第104話 帰還船到着
「はぁ、はぁ、……お、お宝を回収してきましたよ! 骨董品でした!」
肩で大きく息をしている瑠城さんは、お宝の入った小箱を大切そうに抱えている。
「良くやった彩芽! すぐに逃げるぞ!」
急がねぇとケルベロス達が戻って来るからだ。
「はぁ、はぁ、……不自然だと気付かれてしまったのですね? 今、ケルベロス達に浄化センターまで戻って来られたら非常に危険です。急ぎましょう!」
「どうしてだ? 見つかる前に退却すれば大丈夫だろ?」
「先程までは問題ありませんでしたけど、今は違います。私が施設の敷地内に入りましたので、微かな匂いが残っている筈です。その匂いを辿って追い掛けて来るかもしれません」
「本当の犬みたいな奴だな。疲れているところ悪いけど、泉さんに肩を貸してあげてくれるか?」
泉さんは無理をし過ぎたのか少し具合が悪そうで、瑠城さんがお宝を回収しに行く前から地べたに座り込んでいた。
「泉さん、頑張って下さい。走りますよ?」
「ぅ……彩ちゃん、ゴメンね」
満身創痍なのは泉さんだけではない。
実は俺の両肩、足腰にも限界が来ている。
「ホラ、雄ちゃんもしっかりしろ」
「ス、スマン」
そんな俺の様子に気付いた霧姉が俺の肩を担いでくれた。
北側の道を引き返し、住宅密集地を抜け出そうかという所までなんとか戻って来た。
瑠城さんが懸念していた通り、ケルベロス達は浄化センターに留まらず、ゆっくりとではあるがこちらに向かって来ている。
このまま俺達の後を付けて来たら、漁業センターまでやって来そうだけど、残り時間は十五分少々。
ケルベロス達が漁業センターにやって来る頃には競技終了時刻を迎えていて、俺達はもう沖ノノ島を離れているだろう。
「ふぅ、なんとか逃げ切れそうだな。今回は本当に危なかったな」
「雄磨君、まだ競技は終わっていませんよ? 気を抜いては駄目です」
「そうだぞ雄ちゃん、家に帰るまでがゾンビハントだからな。ところで他の場所で暴れていたゾンビ達はどうなっているのだ?」
「暴れていたゾンビ達か? ……うーん、学校方面と島の南側、どっちのゾンビ達も今は大人しくなっているぞ。……他校の部員達、全滅したんじゃねぇのか?」
会話しながら住宅密集地を抜けようとした、丁度その時――
「!! ……な、なんだ樫高さんでしたか」
青龍高校の四人とバッタリ出くわした。
漁業センターを離れたって事は、俺達にポイントで抜かれてしまったから、もう一度ポイントを稼ぎに来たのだろう。
「樫高さん達は北側を攻めて来られたのですか?」
「……ウフフ、内緒でーす」
営業モードの霧姉が対応しているのだが、どうやら俺達が北側から戻って来た事は伏せておきたいらしい。
「……まぁ、いいでしょう。対戦相手には情報を隠しておきたいでしょうし。我々もこれから北側を目指そうと考えていたのですが、先に樫高さんが向かわれたのでしたら、もう何も残っていないでしょうね」
不敵な笑みを浮かべていた部長さんは、そのまま部員達とコソコソと作戦会議を始めた。
「……なぁ霧姉、北側に向かえばケルベロス達と鉢合わせになるぞ? って、教えてやった方がいいんじゃねぇか?」
「私もそう思ったのだが、青龍高校はポイントを稼ぎに来たのだろ? だったらケルベロス達が居る事を教えれば、逆に勇んで向かって行きそうだぞ?」
確かにそれはあり得るな。……黙っていた方が良いのか?
