第105話 青龍高校
コックピットで震えている船長は放っておく。
ともあれスナイパーライフルをゲット出来たのは有難い。
瑠城さんは受け取ったスナイパーライフルを微調整しながら、何度か試し撃ちしている。
本当なら泉さんに調整を頼みたいのだが……篠と泉さんは本当に辛そうで、二人並んで船のコックピットに背中を預けて腰を下ろしている。
この状態の泉さんには頼めねぇよ。
今日は相当無理してたんだろうな。
現在生き残っているのは、俺達と青龍高校のみ。
他の学校は予想通り全滅していた。
試合中に気付いたんだけど今日の試合、ドリームチームが出場していた試合よりも、ゾンビのランクが高く設定されている。
あの時の試合もはカメレオンやインフェルノウルフは出ていたけど、それでもSランクまでのゾンビしか出されていない。
それが今日はSSランクのケルベロスが用意されていたリ、それに学校方面や南側で暴れていたゾンビも同じくらい手強そうだった。
何か意図的なものを感じるのだが……。
やっぱり俺達は峠岡常務に目を付けられているのだろうか。
残り時間が五分を切ったところで帰還船のエンジンに火が入り、船体から振動が伝わってくる。
アイドリングの回転数がやや高めな気がするのだが、これは船長の気持ちの表れだろうか。
……このエンジン音でゾンビ達が寄って来たりしねぇよな?
「雄ちゃん、ゾンビ達の状況はどうなっているのだ? こっちに来そうか?」
「今のところ資料館の前で暴れ回っているだけで――」
と、ゾンビ達の反応を窺っていると、インフェルノウルフの黒い靄が一つ消えた。
「すげぇ! 青龍高校がインフェルノウルフを一体倒したみたいだぞ! ポイント差は大丈夫か?」
「ああ、全然平気だ。一人噛まれた部員が獲得していたポイントが消滅しているからな」
そうか。青龍高校は三人になってしまったのだった。
噛まれた一人はポイントゲッターだったのか?
でもたった三人でケルベロス達と戦えるなんて、凄い人達だったんだな。
そんな事を考えていると、インフェルノウルフ二体の黒い靄が突如こちらに向かって来た。
「マズイ! インフェルノウルフ二体がこっちに来た! このスピードだとあと数秒で視界に入るぞ!」
「何だと! 雄ちゃん、エンジン始動だ!」
ミニガンのエンジンが軽快なリズムを刻み始めると、資料館方面へと繋がる道の角から、青龍高校の部員達が地面を転がる勢いで飛び出して来た。
帰還船の船首で待機している俺達からは、直線距離にして七、八十メートル程離れた場所だ。
そして飛び出して来たのは青龍高校の部員達だけではなく、その背後からインフェルノウルフが一体、更には倉庫っぽい建物の屋根の上にも一体姿を現した。
全身が毒々しい紫色の体毛で覆われた巨大な狼だ。
「た、たた助けてくれー!」
「イ、インフェルノウルフが――!! ぐわぁぁー!」
屋根の上からインフェルノウルフが飛び掛かり、助けてを求めていた一人に襲い掛かった。
必死に抵抗する男性部員を前脚で押さえ付け、手足を噛み千切っている。
タンクの水が空だったのか、薄手タイプのミストアーマーは機能していないみたいだ。
難を逃れた方の部員は脇目も振らずに漁港内を走ってこちらに向かって来るのだが、こちらも背後から迫っているインフェルノウルフが今にも襲い掛かりそうだ。
「助けよう。彩芽、狙えるか?」
「……やってみます」
漁港内には沢山の魚船が停泊していて、俺達の位置から狙撃する障害物となっている。
瑠城さんは帰還船に片膝を突いた状態で、巨大なスナイパーライフルを構えている。
こんなにも振動している船の上から、正確な狙撃なんて出来るのか?
