第106話 気遣いと優しさと……?
「青龍高校の部長、
「なんだよ、後はスタジアムに戻るだけだし何も問題ねぇだろ?」
このまま黙って船に乗ってりゃスタジアムまで届けてくれると思うのだが、霧姉の表情は至って真剣だ。
そして部長さんの名前は氷見山さんと言うのか。
霧姉は端末を何度も確認していたし、名前を知っているのなら俺達にも教えてくれればいいのによ……。
「そのスタジアムが問題なのだ。私達はこれから栄誉を讃えるられるのだが――」
霧姉がじっと見つめるその先では、篠と泉さんが座り込んでいる。
そ、そうか――
「体調の悪い泉や鏡ちゃんも水を浴びてしまうぞ」
「マズイじゃねぇか!」
これ以上具合が悪くなって入院なんて事になったら、次の試合にも影響しかねない。
なんとかして二人を守る方法を考えねぇと!
「雄ちゃん、囮になれ。船首で俺を狙って下さいと大声で叫ぶのだ! 何なら全裸になって気を引くのだ! 私達は船尾で鏡ちゃんと泉の盾になっておくからさ」
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ。それでも全員が俺を狙うとは限らねぇだろ」
特にこの試合では霧姉や瑠城さんも活躍している。
俺よりも二人が狙われる可能性の方が高いだろう。
「……霧奈さん、流石にそれは厳しいでしょう。多少は濡れてしまう覚悟で、スタジアムに到着すると同時に、更衣室までお二人を抱えて猛ダッシュするしかありませんね」
「では私が泉を運ぶから、彩芽は鏡ちゃんを頼む」
「俺は? 俺はどうすればいい?」
「雄ちゃんは囮だと言っているだろうが」
そこは変わらねぇのかよ。
でもまぁ、俺が女子更衣室まで運ぶわけにもいかねぇし、霧姉と瑠城さんが運んでくれた方が良いのは確かだ。
グダグダと案を言い合っている間に、スタジアムが目と鼻の先まで近付いて来た。
「ホラ、雄ちゃんやれ」
霧姉に背中を押された。
くそっ、やるしかねぇ! 全裸にはならねぇけど、全力で注意を引いてやる!
「みんな! 今日は俺を、俺だけを狙ってくれ! 体調の悪い部員が居るんだ! 頼む!」
船首で両手を大きく振ってアピールしているのだが、スタジアムの様子がいつもと違う気がする。
盛り上がっているのは確かなんだけど、何かが足りないような……。
そんな中、拍手と歓声に包まれて、帰還船はゆっくりと水上ステージに到着してしまった。
「全力で受けて立つぞ! 俺を……俺だけを狙って……ってア、アレ?」
一向に放水が飛んで来ねぇ。なんでだ?
そして毎回聞こえていた進行役のマイクパフォーマンスが、さっきから全く聞こえて来ない。
背後を振り返っても、俺だけじゃなくて霧姉達も水を浴びていない。
『
スタジアムをキョロキョロと見渡していると、進行役のオッサンが教えてくれた。
「ど、どうして……?」
『実はデュアルパイソンさんから、二刀乱舞さんと
「ジュ、ジュディーさんが?」
最前列で観戦していたジュディーさんが、こちらに向かって小さく手を振っていた。
「あ、ありがとうジュディーさん。ホント助かったよ」
俺達の事情を理解して、影響力の強いジュディーさんが音頭を取ってくれたのか。
……気遣いが出来てリーダーシップを発揮出来る、凄く良い人だ。
そりゃ人気も出るわけだよ。……しかも超美人だし。
後でもう一度、みんなでお礼を言わなきゃな。
『ですが、万が一という事もありますので、皆さん一度セイバーを手に当ててから船を降りて頂けますか?』
「ああ、分かったよ。みんなもありがとう!」
スタジアム全体に向けて頭を下げると、会場から大きな歓声と拍手が湧き起こった。
霧姉、瑠城さん、泉さん、篠、そしてたった一人生き残った青龍高校の男性の手にセイバーを当てた。
みんなが先に船を降りて更衣室に向かい始め、俺も更衣室へ戻るかと水上ステージに降り立った時だった。
『みなさん、たいちょうのわるいおふたりは、こういしつにもどられまシタ!』
いつの間にか進行役のオッサンからマイクを奪っていたジュディーさんが、ひょいと軽い身のこなしで水上ステージへと上がりつつ、観客に向けて話し始めた。
どり~むち~むのTシャツに身を包んだジュディーさんは、マイクパフォーマンスにも慣れている様子。
きっと普段のランキング戦でも、こうやってステージ上でマイクを握る事があるのだろう。
『ですがカレは、アイランドルーラーさんは、みなさんにたくさんねらってほしいそうデスよ? ウフフ、わたしのいいたいコト、わかっていただけマスか?』
「お、おい、ちょっと待て! 違っ、何言って――」
ジュディーさん? 何だか凄く悪い顔で近付いて来るんだけど、冗談だよな?
