
「……無理に決まってるだろ。霧姉は空中でも歩けるのか?」
「フフン、雄ちゃん頭が固いぞ。何度も言っているが、沖ノノ島にある物は全て自由に使っていいのだぞ」
そう言って霧姉はクルリと体を翻し、境内で倒壊してしまっている舞台と本殿に向かって一人スタスタと歩き始めた。
「コレを使えば橋渡し出来るだろ?」
霧姉が足を置いているのは、舞台と本殿を繋いでいた短い屋根。
緑色に錆びた銅板が葺かれた細い屋根で、確かに長さ的には民家の屋根との橋渡しには丁度いい。
ただしその銅板の屋根には、舞台の瓦屋根の一部が覆い被さっているので、移動させる為には重機が必要だと思うぞ。
「流石に霧姉でもその屋根は持てねぇだろ?」
「フン、こんな物は壊せば良いのだ。ぅをりゃー!」
霧姉はすぐ傍に設置してあった石灯籠を持ち上げて、ドカンドカンと叩き付け始めた。
みるみるうちに瓦屋根が破壊されて行く……。
「……よしよし、こんなものだろう。後はこの辺の邪魔な物を取っ払って、引っ掛からないようにすれば簡単に引き抜けるだろう。フン、こんなモン要らーん!」
今度は銅板の屋根からぶら下がっている装飾品や雨どい、余分な柱などをバリバリと取り外し始めた。
……霧姉は工場よりも工務店で働いた方が似合うんじゃねぇか?
「ぅをりゃー!」
最後は銅板の屋根を強引に引きずり出した。
……一体どんなパワーしてんだよ。
「「「おおー!」」」
「おー! じゃない! みんな邪魔だからちょっと退いてくれ! 時間がないのだぞ!」
そうだった。時間がねぇんだった。
霧姉の行動に呆気に取られて忘れてたよ。
狭い境内でこんなデカい屋根を移動させるのは一苦労だ。
俺達は霧姉の邪魔にならないように、絵馬を販売しているケースの前まで移動した。
橋渡しする位置まで移動した霧姉は、屋根の端を持って大きく深呼吸を繰り返している。
「みんな、離れていてくれよ! ……持ち上がるかな。よし、ぅをりゃー!」
屋根を持ち上げて上から振り下ろすのではなく、反時計回りで横から殴り付けるようにして一気に振り回した。
ぐわんと勢い良く宙を舞った銅板の屋根の端が、民家の棟の部分に直撃して突き刺さった。
大量の瓦が弾け飛び、バラバラと屋根から転がり落ちている。
「フーッ! 危ない危ない、けっこうギリギリだったな……勢い良過ぎたか」
霧姉が掴んでいた端っこの部分は、境内の石造りの柵ギリギリのところに乗せられている。
「ちょっとバランスが悪いから、私はここで押さえている。泉、急げ!」
「う、うん。分かった。……大丈夫よね?」
「ああ。雄ちゃん達も急げ! 一人ずつだぞ」
俺達もこの屋根を渡らねぇと駄目なのか。
最初に泉さんがトトンと軽快に渡り切り、瓦屋根の上を駆けて行く。
ジャイアントノーズが居る方向を眺めながら、一番良い狙撃ポイントを探しているみたいだ。
俺は一番最後に橋を渡ったのだが、タンクは霧姉の傍に置いてきた。
あんなの背負っていたら、瓦屋根の上でバランス崩しそうだから……。
この屋根からだと視界を遮る物は何もなく、ジャイアントノーズの巨体がハッキリと確認出来る。
ジャイアントノーズまでの距離は、凡そ百メートルから百五十メートルといったところだろうか。
そしてそのすぐ傍に赤黒い大きな塊が横たわっている。
「あの赤黒いのがビヒーモスか?」
「そうです。このまま丸飲みにすると思いますよ」
丸飲み? ジャイアントノーズよりも一回りくらい小さいけど、ビヒーモスもなかなかの巨体だぞ?
「ね、ねぇ水亀君、あそこ!」
「どうしたんだ?」
篠がジャイアントノーズとは全然違う北東の方角を指差している。
この場所からだと学校方面にあたるのだが、百メートル程先にある鉄塔を誰かが駆け上がっている。
あれは俺も登った事がある鉄塔で、確かゴールドバーを回収した所だ。
俺よりも断然早いスピードで天辺を目指しているのは……シュネルスキーさんだ。
「……あんな狭い場所から狙撃するのか?」
「そうみたいですね。あの位置からでしたらジャイアントノーズが捕食する瞬間に、斜め上からビヒーモスとの隙間を狙えるかもしれませんね」
なるほど。斜めから隙間を狙うシュネルスキーさんと、正面からビヒーモスごと撃ち抜く泉さんか。
ジャイアントノーズまでの距離はほぼ同じくらいだと思う。
「にゃろー。アタシは絶対に負けないよ! さぁ、早く食べろ! 今すぐ食べろ!」
泉さんは屋根に腹這いで寝そべり、棟に固定した狙撃銃のスコープを覗き込んでいる。
……何だか二人の競争みたいになっているけど、ジャイアントノーズをきちんと始末してくれるのなら、どちらの狙撃で仕留めてくれてもいいんだぞ?
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