第112話 恥を忍んで

 

 「……申し訳ありませんが、我々は別行動を取らせて下さい。やはりジャイアントノーズに立ち向かうというのはちょっと――」

 「そうですか……」


 参田高校のみんなは一緒に来てくれないらしい。

 ウォーターウェポンの回収を手伝ってくれると俺達としても助かったんだけど、試合なんだし強要は出来ねぇよな。


 「ちなみに参田高校のみなさんは、この後何処に向かうつもりですか?」

 「このまま奥津島神社へと向かおうと思っていますけど、装備を整えてからですね」


 ……神社、か。ゾンビも数体居るんだけど、実はお宝も用意されているみたいなんだよな。

 試合なんだしお宝の設置場所を教える必要はないと思うけど、ゾンビの警告はしてあげた方が良いだろう。

 確かこの辺りにウォーターウェポンも設置されていたはずだ。


 「そうですか……。神社周辺にはゾンビ達も多いですから、気を付けて下さい。あと、この道を真っ直ぐ進んだ先の畑の中にウォーターウェポンが設置してあるみたいなんで、回収してから行った方がいいですよ」

 「え? ……あ、ありがとうございます。では我々はこれで――」


 部長さんは小さく頭を下げてから、部員達と共に住宅街へと向かって行った。


 「雄ちゃん、私達も急ごう!」

 「そうだな」


 こうして話し合っている間も、百メートル程離れた住宅密集地辺りから、ゾンビ達が暴れ回っている音が響いて来ている。

 どうやらジュディーさん達の作戦は上手くいったみたいで、二つの凶悪な靄がぶつかり合っている。

 土煙も激しく舞っているし……こんなのに巻き込まれたら命が幾つあっても足りねぇよ。

 とっととこの場を離れよう。



 霧姉と泉さんとは一旦漁港で別れた。

 いつもの道具箱を回収しに行っても二、三分で戻って来られるので、今の状況なら霧姉達にも危険は及ばないだろう。

 道具箱が置いてある民家周辺は壊滅状態だ。

 ジャイアントノーズが通過した場所は、民家は倒壊して瓦礫の山となり、地面は足の形にべコリと凹んでいて、それが島の北側に抜ける住宅密集地方面へと一直線に続いている。


 「雄磨君、気を付けて下さいよ!」

 「ああ、大丈夫! すぐに回収するよ」


 道具箱は庭に設置された倉庫の中にあるので問題なかったのだが、民家の一部が倒壊寸前で残っていて危なかったので、瑠城さんと篠には敷地の外で待って貰っている。

 道具箱……確か神の手ゴッドハンドBOX、だったかな。

 今回はあっさりと回収に成功した。


 「二人共お待たせ――ぅわゎ! な、何だよ!」


 建物の角から顔を出した途端、瑠城さんからは額に、そして篠からは喉元にセイバーを突き付けられた。


 「噛まれていませんか?」

 「噛まれてねぇよ! 脅かさねぇでくれよ、ったく。……いや、ホントに噛まれてねぇって。セイバーでツンツンしないでくれ」

 「大丈夫そうです」

 「そうみたいですね。でも雄磨君、次からはキチンとセイバーを手に当てながら近寄って来て下さい」


 徹底しているというか、細かいというか……。

 ゾンビが近くに居ない事を確認してから回収に来ているんだから、大丈夫なんだけどなぁ……。

 まぁそれだけ二人は試合に集中しているって事か。


 「分かったよ。……ちょっと待った、誰か来るぞ?」


 ジャイアントノーズ達がドカンドカンと暴れている方向から、倒壊した建物の瓦礫を飛び越えながら近寄って来るのは……ドリームチームの五人なのだが、ジュディーさんが巨体のディソウザさんを背負っている。

 

 「ユ、ユウマー!」

 「ジュディーさん、大丈夫だったのか?」

 「ゾンビにはかまれなかったのデスが、たてもののしたじきになりそうだった、クライナビーナさんをたすけようとシテ、コンゴウさんが怪我をしてしまいまシタ」

 「カ、カスリキズダ……」


 ディソウザさんの左足の膝から下は、変な方向に曲がってしまっている。


 嘘吐け! と、ツッコミたいところではあるが、スキンヘッドや額から大量の脂汗が滲み出ている。

 精一杯痩せ我慢しているみたいなので、ここは触れずにそっとしておこう。


 「しょうばいじょうずサンと、ゴッドハンドさんのすがたが、みあたりまセンが……もしかシテ――」

 「違うよ、俺達もまだ誰も噛まれてねぇよ。霧姉達は今、あっちで漁船の解体をしているはずだよ」


 俺が指差す遥か彼方では、港に浮かぶ漁船の隙間から、霧姉と泉さんの姿が見え隠れしている。


 「ドリームチームのみんなは、ジャイアントノーズに攻撃する為に今からウォーターウェポンの回収に向かうんだろ?」

 「え? ど、どうしてそのことを……」

 「瑠城さんが教えてくれたんだよ」

 「ウフフ、知恵を絞って考えてみました。ドリームチームさんの作戦は、ジャイアントノーズともう一体の強力なゾンビを同士討ちさせて、恐らく勝ち残るであろうジャイアントノーズの捕食中を攻撃するのでは……と」

 「ゾンビマスターさん、さすがデスね。そのとおりデス! ビヒーモスがねむっていまシタので、ぶつけてきまシタ!」

 「まぁ! ビヒーモスですか! なるほど、それでこの激しい戦闘音が響いているのですね?」


 ビヒーモス? 名前だけは瑠城さんから聞かされた覚えがあるぞ?


 「ビヒーモスはクロサイに似た巨大なバケモノですよ。一応SSSランクですが、ビヒーモスではジャイアントノーズと戦っても勝てないでしょうね」

 「そう、そこなのデス。ビヒーモスではあまりながいじかん、もちそうにありまセン。そこでユウマにおねがいがあるのですが――」

 「ま、待ってくれデュアルパイソン。そこから先は俺の口から言わせてくれ!」


 ジュディーさんの話を体で遮って、シュネルスキーさんが前に出て来た。

 お、お願いって何だよ? もしかして俺にジャイアントノーズに突撃しろなんて言わねぇよな?


 「俺の反応が遅れた為に、こんな怪我を負う羽目になった金剛の敵を討ちたいんだ。対戦相手であるアイランドルーラーにこんな事を頼むのは、ゾンビハンターとして失格だと思うが……頼む! 狙撃銃タイプのウォーターウェポンの在り処を教えてくれ! この通りだ!」


 シュネルスキーさんは腰を折って深く頭を下げている。


 「僕からもお願いします!」


 怪我をしたディソウザさんの代わりにタンクを背負っている楊さんも、シュネルスキーさんの隣で同じように頭を下げ始めた。


 「今からクライナビーナのウォーターウェポンを探していたら、ジャイアントノーズに攻撃出来るチャンスを逃してしまいます」


 ビヒーモスってゾンビでは、そんなに時間稼ぎが出来ないのか。

 今からデータと照らし合わせて狙撃銃を探していたら、ジャイアントノーズが捕食する瞬間に間に合わない、と。

 俺としてはウォーターウェポンの設置場所を教えるのは全然構わねぇんだけど、霧姉がこの場に居ないのに、こんな大事なことを勝手に決めてしまってもいいのだろうか……?


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