観客達……も全員スゲー悪い笑み浮かべて、急いでウォーターウェポンを構えてやがるなー畜生! 逃げ場無し!
「よせんとっぱ、お・め・で・と・う、ユウマ」
俺の顔めがけて、安っぽいオモチャの水鉄砲でチューっと撃たれてしまった。
それを開始の合図と言わんばかりに、観客達からの一斉射撃が始まった。
「くそっ! ジュディーさんおぼえ゛ボロロロローーー!!」
一瞬でも良い人だと思った俺の心を返せ!
「ワハハー、いい狙われっぷりだぞー
「決勝戦も頑張れよー!」
「雄磨くーん! カッコ良かったわよー!」
「次も樫高を応援するぞー」
観衆達からの声援を背中に受けつつ、溺れながら、そして何度も地面を転がりながら、更衣室へと逃げ帰ったのだった。
そして翌日――
「ぶゎっくしょん! ぶゎっくしょーん! ……さ、さびーよマジつれぇよ」
「フン、きっちりと風邪を引きおって。この馬鹿」
「ゲホッ、ゲホッ! ……もう死ぬかも」
何年かぶりに熱を出して学校を休んでしまった。
俺に風邪をうつしたからなのか、篠はすっかりと熱も下がったみたいだ。
「大人しく寝ているのだぞ」
二人は俺を置いて学校へと向かってしまった。
霧姉が枕元にゾンビハンター新聞を置いて行ったので、横になったまま目を通してみた。
……スゲェ、霧姉と瑠城さんがSランクに昇格している。
まぁそりゃそうか。Sランクのインフェルノウルフやカメレオンを数体倒しているし、瑠城さんに至っては何やらお高そうなお宝まで回収しているからな。
俺は換金額すら教えてもらってねぇんだけど……そろそろ文句言っていいかな?
そして青龍高校の部長さん、氷見山君の記事も大きく掲載されている。
なんと氷見山君、足を負傷しながらもあのケルベロスを撃破したらしい。
やっぱりとんでもねぇ人だったんだな。
二人の部員から預かったウォーターウェポンを駆使して、ケルベロスの足を破壊して漁業センターの傍で動けなくしたそうだ。
しかしウォーターウェポンのタンクも空になり、足も負傷していて、帰還船も出港済。
一度は全てを諦めたみたいだけど、そこで俺達が残して行ったミニガンの存在に気付いたらしい。
取り扱いには苦労したみたいだけど、一瞬でケルベロスに止めを刺したと書かれている。
その後負傷した足を引きずりながら、タンクとミニガンを漁業センター前まで運ぶと、大津京高校のイヴァンも使っていた長いゴムホースを蛇口に取り付け、漁業センターの外まで引っ張り出したそうだ。
漁業センターの外壁では防御壁にならないどころか、射撃の邪魔になるからだな。
そしてその伸ばしたホースをタンクの給水口に直接突っ込み、漁業センターの前から一歩も動かない作戦に出たらしい。
足を怪我していて自由に動けないのだから、これ以外に方法が無かったのだろう。
ミニガンの破壊力はやはり凄まじかったみたいで、波のように押し寄せるSSランク、SSSランクのゾンビ達を片っ端から殲滅して行ったそうだ。
残り十数分というところまで差し迫り、氷見山君はスタジアムまで戻って来られるだろうと誰しもが考え始めたその時、終幕は突如として訪れた。
原因は……ミニガンのエンジンのガス欠。
その時の写真が大きく掲載されているのだが、氷見山君は動きを止めたエンジンを前にして、何とも晴れやかな笑顔を見せている。
抵抗する術をなくした氷見山君は、故意にナチュラルゾンビに噛まれてから、自分の首をセイバーで掻っ捌いた……と書かれている。
壮絶な最期を遂げたみたいだけど、この笑顔を見る限り自分自身で納得のいくゾンビハントが出来た、という事なのだろうか。
道具箱を横取りされた時はなんて嫌な奴だとか思ったけど、こうして写真を見れば爽やかなスポーツ青年で、男の俺から見てもカッコイイじゃねぇか。
……フフ、ちょっと彼の活躍が凄過ぎて、補正が掛かって見えてしまっているのか?
因みにだが俺が道具を回収して来た事も記事になっていたのだが、……あんなにも頑張ったのに見落としてしまいそうなくらい凄く扱いが小さかった。
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