バスッ
一呼吸置いて放たれた一撃は、インフェルノウルフの横っ腹を見事に撃ち抜いた。
インフェルノウルフはつんのめりになって、走っていた勢いそのままに前方へと転がる。
「ナイスだ彩芽! 後は任せろ!」
霧姉はミニガンをぶっ放して、障害物となっている漁船のコックピット諸共、もがいているインフェルノウルフを葬り去った。
「瑠城さんはスナイパーライフルの扱いも凄いんだな」
「ウフフ、泉さん程ではありませんが、なかなかやるでしょ?」
瑠城さんは右手でシャカシャカとポンプ圧を上げながら、次の攻撃に備えている。
「はぁ、はぁ……た、助かりました! ありがとうございます!」
帰還船に駆け込んで来た部員は、膝に手を突き肩で大きく息をしている。
改めて容姿を覗いてみると、真面目そうな好青年だった。
今回は自分達で精一杯だったし、対戦相手の事を気にしている余裕が全くなかったんだよな。
セイバーのスイッチを入れてから、そんな男性の手の甲をチョンチョンと触れてみると……大丈夫、噛まれてねぇ。
「もう一匹も始末してしまおう。頼んだぞ、彩芽」
「任せて下さい」
先程仕留めたインフェルノウルフよりも若干遠いのだが、……ヤツはお食事に夢中。動きを止めているので狙いやすいと思う。
「キャゥン!」
瑠城さんの狙撃はまたもや命中。
距離が遠くて何処に命中したのかは不明だが、インフェルノウルフは痛々しい声を上げてその場に蹲った。
「……瑠城さんってオールマイティーだよな」
「もう……褒めても何も出ませんよ? ……コホン。では、止めが刺せていませんのでもう一発狙います」
ポンプ圧を上げて再び瑠城さんがスナイパーライフルを構えたところで、帰還船のエンジンのスロットルが上がり、更に船体が大きく揺れ始めた。
どうやら競技終了の時間が来たみたいだな。
揺れが激しくなり狙撃を諦めたのか、瑠城さんは一つ大きく息を吐いて構えを解いた。
「止めを刺せていないのは可哀相ですが仕方ないですね。……それで、青龍高校の部長さんはどうなりましたか?」
「まだ噛まれていないみたいだぞ? ケルベロス相手に頑張っているみたいだな」
霧姉は端末を確認しているのだが、俺もずっとケルベロスの様子はチェックしている。
禍々しい黒い靄は暴れ回っているし、何より遠くから建物が倒壊する音や獣の雄叫びも響いて来る。
あんなデカいバケモノとやり合えるって、一体どんな戦い方をしているんだ?
しかし無情にも船はゆっくりと桟橋を離れ始めた。
これで部長さんはもう戻って来られないんだな……。
「うぅ、部長は……部長は自分が囮になって、俺達だけを逃がしてくれました。必ず戻るから、と俺達に約束してくれたのですが……グスッ」
生き延びた男性はボロボロと大粒の涙を流している。
……は!! そ、そうだ!
「き、霧姉! 部長さんの為にミニガンを桟橋に残しておこう! 急げ!」
「そ、そうだな。気付いてくれればいいのだが……うりゃー」
霧姉が慌ててぶん投げたミニガンとタンクは、桟橋上で数回転してギリギリのところで琵琶湖に落ちずに済んだ。
何処か壊れてしまっているかもしれねぇけど、運営のメンテナンスが入る一時間後まで生き延びる為には、あのミニガンが必要だろう。
使い方は……ゾンビが襲って来るまでに練習してくれるだろう。
ここからはルール無用らしいから、タンクに給水し続けたら長時間の射撃だって可能になるはずだ。
俺達に出来るのはここまでだ。頑張れよ、部長さん!
帰還船が沖ノノ島漁港の湾内を抜けた頃、ケルベロスの黒い靄がこちらに向かって移動して来た。
それと同時にバリバリと建物が倒壊する音が、徐々に大きくなってくる。
距離が遠過ぎて部長さんの姿は確認出来ないのだが、ケルベロスと戦いながら桟橋に向かっているのだろう。
ケルベロスの三つの大きな頭の動きが、部長さんに襲い掛かっているように見える。
「……青龍高校の部長さんって凄い人だな」
「そうですね。もしもこの試合を生き延びてプロのゾンビハンターとして活躍出来れば、世界に通用する選手になるかもしれませんね」
視界の遥か先で奮闘を続ける姿を、俺達はずっと眺めていた。
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