第116話 神社での攻防
道幅の狭い住宅街を抜け、看板のような物が掲げられた大きな鳥居の前までやって来た。
「ぐわぁーー!」
「だ、
鳥居を潜り石畳の階段を登った先、小さな山の中腹にある境内から、苦戦を強いられている参田高校の部長さんの声が聞こえて来る。
ちなみに悲鳴が聞こえて来たのはこれで二度目だ。
俺達は鳥居の前で待機して、アサルトライフルを構える瑠城さんだけが十数段の階段を一気に駆け上がった。
そして境内に入る一歩手前にある、階段の踊り場になっている狭い場所で一度足を止めた。
この踊り場は戦闘が繰り広げられている境内よりも体半分程低い位置にあるのだが、そこで身を隠しつつそろりと頭だけを出して戦闘の様子を窺っている。
泉さんは突撃に備えて、俺の隣で静かに狙撃銃のポンプ圧を上げている。
流石の泉さんでも移動しながらでは大掛かりな改造は施せなかったみたいで、現段階では軽く調整を行っただけ。
この後境内を鎮圧してから、本格的に改造するつもりなのだろう。
『ゾンビは三体』
『泉さんと鏡花さんだけこっちに来て』
戦闘の様子を窺っていた瑠城さんからハンドサインが送られて来た。
「二人共気を付けて」
俺と霧姉はこの場で待機らしいので、静かに声を掛けて篠と泉さんを送り出した。
三人のハンドサインのやり取りを確認していたのだが、どうやら篠が切り込んで瑠城さんと泉さんがフォローに回るみたいだ。
射撃が外れてしまった場合に戦闘中の参田高校の部員達を誤射してしまうかもしれないので、インフェルノウルフ達を攻撃しにくいのだろう。
さっきのインフェルノウルフを仕留めた時に発揮した威力だと、当たり所が悪ければ怪我では済まないだろうし……。
篠がタイミングを計って勢い良く階段の踊り場から飛び出すと、瑠城さんはウォーターウェポンを構えたまま、射撃し易い位置へゆっくりと移動を開始した。
泉さんは階段の踊り場で待機しつつ、狙撃銃を境内に向けて構えている。
「に、二刀乱舞さん!」
「キャゥン……」
「ガフゥ……」
参田高校の部長さんの声や、瑠城さんが放つウォーターウェポンの射撃音が、ほんの四、五秒間ほど響いた後、インフェルノウルフ達の弱々しい声が聞き取れた。
境内が静かになったので、インフェルノウルフ達を無事に始末出来たのだろう。
前方で狙撃銃を構えていた泉さんから来い来いと合図されたので、霧姉と一緒に階段を駆け上がった。
境内はぐちゃぐちゃに荒らされていて、戦闘の激しさを物語っていた。
神事に使われる狭い舞台や本殿の屋根は崩れ落ち、絵馬やゾンビ達の亡骸が散乱している。
「うぅ……大悟先輩、ノリ先輩、
首から上が無い一体の亡骸の傍で、唯一の女子部員が泣き崩れている。
幾度となく悲惨な現場を見て来たけど、こういうのは決して慣れるもんじゃねぇな。
特に今回はさっきまで一緒に行動を共にして来た人達だ。
居たたまれない気持ちで胸が張り裂けそうなんだが、今は一分一秒が惜しい状況だ。
感情を全て押し殺して、何も考えないようにするしかねぇ。
「……悪いが私達に出来るのはここまでだ。急いでいるのでこの後の事は自分達で考えてくれ」
少し冷酷だと捉えられる霧姉の言い草だけど、多分俺と同じで感情をコントロールしているのだと思う。
急いで準備しねぇと俺達の命も危ない状況だからな。
「た、助けて頂いて……ありがとうございます」
女子部員の傍に歩み寄った部長さんが深々と頭を下げた。
参田高校で生き残っているのはこの二人だけみたいで、境内には肩口を噛み千切られている亡骸と損傷の激しい亡骸が、それぞれミストアーマーを着用した状態で転がっていた。
そしてインフェルノウルフ三体の亡骸以外にも、ナチュラルゾンビの亡骸も数体転がっているのだが……全て田井中ゾンビだ。
もしかして今日用意されているナチュラルゾンビ達は、全て田井中ゾンビなのか?
今日の試合で倒したゾンビ達の事を聞く為、部長さんに歩み寄ろうとしたら、篠が何故か俺のTシャツの裾をツンツンと引っ張って待ったを掛けた。
何事かと思ったのだが、部長さんと女子部員にセイバーを向けているので、噛まれているかどうか確認した方が良いという事なのだろう。
……そうか。大丈夫そうに見えても、実は噛まれているかもしれねぇんだよな。
戦っている状況をずっと見ていたわけじゃねぇんだし、こうやって不用意に近付くのは危険だったな。
生き残った二人から黒い靄は確認出来ないので、その必要はねぇよと首を横に振ると、理解してくれたみたいでセイバーを下ろしてくれた。
「……あの、助けて頂いたお礼をしたいと思うのですが――」
「その必要はない。私達はこの場所に用事があって来たのだ。邪魔なゾンビ達を排除した、ただそれだけだ。礼など要らん」
「そう……ですか。ジャイアントノーズ達の争いも収まったみたいですし、樫野高校さんが何かなされるのでしたら我々がここに居ても邪魔になるだけですね……」
部長さんは泣き止まない女子部員の肩を抱いて、亡骸から引き離すようにして立たせた。
「二人ではこれ以上何も出来そうにありませんので、漁業センターに戻って残りの時間をやり過ごそうと思います」
「そうか。気を付けてな」
「商売上手さん達も。……では」
部長さんは小さく頭を下げてから、女子部員の肩を抱えたまま神社を去って行った。
「……さて、時間がないぞ。泉、狙撃の準備は出来てるか?」
「勿論よ!」
泉さんはインフェルノウルフ達の殲滅が終わった後、すぐに狙撃銃の改造に取り掛かっていた。
給水も済ませてあるので準備は万端だ。
境内の一番北側、住宅密集地が見渡せる場所へとみんなで駆け寄ると、目を疑うような光景が視界に飛び込んで来た。
資料館の民家やお寺がある密集地の中心部は勿論の事、俺達が居る神社から数十メートルしか離れていない郵便局の辺りまで、民家が広範囲にわたってペシャンコに潰されていて瓦礫の山と化している。
至る所でブスブスと煙が立ち込めていて、まるで戦争映画で映し出される爆撃された街並みみたいだ。
今までのゾンビ達とは破壊力の桁が違うぞ!
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