第111話 押し寄せる危機


 全員で漁業センターへと駆け込み、大急ぎで屋台からセイバーを回収する。


 「ユウマ、きをつけてくだサイ! しんではだめデスよ!」

 「ジュディーさんもな! みんなも死ぬなよ!」


 エマさんも含めたドリームチームのメンバー達が、揃って親指を突き立ててくれた。


 「雄ちゃん急げ! 逃げるぞ!」

 「ちょ、待ってくれ!」


 霧姉達に続いて、漁業センター裏側の格納庫が建ち並ぶ一角へと向かって駆け出す。

 しかし俺の後ろから駆けて来るのは参田高校の部員達だけで、ドリームチームのメンバー達は一緒に来なかった。

 突進して来るジャイアントノーズから逃れる為には、こっち側に逃げた方が良いと思うんだが……?


 そして漁業センターの前で一瞬だけ振り返り、ジャイアントノーズの姿を確認したのだが、地面と接していた筈の鼻の穴から人の素足が生えていた。

 踝の少し上までしかない短い両足を揃えてジャンプしていて、ドカンドカンと建ち並ぶ民家を破壊しながらこちらに向かって来ていた。


 ……き、気味が悪い。何だよアレは。

 しかも肌色だったり人間の鼻や足なんかを見ると、他の突然変異のゾンビ達よりも、人為的な奇形なのかと強く意識してしまう。

 ゾンビハンター社が人間として破ってしまっている禁忌が頭に過ってしまって、鳥肌が治まらねぇ……。


 「しっかりしろ雄ちゃん! 呆けている場合ではないぞ! 私達はこのまま突き進んで良いのか?」

 「い、いや待て! みんな止まってくれ! ストップだ!」


 漁業センターの角から進んですぐの場所、小さなゲートボール場の前でみんなを止めた。


 「おい、何だよ雄ちゃん! こんな場所で止まっていたら、すぐにジャイアントノーズが来ちゃうじゃないか!」

 「そこにウォーターウェポンがあるんだよ。回収しておいた方がいいだろ?」


 道路脇に設置されているのは、百葉箱の形に似ている朽ちた木箱。

 胸の高さ程の木箱には蓋はなく、中にはゲートボールで使用される球と一緒にアサルトライフルも仕舞ってあった。

 霧姉と話しながら急ぎでウォーターウェポンを回収したのだが……何故か参田高校の部員達も一緒に足を止めている。


 俺達を追い越して逃げて行かねぇって事は、俺達と行動を共にするつもりなのか?

 ……まぁ今はそんな事を気にしている場合じゃねぇし、別に何でもいいんだけどよ。


 迫って来るジャイアントノーズの方が圧倒的に速いので、このままではすぐに追いつかれてしまう。

 民家が倒壊する音や地響きも、すぐ間近まで迫って来ている。

 迎え撃つ以外に方法はなさそうなんだけど、タンクに給水すらしていないこの状況で、あんなバケモノと戦える……のか?


 ……くそ、最悪の場合、この場で一番戦えねぇ俺が囮になって、みんなを逃がすしかねぇか。


 このままでは逃げ切れそうにない事は霧姉達も感じ取っているみたいで、誰からともなくセイバーのスイッチを入れ始めた。


 みんな腹を括れ! と檄を飛ばそうとしたのだが……おかしい。

 ドスンドスンというジャイアントノーズの暴れている音は、何故か島の北側へと繋がる住宅密集地方向へと直進していて、俺達が居る漁業センター裏手側には向かって来なかった。


 「……多分ジュディー達が囮役を買って出てくれたのだろう。一緒に逃げて来なかったからな」


 そんな……。装備が整ってねぇのはジュディーさん達も同じはず。


 「マズイじゃねぇか! 助けに行かねぇと!」

 「少し落ち着いて下さい雄磨君」

 「いや、落ち着いている場合じゃねぇんだって!」


 もしジュディーさん達が住宅密集地に向かったというなら更に状況は悪い。

 あそこにはもう一体、別の凶悪なゾンビが待ち構えているからだ。


 「……ひょっとするとドリームチームには作戦があるのかもしれません。……そう言えば、ドリームチームにはエマさんが――ジャイアントノーズは――ブツブツ……」


 瑠城さんが顎に拳を当てて、ブツブツと独り言を呟き始めた。


 「……雄磨君、もしかして別の強そうなゾンビが近くに居ませんか?」

 「居るよ、居るからマズイんだって! 落ち着いている場合じゃねぇよ!」

 「ウフフ、やっぱりそうですか。流石デュアルパイソンさん、なかなか思い切った作戦に出ましたね」


 瑠城さんは一人で納得した表情をしている。

 ……おい、何がどう流石なのか、説明して欲しいんだけど?


 「わ、分かりました雄磨君、きちんと説明しますから! 怖いから睨まないで下さいよ」

 「彩芽! 私にも教えてくれよー」

 「アタシは何となく分かっちゃったかな。……ジャイアントノーズは悪食だって事でしょ?」

 「ウフフ、泉さん正解です。つまりですね、ジャイアントノーズには目がありませんので、時には別の種類のゾンビを攻撃してしまう事もあるのですよ。そして攻撃して倒した相手は、人間だろうがゾンビだろうが何でも元気良く食べちゃいます。ドリームチームには狩人シャサールさんが居ますので、彼女がその強力なゾンビが居る方角を確認したのでしょう。ドリームチームはジャイアントノーズをそのゾンビにぶつけて、同士討ちを狙うつもりなのだと思います」


 な、なるほど。って、そんな情報初めて聞いたんだけど?

 ……まぁ事前に説明されていたとしても、覚えてねぇと思うけどよ。


 「同士討ちをさせている間に、自分達は一度姿を眩ませてから急いで装備を整えるはずです。そしてジャイアントノーズがそのゾンビを倒した後、捕食する瞬間を狙って攻撃を仕掛ける作戦なのだと思いますよ」

 「おおー! 流石ジュディーだな! よし、それなら今私達が行っても邪魔するだけだ。それよりも急いでウォーターウェポンを回収して、その攻撃の瞬間とやらを手伝いに行こうじゃないか!」

 「だね! じゃあ早速漁港に戻って、アタシと霧ちゃんで漁船の船外機を回収しよう! 雄磨達には道具箱の回収を任せてもいい?」

 「ああ。今日は二刀乱舞さんも居るから心強いし、チャチャッと行って取って来るよ。それはいいんだけどよ――」


 ずっと傍で待機しているけど、参田高校のみんなはどうするつもりなんだろうか?

 ちょっと聞いてみるか。


 「あの、参田高校さん達はどうするんですか? 攻撃に参加するなら、一緒にウォーターウェポンの回収へ向かいますか?」

 「……ちょ、ちょっとこちらで相談させて貰ってもいいですか?」

 「いいですけど……急いで下さいよ?」


 部長さん達は小さな円陣を組んで話し合い始めた。

 スタジアムで優勝宣言していた部長さんは自信に満ち溢れていたけど、その姿も今ではすっかりと影を潜めていてしまっている。

 まぁ船を飛び降りた瞬間から、SSSランクのジャイアントノーズに追いかけられたら、普通はこうなるよな。

 ウチの部は変人ばっかりだから、SSSランクのゾンビ相手に助けに行くとか言っちゃうわけで……。


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