第114話 養殖


 「よし行くぞ、出発だ!」


 霧姉の掛け声で俺達は漁業センターを発った。

 泉さんのやる気に応える為に、ヘカートⅡとかいうデカいライフル銃を回収しに行く事になったのだが、目的地は非常に遠い。

 沖ノノ島の最南端に位置する民宿の外で、ここは滋賀県大会の決勝戦でナーガ改バベルタイプが現れた場所の近くでもある。

 全力で駆けても片道五分弱ほど掛かってしまう距離なのだが、果たしてジャイアントノーズの捕食の時に間に合うのだろうか。

 泉さんのお気に入りのウォーターウェポンを、こんな遠くに設置して来る運営から悪意を感じずにはいられない。



 未だ雌雄は決していない様子で、ジャイアントノーズ達の暴れている音が、住宅密集地方向から響いて来る。


 「……なぁ瑠城さん、一つ疑問に思ったんだけど、ゾンビ同士が戦って決着はつくのか? 水で攻撃しないと傷口が回復するんだろ?」

 「そうですね。これがナチュラルゾンビ同士であれば変異したりするのですが、ジャイアントノーズとビヒーモスの二体が戦っても、普通の攻撃では傷口が回復してしまいダメージは与えられません。ただし頭への攻撃は回復出来ませんので、どうしてもビヒーモスの方が劣勢になってしまうのですよ」

 「なるほど、ジャイアントノーズにはその頭が無いもんな」


 それにジャイアントノーズの皮膚は硬いとか言っていたし。

 ビヒーモスはサイに似たバケモノだって言っていたけど、イメージ的に頭から突進しそうだよな……。

 弱点丸出しだから、そんなに長い時間持たねぇのか。


 そんな説明を聞いていると、あっという間に格納庫街を抜ける所まで来た。


 「二刀乱舞さん、そこを左だからな」


 この先でゾンビの群れと接触しないと島の南へと向かえないので、篠に先頭を任せているのだが――


 「う、うん。……こ、ここを左? が、学校に行くの?」


 篠は方向音痴なので、こうやって背後から道案内をしなければ、全然明後日の方向へと駆け出してしまうのだ。

 因みにここの角を曲がれば、後はひたすら真っ直ぐ道なりに進むだけだ。

 ……学校なんて全然反対方向だぞ? どうやったらそんなにも間違えられるんだ?


 湖岸沿いの一本道は左手側が琵琶湖、そして右手側には数軒の民家が建ち並んでいて、この先でいよいよ本日初のゾンビ達と接触する。

 本来であれば民家でタンクに給水して、泉さんにウォーターウェポンを調整して貰って――と準備したかったのだが、今回は時間がない。

 アサルトライフルにも給水出来ないし、群れているゾンビ達も強そうではないので、今回は篠の個の力で強引に突破しようと決まったのだ。


 「ゥガ? ゥガァァー―!」

 「「「「ゥガァーー!」」」」


 湖岸沿いで佇んでいたゾンビが俺達の存在に気付き、大きく口を開けて雄叫びを上げると、脇の民家の中からワラワラとナチュラルゾンビ達が飛び出して来た。

 凡そ五十メートル先から、十五体程が一斉にこちらに向かって来る。


 「お、多いけど本当に大丈夫かよ?」

 「大丈夫です。皆さん、水亀君の護衛だけお願いします。……では、行ってき――あ、あれ?」


 何か気に掛かる事があったのか、二本のセイバーにスイッチを入れて、突撃しようとした篠の動きがピタリと止まった。

 

 「どうかしたのか?」

 「あのー、なんだか向かって来るゾンビ達の顔が、全部同じに見えるんですけど?」

 「は? か、顔? 全部気持ち悪いじゃ……ほ、本当だ。俺にも同じに見えるぞ」 


 着ている服――いや、運営に用意されたゾンビだから衣装と言った方が良いのか。

 その衣装はそれぞれ違うのだが皆同じ顔をしている。

 髪型も皆同じで、下品な金髪が整髪料でリーゼントっぽく固められている。


 そして……この顔には見覚えがあるぞ。


 「……フン、見覚えのあるムシャクシャする顔だな」

 「ですね。こんな形で再開するとは思いませんでしたね」 

 「ったく、人に迷惑を掛けるのが上手な奴よね」


 霧姉達も気付いているみたいだな。


 コイツは八幡西高校の田井中龍一だ。

 親父の権力でワクチンを与えて貰えるようにと策を練ったのに、まさか自分達の手で殲滅する事になるとは。

 こんな事ならあの時、止めを刺してやったら良かったな。


 「……何でこんなにいっぱい居るんだ? それに奴は片腕を失っていた筈だし、最後にみんなで撃ち抜いた両足もすっかり治っているみたいだぞ?」

 「施設で炎を浴びせられて養殖されたのでしょう。傷口なら水以外で攻撃していればそのうち回復しますよ。万全の状態に回復したゾンビだけ出荷されただけの事ですよ」


 瑠城さんの口調はちょっと辛辣だ。


 「ゾンビハンターの風上に置けない人ですからね……ちょっと私も攻撃に参加させて頂きますね」


 瑠城さんはセイバーのスイッチを入れると、篠を追い越してゾンビ達に向かって行ってしまった。


 「雄ちゃん、他の危険が迫って来ないかだけ注意しといてくれよ! コラー彩芽! 一人だけズルいぞ!」 

 「二人とも抜け駆けだよ! アタシも行く!」

 「出遅れました」

 「ま、待ってくれよー!」


 瑠城さんの後に続いて霧姉と泉さんが、そしてそれを追うようにして篠が、俺を置き去りにして田井中の群れへと駆け出した。


 お、おい! 誰も俺を護衛してくれねぇのかよー!


 「ウフフ、その節はお世話になりました。しっかりと楽しませて下さいねー。せりゃー!」

 「ゥガァ……」


 真っ先に切り込んだ瑠城さんは、いつも通り何か田井中ゾンビに話し掛けながら、一太刀で確実に頭を吹き飛ばしている。

 ホント瑠城さんってオールマイティーだよな。変な人だけど。


 「ぅをりゃー!」

 「くらえー!」


 霧姉は力任せに攻撃しているけど、泉さんはしっかりとゾンビ達の動きを見ながら攻撃している。

 性格が現れているなー。


 「よし次だ、ぅをりゃー! って、あ、ありゃ?」


 霧姉はセイバーを振りかぶったまま辺りをキョロキョロとしている。

 それもそのはず、今まで周囲を取り囲んでいた田井中ゾンビ達の首が勝手にもげて、ボトボトと地面に転がり始めたのだ。 


 「……終わりました」


 田井中ゾンビ達の体がバタバタと倒れて行くと、その先では二本のセイバーを逆手に構えた篠が立っていた。


 恐らく篠が全てったのだろう。

 霧姉達の体を飛び越えて群れの中に突っ込み、二、三度クルクルと宙を舞っていたのはここからでも見えていたけど……太刀筋なんかは全く見えなかった。

 瑠城さんの剣捌きもお見事だけど、篠の動きはまさに別格だな。


 ……くそ、やっぱり篠はカッコイイな。

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