第103話 陽動作戦
「鍵が隠してあるのは、井戸ポンプ現場盤と書かれている設備ですよね。それなら分かりますから平気ですよ。私が行って取って来ます」
「駄目だ彩芽。一人で行動するのは危険だ。私も一緒に行くぞ」
「いいえ、霧奈さんはこの場で待機して攻撃に備えていて下さい。雄磨君はゾンビの動きを見張っていて、ケルベロス達が戻って来るような動きを見せれば、すぐにエンジンを始動させて下さい。私はそのエンジン音が聞こえれば全力でこちらまで戻って来ますから」
瑠城さんはやる気を漲らせている。
霧姉が瑠城さんと一緒に行く場合、ミニガンはこの場所に置いて行く事になる。
そうしないとホースで繋がっている俺、抱えている篠も一緒に行く事になって邪魔になってしまうからな。
ミニガンを持って行かない場合、いざという時に攻撃出来ないので、瑠城さんは霧姉をこの場所に留めておきたいのだろう。
「なぁ二人共。本当にこの作戦を決行するつもりか? ここは一旦諦めて引き返す手もあるんだぞ? 島の南側や学校方面のゾンビを少し倒せば、四百五十ポイント差なら逆転出来そうじゃねぇか?」
「……いや、強力なゾンビが暴れているって、さっき雄ちゃんが自分で言っていただろ。そっちの方が危険じゃないか。それに他校の部員達が何処に居るか分からない状況では、このウォーターウェポンは使えないのだぞ?」
……そうか。忘れていた。
人に向けて撃つなと泉さんが忠告していたな。
誰も立ち入っていない北側だからミニガンは使えるのであって、他校の部員達が何処かに潜んでいるかもしれない場所では、巻き添えにしてしまう恐れがあるから使えねぇんだ。
「今の状況でゾンビと戦わずに、お宝を入手する方法があるのなら試してみるべきだろ?」
泉さんも頷いている。
上手く行く事を祈るしかねぇな。
先に瑠城さんが偵察に出ていた場所まで進むと、百メートル程前方に浄化センターの施設や闘技場で昼寝をしているケルベロスの姿が確認出来た。
……なるほど、確かにデカい犬だ。犬種はドーベルマンっぽいな。
体毛の黒毛が短くて、とても筋肉質だ。
伏せた状態で尻をこちら側に向けて寝ているみたいで、体が上下に大きく揺れている。
「雄磨君、ケルベロスとインフェルノウルフ三体の動きに注意していて下さいね?」
「ああ。分かったよ。気を付けてな」
「彩芽、頼んだぞ」
俺達を木の陰に残し、瑠城さんは姿勢を低く保ちつつ一人先へと進み、少し離れた場所にある木の陰で身を隠した。
サブマシンガンを身構えて、ゾンビ達の様子を窺いながらいつでも準備OKだと合図している。
霧姉は幾つかの手頃な大きさの石を足もとに準備した。
「おい霧姉、分かっているとは思うけど、力加減を間違えるなよ?」
「ああ。任せておけ」
投げる力が弱過ぎてケルベロス達よりも手前に石を落としてしまうと、視線がこちらに向いてしまい気付かれる恐れがある。
「フフフ、一発目の目標はケルベロス達よりも五十メートル程向こう側にある消波ブロックだ。私のコントロールを見て驚くなよ?」
霧姉が思いきり振りかぶって石をブン投げた。
石は放物線を描く事なく大空高くまで突き進み……山の向こう側まで飛んで行った気がする。
途中で見えなくなったので、何処まで飛んだのか全然分かんねぇよ。
「……おおぉ、確かに驚かされたぞ」
「い、今のは練習だよ、練習。……ハハハ。でも今ので大体のコツは掴んだぞ。次を見ておけよ」
再び霧姉が振りかぶって石を投げる。
お? 今度は良い感じで放物線を描いているぞ。
……俺達の場所からは確認出来ねぇんだけど、どうやら狙い通り消波ブロックに命中させたみたいで、ケルベロスの耳がピクリと起き上がり、伏せていた顔を上げて石が飛んで行った方角を眺めている。
……アレ? 目の錯覚か?