俺としては青龍高校には北側に向かって欲しくない。
ポイント面で逆転されてしまうかも? という事も勿論あるのだが、無茶をして死んで欲しくねぇし。
それに今のままならケルベロス達から逃げ切れるのに、ちょっかいを出した事でケルベロス達が一気にこっちまで向かって来るかもしれねぇ。
青龍高校の四人はそれぞれ大型のアサルトライフルを所持している。
かなりのゾンビ達を倒しているみたいだし、装備が整っているからと過信して、無茶しなけりゃいいのだが……。
「……ちなみにですが、樫高さんはこれからどうなされるのですか?」
「ウフフ、私達は見事逆転に成功しましたし、このまま漁業センターに戻りますよぉ」
「そうですか……。では我々はこれで。再び逆転して必ず漁業センターに戻りますので」
青龍高校の部長さんはそれだけを言い残し、島の北側ではなくこの場所からほど近い神社方面へと向かって行った。
「……北側には向かわねぇみたいだな」
「今のところはな。何も見つけられなければ南側まで手を伸ばすか、或いは北側へと進路を変えるか……」
俺が見る限り神社近辺にはお宝も設置されていないし、ゾンビも居ない。
残り時間も少ないので、そこで諦めてすぐに漁業センターまで戻って来てくれればいいのだが……。
「アイタタタ……! ゆっくり、ゆっくりで頼むよ!」
漸く漁業センターまで戻って来られたので、背中のタンクを降ろしてもらっている。
……もう自分で降ろす力も残ってねぇよ。アッチもコッチもガタガタだ。
「……ったく、情けない――と言いたいところだが、まぁ……なんだ。今回は良くやったと褒めてやろう」
「雄磨君、お疲れ様でした。今から鏡花さんを縛ってある布を解きますから」
「ああ、ありがとう。頼むよ瑠城さん。……篠、大丈夫か?」
「……うん」
今の今まで俺の方に顔が向いていたのだが、フイっと逸らされてしまった。
まぁ最悪の体調で今まで連れ回されたんだ。気分が悪いのだろう。
沖ノノ島漁港のすぐ沖まで帰還船がやって来た。
そして青龍高校の部員達はまだ戻って来ていない。
残り時間は殆どないのだが、霧姉は頻りに端末でポイント状況を確認している。
高価そうなお宝を回収出来たしポイント差はかなり開いている。
抜かれる事はそうそうないと思うので、どうやら青龍高校の安否を気にしているみたいだな。
俺はというと、ゾンビ達の居場所を探り続けている。
ケルベロス達は住宅密集地を抜けるのに苦労しているみたいだ。
デカい図体が災いしているのだろう。
あの辺りは俺達もウロウロとしていたので、匂いも分散しているだろうし、民家を破壊して進めば匂いが辿れなくなるのかもしれない。
「よし、桟橋に向かうぞ。船に乗り込む準備だ」
篠は瑠城さんが背負い、泉さんは霧姉が肩を貸して歩く。
俺は万が一に備えてタンクを背負っている。
「……青龍高校のみんなは、このまま戻って来ねぇのかな?」
「分からん。戻って来ないというのなら、それもまた彼らのゾンビハントだという事だろう」
俺達が桟橋に到着したタイミングで帰還船も横付けされた。
コックピットから厳つい船長が姿を現し、巨大なスナイパーライフルを構えている。
俺達が一人ずつ手の甲にセイバーを当てて、噛まれていない事を証明していると、突如ゾンビ達の動きに異変が起こった。
今までケルベロスの傍で行動していたのに、インフェルノウルフ達がバラバラに分かれて周囲をうろつき始めた。
「みんな、インフェルノウルフ達の動きに異変が起こったぞ。こっちまで来るかもしれねぇから、一応準備だけしていてくれ」
全員が船に乗り込み、霧姉は端末を確認している。
「恐らく青龍高校の部員達が接触したのだろう。一人噛まれたみたいだ」
漁業センターまで戻って来る最中に接触したのか?
住宅密集地を抜けてすぐの場所にインフェルノウルフ達が集まり、そこにケルベロスが近付いているみたいだ。
「……遠くから建物が倒壊する音が聞こえて来ますね」
「ケルベロスが住宅密集地を突っ切ったみたいだぞ。今は資料館前の公園の辺りだ」
「青龍高校の部員達がこのままこちらまで戻ってくれば、私達も巻き添えを食らうかもしれないぞ。雄ちゃん――」
「ああ。分かった」
霧姉の背後に付き、いつでもエンジンを始動出来るように構えておく。
俺達の会話を聞いていたのだろう。船長さんも巨大なスナイパーライフルを構え直して――
……あの、船長? 何故スナイパーライフルを瑠城さんに渡して、コックピットに立て籠もったんだ?
「……なぁ、船長は戦ってくれねぇのか?」
「船長さんは全くの素人なんですよ。ゾンビハント歴ゼロです」
歴戦の勇者みたいな面構えなのに、見掛け倒しかよ!
葉巻とか咥えてカッコつけてんなよ!
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