第110話 イメージと違った


 「グハハー! どうだ見たか雄ちゃん、観客達のあの盛り上がり方を!」

 「見たって。見たから少し落ち着けって……」


 沖ノノ島へと向かっている船の上で、興奮冷めやらぬ様子の霧姉が一人で騒いでいる。

 参田高校の部員達、ドリームチームのメンバー達とそれぞれ三ヵ所に別れて最終ミーティングを行っているのだが、スタジアムでのおチャラけた雰囲気を引きずっているのは俺達だけだ。

 もっと気を引き締めねぇと駄目だな。


 「ったく。どんなにポーチが売れようが、俺達が生き残らなけりゃ意味ねぇんだぞ!」


 気合を入れ直せ、と前方に見える決戦の地を指差す。

 この距離からでも感じられるくらいに、嫌な気配を放っている。 

 ドリームチームのエマさんも俺が感じている嫌な気配を感じ取っているのか、じっと静かに沖ノノ島を眺めている。


 「雄磨君、沖ノノ島の様子はどんな感じですか?」

 「……ハッキリ言ってまずい。とんでもねぇゾンビが数体いるぞ」


 ゾンビ達の様子を探ってみれば、どす黒い靄があっちにもこっちにも……。

 危険度は予選の時の比じゃねぇ。

 どうやらゾンビハンター社の峠岡常務は、決勝を戦う三チームを生きて戻らせる気がないらしい。

 しかもそれだけじゃなくて、……上手く言えねぇけど、何だか今回は物凄く嫌な予感がする。



 いよいよ島が近付いて来たので、ウォーターウェポンの位置やお宝の位置を探り始める。

 ただし今回は厳しい戦いになりそうだし、お宝を回収している暇があるのかどうかは微妙なところだ。

 

 帰還船が更に進むと、島内の様子が肉眼でも窺えるようになって来た。


 ……一体何なのかは不明だが、初めて見る巨大で異質な物体が学校前のグラウンド中央に鎮座している。

 木造校舎の屋根くらいの高さがある肌色の塊で、コイツから禍々しい靄が放たれているのだが……こんなのがゾンビなのか?

 ここまで出会ったクリーチャータイプのゾンビ達は、ヘビやデカい猿みたいな奴、それに犬やトカゲといった感じで何か生き物の形をしていた。

 それがこの肌色の塊は……何と言うか、形の崩れた円錐型だ。

 底辺に当たる部分がモコっと膨らんでいて、ここから見る限りでは生き物の形には見えねぇ。


 ……な、なんだよアイツは。今までのゾンビ達とは気持ち悪さの種類が違うぞ!

  

 「「「ジャ、ジャイアントノーズだ!」」」


 霧姉、そして瑠城さんと泉さん達三人の声がピタリと一致した。

 そしてドリームチームや参田高校の部員達も肌色の塊を眺めながら、霧姉達と同じように口々に叫んでいる。

 確かジャイアントノーズってのは、ジュディーさんに瀕死の重傷を負わせたSSSランクのゾンビだったはず。


 「……なぁ瑠城さん、あの肌色の塊がジャイアントノーズなのか?」

 「そうですよ! 容姿が名前通りの巨大な鼻じゃないですか!」


 ……ジャイアントノーズってそういう意味だったのか?

 俺はその名前から、てっきり象みたいなゾンビだと思っていたぞ。

 って事はあの肌色の塊は、人の鼻の形をしているのか。

 鼻の穴にあたる部分がグラウンドに面しているのだが、コイツは一体どうやって移動するんだ?

 しかもゾンビ達の弱点である頭も見当たらねぇんだけど、……何処を狙えばいいんだ?


 「ジャイアントノーズは圧倒的な破壊力も脅威ですが、更に厄介なのはその防御面です。戦闘時では弱点の脳を直接攻撃出来ないのですよ」

 「確かに全身が鼻みたいだし、頭なんて何処にも無さそうだけどよ。……でも戦闘時ではって事は、別の時なら弱点を攻撃出来るって事か?」

 「はい。ジャイアントノーズは捕食する際に、鼻先部分が口を大きく開くようにパックリと割れるのです。その時に口の中を狙撃すれば、体内に埋まっている脳を直接攻撃出来ますので、口を開いている時がチャンスなのです。しかしああ見えてジャイアントノーズはとても知能が高く、戦闘中に口を開いて捕食するなんて事は殆どありません」


 ……つまり誰かが犠牲になって、戦闘が終わった後って事か。


 「外側の皮膚は硬く、浄化させるのも難しいです。しかも発達した嗅覚で遠くからでも参加者の位置を嗅ぎ分けて向かって来ますし、隠れてやり過ごす事も出来ません。一番厄介なゾンビだと言っても過言ではありませんよ」

 「そんな奴を相手にしなきゃならねぇのか。……しかもあのジャイアントノーズって奴以外にも、強力なゾンビが居るみたいだぞ?」


 確認出来るのは三体程で、ジャイアントノーズと同じくらいに威圧的な靄を放っている。

 それにさっきから嫌な気配が全身にまとわりつくように感じられて拭い払えねぇ。

 運営側が今以上に何か仕掛けて来るのだろうか。

 沖ノノ島の状況は常に注意深く探り続ける必要がありそうだな。


 「……そうですか。あのジャイアントノーズ以外にも、強力なゾンビが用意されているのですね。今日はより一層慎重に行動しなければ、簡単に全滅してしまいそうですね」

 「怖い事言わないでくれよ。……それでどうする? 作戦は変更なしか?」


 今回も真っ先にミニガンを作成しようと前日のミーティングで決まっていたのだ。

 ちなみに体調が万全なら、予選の時よりももっと短時間で作成可能だと泉さんは言っていた。


 「恐らくですが、先程帰還船で通り過ぎた距離でも、私達の存在はジャイアントノーズに気付かれていると思われます。泉さんがミニガンを作成している時間があるかどうか――」


 帰還船が沖ノノ島漁港の湾内に差し掛かろうとした時、学校方面から建物が倒壊する大きな音が響いて来た。

 破壊音はその後も断続的に響いて来て、こちらに近付いて来ているように聞こえる。


 嫌な予感しかしねぇ。


 船上のみんなも学校方面の湖岸沿いに視線を向けている。

 多分俺と同じ事を考えているのだろう。


 そしていよいよ帰還船が桟橋に寄り始めた時、視線の遥か先から肌色の塊が破壊音と共に姿を現したかと思うと、俺達が居る漁港へと一直線に向かって来た。

 

 「やっぱりジャイアントノーズだ! このまま漁港まで突っ込んで来るぞ!」

 「どど、どうすんだよ、霧姉! ミニガンなんて作ってる時間ねぇぞ!」

 「とりあえず逃げるぞ! 遅れるなよ!」


 船がきちんと止まるのを待たずして、そこに居た全員が桟橋へと飛び移った。

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