「……おい、俺の目がおかしいのか? あの犬、頭が三つあるように見えるぞ?」
「だからケルベロスだと何度も言っているだろうが。さぁ、もう一発投げるぞ。今度は更に遠くの消波ブロックを狙ってやる」
ケルベロスっていうのはただの名称かと思っていたのだが、ギリシャ神話に登場する本物のケルベロスっぽい奴だったとは。
霧姉が投げた今度の石は、遠くに飛ばし過ぎたのか、ケルベロスは大きな反応を見せなかった。
それでも石の着地点に意識を向け続けているように見える。
「……畑に突き刺さったかな? もう一度やってみる」
もう一度霧姉が石を投げると――
「「「ァオォ―――ン!!」」」
ケルベロスが三つの顔で同時に吠えると、短い尻尾を振りつつ宙を飛ぶような物凄いスピードでドカドカと駆けて行った。
どうやらインフェルノウルフ達もケルベロスに付いて行ったみたいで、黒い靄は全てケルベロスの傍で固まっている。
「ケルベロス達は移動して行ったけど、今のスピードを見る限りまだまだ距離が近過ぎる。霧姉、もっと遠くで音を鳴らして奴らを遠ざけてくれ。そうじゃねぇと一瞬で浄化センターまで戻って来てしまう」
「よし、任せろ」
次の投擲も上手く行ったみたいで、ケルベロス達は霧姉が投げた石に向かって行った。
「今だ瑠城さん!」
前方の瑠城さんに合図を送ると、瑠城さんが浄化センターに向かって駆け出した。
瑠城さんが待機していた場所から、お宝が設置してある焼却炉までの距離は凡そ五、六十メートルといったところ。
瑠城さん、無事に戻って来てくれよ!
「俺達もさっき瑠城さんが待機していた場所まで進もう」
「そうだな。もしケルベロス達が戻って来ても、この場所からじゃ狙撃しにくいからな」
俺達がこっそりと移動している間に、瑠城さんは焼却炉まで辿り着けたみたいだ。
軽快な動きで柵を乗り越えて施設の敷地内に入り、鍵を回収しているように見える。
「雄ちゃんはケルベロス達の動きに集中していろよ」
「ああ、分かってるよ。霧姉も次の石を投げる準備をしていてくれ」
今はかなり遠くの方でウロウロしてくれているので大丈夫だけど、動きを止め始めたらもう一度石を投げて気を引いた方が良いかもしれねぇ。
霧姉は石を投げる体勢のまま、左腕の端末で樫高のポイントを確認している。
瑠城さんがお宝を回収出来たかどうかが分かるからだな。
「……よし、ポイントが入った! 彩芽が無事にお宝を回収したみたいだぞ!」
「マズイ、石を投げた方が良いかも。ケルベロス達が動きを止めている」
全然人の気配も匂いも感じないから、おかしいと思い始めたのだろうか。
瑠城さん、急いで戻って来てくれ。
「うりゃー」
くそっ、霧姉の投げた石にケルベロス達が全然反応しねぇ……。
投げた場所が悪かったのか、それとも陽動作戦がバレてしまったのか?
もう一度霧姉に石を投げてもらっても、やはりケルベロス達は反応しない。
それどころかゆっくりとこちらに向かって戻り始めた。
「くそ、マズいな」
「どうしたのだ? ケルベロス達が戻って来るのか?」
「ああ。ゆっくりとこっちに向かって来る。どうする? エンジンを始動させるか?」
「……いや、ゆっくりと戻って来るのなら、まだ私達の存在には気付いていないのだろう。このまま後退して彩芽が合流すれば即撤収だ」
瑠城さんは木箱を脇に抱えて、一生懸命走ってこちらに戻って来ている。
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