第115話 迎撃


 「よし、じゃあ私と彩芽で急いでウォーターウェポンを回収して来る」

 「霧ちゃんも彩ちゃんも、気を付けてね!」


 ここから先にはゾンビが居ないので、当初の予定通り二人で民宿まで回収に行ってもらう。

 設置場所だけはしっかりと伝えてあるので問題ないだろう。

 その間俺は民家でタンクに給水、泉さんは回収したアサルトライフルの改造、そして篠には俺達の護衛を任せている。


 「給水はOKだ。泉さんはどうだ?」

 「アタシももうすぐ……よっと。よし、これで完成。……ねぇ雄磨、他のゾンビ達はどうなっているの?」

 「それがよ、島の北側に居たゾンビ達が音に反応して住宅密集地に集まって来たみたいなんだけど、殆どがジャイアントノーズ達の戦いに巻き込まれたみたいなんだよ」


 数十体のゾンビの反応が消えてしまっていて、生き残っている少し強そうなゾンビ達も、散り散りになって逃げ惑っている最中だ。


 凶悪な靄を放っていたゾンビが他にも二体居たはずなのだが、いつの間にかコイツ等の反応も消えている。

 ジャイアントノーズ達に巻き込まれたとしても、えらくアッサリとやられてしまったんだな……。


 「……まぁ詳しくは分からねぇけど、少し強そうなゾンビも生き残っているみたいだから気を付けねぇと――って、ちょっと待った。言っているそばからこっち方面に向かって来そうなゾンビが居るぞ」


 俺達を目指しているというよりも、逃げていて偶然こちらにやって来たという感じだ。


 「このままだと何も知らずに戻って来る霧姉達と、鉢合わせになるかもしれねぇぞ」

 「マズいわね、外に出ましょう!」


 篠と三人で慌てて民家の外に出て南側の様子を窺ってみると、霧姉達が走ってこちらに向かって来ている最中だった。

 向こうも俺達に気付いたみたいで、瑠城さんは頭上で狙撃銃を掲げて無事に回収出来た事をアピールしている。……転んだりしないでくれよ?


 「こっちに来そうなゾンビ達は移動速度が速い。この反応には見覚えがあるんだけど、……もしかしたらインフェルノウルフかもしれねぇ」

 「遭遇しそうなのは一体だけ?」

 「いや、固まって移動しているわけじゃねぇんだけど、こっち方面に向かって来ているのは全部で四体だ」

 「ここで迎え撃ちましょう。二刀乱舞さんは先頭に立って、この道を駆けて来るゾンビの始末を任せていい? この場所を死守するわよ!」

 「はい、勿論です。インフェルノウルフ……ですか。私では屋根の上のゾンビとかは倒せないから、粟生先輩は民家の上を移動して来るゾンビを中心に攻撃して貰ってもいいですか?」

 「了解、任せてよ」


 そうか。道なりに向かって来るとは限らねぇのか。

 屋根伝いに移動されてゾンビ達の進行を食い止められなかったら、背後からこっちに向かって来ている霧姉達が危ない。


 「来ました!」


 遠くに見える格納庫街の手前、神社近辺の民家の脇から、大きな紫色の毛玉が道路上に転り出て来た。

 俺の予想通りインフェルノウルフだったのだが、まるで室内犬がフローリングの床で滑っているみたいな慌てようだ。

 余程怖い目に遭ったのだろうか。


 こちらに向かって駆け始め、俺達との距離が四十メートルくらいの所まで接近して来た。

 別の事でも考えていたのだろうか、そこで漸く俺達の存在に気付き体をビクンと震わせてから慌てて動きを止め、俺達の動きをじっと観察している。


 ……向かって来ねぇぞ? ビビッてんのかな?


 そして俺達を睨んだままじりじりと後退し始めた。


 「アイツ逃げるみたいだぞ? 仕留められる時に仕留めておこう。泉さん、ここからでも狙えるか?」

 「フフン、余裕だよ。……主よ、私の罪をお許しください……ブツブツ」  


 泉さんは立膝の態勢でアサルトライフルを構え直し、ブツブツとお祈りを唱え始めた。


 タタタン!


 泉さんの射撃と同時に、インフェルノウルフの体が数メートル後方へと吹き飛ばされた。

 瑠城さんがインフェルノウルフを狙撃した時には、イヌっぽくて痛々しい声を聞かされて少し心を痛めてしまったけど、今回は声も出せずにぶっ飛ばされていた。

 

 「一丁上がり! きちんとヘッドショットも決まったはずだよ」


 よくこの距離でそんな事が分かるなぁ……。


 「……ねぇ水亀君、次のゾンビは何処に居るの?」

 「次? すぐ後ろに――って、ちょっと待った、方向転換して違う場所に向かったみたいだ」


 一体目に続く感じでこちらに向かって来ていたはずなのに、いつの間にかバラバラに行動していた三体が一か所に集まりつつある。


 「……神社だ。残り三体のインフェルノウルフ達が神社に集まり始めている。しかも一体は既に神社で暴れ回っているみたいだぞ」

 「ちょっと待って雄磨、神社って確か参田高校のみんなが向かったはずよね? インフェルノウルフ達が暴れているって事は――」


 戦っている相手は参田高校か。


 残りのインフェルノウルフ達は、逃げ惑っている間に参田高校のみんなを神社で発見したのか、或いはニオイか何かで察知して集まったのだろう。

 接近戦でインフェルノウルフ三体を同時に相手にするのは非常に厳しいだろうな。


 「助けに行きましょう! ここから近い場所なんですよね?」

 「待ってくれ二刀乱舞さん、そっちじゃねぇから! むやみに動き回らないでくれ! ったく、そんな狭い場所に入ってどこに行くつもりなんだよ。……とにかく霧姉達が戻って来てから相談しよう」


 篠を民家の隙間から連れ戻していると、息を切らした霧姉達が戻って来た。


 「はぁ、はぁ……お、お待たせしました! 無事にヘカートⅡを回収して来ましたよ!」

 「はぁ、はぁ……あーしんど。それで何だ? 何か起こったのか?」

 「いや、それがよ――」


 一体のインフェルノウルフが向かって来たので始末した事や、神社で参田高校のみんなが戦闘中だという事を簡単に説明した。


 「……よし、すぐに助けに行こう」

 「そうですね。もともと私達もこの後神社に向かう予定でしたし。急ぎましょう!」


 奥津島神社の展望台から見渡せば、ジャイアントノーズ達の状況が確認出来そうだからと、この後向かう予定になっていたのだ。

 これだけドカンドカンとジャイアントノーズ達が派手に暴れていれば、住宅密集地は壊滅状態だろう。

 もし展望台から狙えそうだったら、少し距離はあるけど狙撃すると泉さんは言っていた。



 「彩ちゃん、交換しよう! 交換!」


 改造したアサルトライフルは瑠城さんに渡されて、代わりに回収して来た狙撃銃を受け取ると、泉さんは立ったままで狙撃銃をゴソゴソと弄り始めた。


 神社までは走って一、二分程度なのだが――


 「ちょ、泉さん! 前見て走らねぇと流石に危ねぇって!」

 「んー、危なくなったら教えてー」


 駄目だこりゃ。以前も聞いた事のあるお決まりのセリフだ。

 こうなった泉さんには何を言っても無駄だ。

 しかしよくもまぁ、狙撃銃を弄りながら走れるもんだな。


 「……危なっかしくて見ていられん」


 結局霧姉が泉さんを背負って走る羽目になった。


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