第88.5話 番外編 夢への第一歩 後編


 「さ、流石『神の手ゴッドハンドブランド』やな。……そこまでの技術力があるんやったら、いっそのこと『神の手ゴッドハンドブランド』は全部オーダーメイド制にしたらどないや?」

 「オ、オーダーメイドですか?」

 「せや。最低限の火力は確保しつつ、そこからは客の要望通りに作ればエエんや。これやったら最小限の人数で作れるし、材料費、人件費も無駄がなくなるし……何よりぼったくれるで」

 「本当ですか? 良い事教えて頂きました! ありがとうございます!」


 そうか……オーダーメイドっていう考えもあったのね。

 ウフフ、これは良い事教えて貰っちゃったわね。


 「火力が出てるんやったら、ワシはクラシック銃が好みやねんけど、今日は持って来てるんか?」

 「はい。丁度いいのがあります。ちょっと待って下さいね」


 慎重にバックパックを降ろして、小さな段ボール箱を取り出す。

 今回は箱にまでこだわっている時間がなかったのよね……。

 蓋をパカリと開けるとおっちゃんが大きく目を見開いた。


 「ぅをを……ぅをを……」


 おっちゃんは声にならない声を出しながら、食い入るようにウォーターウェポンを眺めている。

 手は触れないようにしながらも、どんどん顔とウォーターウェポンとの距離が近くなっていく。

 その後箱の中に入れておいた手書きの品質保証書を手に取り、隅々にまで目を通している。


 「あの、どうですか?」

 「……最高や、最高やで! このアンティークの艶の出し方も、グリップ部分の『神の手ゴッドハンド』のエンブレムも。男心が分かってるわ!」

 「エンブレムは入れるかどうしようか迷っていたんですよ」

 「絶対に入れた方がエエ。みんなに『神の手ゴッドハンドブランド』を自慢出来るからな」


 おっちゃんがニヤッと笑った。

 おぉ……歯も金色だよ。


 「……他の銃も見せてみ?」

 「うーん、本当は一人一つまでしか見せちゃ駄目って言われているんだけど。色々教えてくれたからお客さんだけ特別だよ?」

 「クックック、商売上手の入れ知恵やな」


 ウフフと笑って誤魔化し、ちょっと変わり種のウォーターウェポンを取り出す。


 「なんや、近未来型かいな」

 「そう。こういう変わったのはどうかなって」

 「変わったの? 何かが違うんか?」

 「このウォーターウェポンは威力の調整が可能で、しかも着弾後に電気を流せるのよ。ここのダイアルで電流の量も調整出来るし、MAXにすればバベルタイプでも動きを止められるんじゃないかな?」

 「かな? って何や。試してへんのかいな」

 「無理だよ。そんな時間なかったもん。そもそもアタシじゃ娯楽のゾンビハントに参加出来ないよ」


 あんな馬鹿高い参加料、払えるわけないでしょ。


 「クックック、分かった。今見せてもろた二つ、ワシがうたる。んで、こっちの近未来型の方を使つこてみて、実際に効くかどうか試して来たるわ」

 「本当ですか! ありがとうございます!」

 「その代わり、今回の代金は勉強してくれるか?」

 「アレ? ぼったくっても良いんじゃなかったかしら?」

 「コラ、ワシからぼったくってどないするんじゃ。しかもそれはオーダーメイドやったら、って話やったやろ? ホンマ怖いわー」


 そうだったかしら? なんて惚けながら、どうしたものかと考えを巡らせる。

 霧ちゃんからは強気の値段設定で攻めろと言われている。

 お客さんは『神の手ゴッドハンドブランド』の一番最初のモデルだという事を、そして後々上昇するプレミア価格を、必ず理解しているからだって。


 強気か……幾らくらいなんだろう。


 携帯電話を取り出し、画面に電卓機能を表示させる。


 「……これくらいでどう……ですか?」


 恐る恐る打ち込んだ金額は、お父さんの月給の約二倍。

 つまり一丁につきお父さんの月給ひと月分。


 電卓を覗き込んだおっちゃんの視線が、鋭く尖ってアタシに突き刺さる。


 「……ワレ、商売舐めとんか」


 ひぇぇぇ、ご、ゴメンナサイ!

 流石に強気過ぎましたー!

 慌てて数字を打ち直そうとしたら、おっちゃんがアタシの携帯を鷲掴みにした。

 アハハって笑って誤魔化してみても、もう遅い……よね。


 「このド阿呆! 今誰もが欲しがっとる『神の手ゴッドハンドブランド』やぞ! こんな恥ずかしい値段で買えるか!」


 おっちゃんが携帯電話を返してくれたら、アタシが打ち込んだ金額にゼロが一つ付け加えられていた。

 ア、アレ? 怒っていたのって……安過ぎたから?


 「あのな神の手ゴッドハンド、もうちょっと相場っちゅうモンを勉強せなあかん」

 「……はい」

 「ワシらみたいな者はな、ゾンビハントに出掛けた時、こんなエエウォーターウェポンを持っとるんやで! って、仲間内で自慢し合っとるんや。こんな恥ずかしい値段、みんなの前でよう言われへんわ」

 「……はい。すいません」

 「世界の金持ち連中は、金払う事もステータスやと思っとる。その辺の自尊心みたいなモンも、これからは上手にくすぐったらなアカンで?」

 「……ありがとうございます。よく覚えておきます」

 「それで……どうや? ホンマにワシが打ったこの値段でエエんか?」


 コクコクと頷くと、おっちゃんは自分の電話で何処かに連絡を取り始めた。


 「今何処に居る? 一本持って来て。……ド阿呆! そんなモン、今どうでもエエんじゃ! ……おう、急げよ? ほな――」


 おっちゃんが電話を切って間もなく、一人の男性が息を切らして走って駆け寄って来た。

 普通のサラリーマンみたいに見えるけど、本当は違うの……かな?


 「ほなコレ、お金な」


 おっちゃんから受け取ったのは、手さげの紙袋に入った現金。

 ちょっと重くない? って思ったから中身を確認してみたら……多い! 多いよコレ!


 「おっちゃん、多いよ!」

 「手付金や」

 「へ? 手付金?」

 「せや、オーダーメイドで注文頼むさかい、このウォーターウェポン使つこた感想教える時に、細かい注文するわ。ここに連絡先書いて」


 おっちゃんが名刺を二枚渡してくれたので、言われるがままに片方の名刺の裏側にアタシの連絡先を書いた。


 「ほなワシはこれで。まだウォーターウェポン残ってるんやろ? さっきうた事もよう考えて売らなアカンで?」

 「はい。本当に色々とありがとうございました。お世話になりました」


 深々と頭を下げていると、おっちゃんはそのままスタジアムの奥へと消えて行った。



 売れた。売れたよ、みんな。

 凄い金額で売れたよ!

 しかも大切な事も沢山教えて貰えたよ。


 ウォーターウェポンが売れたっていう清々しい気持ちと、勉強不足で迷惑を掛けてしまったというモヤモヤした気持ち。

 半分半分を胸に抱いたまま、下げていた頭をガバッと上げると――


 「スイマセン! 他にもウォーターウェポンがあるって本当ですか!」

 「ワシじゃ! ワシが先じゃ!」

 「もう注文出来るのか? してもエエのんか?」


 アタシの周りに人だかりが出来ていた。

 ウフフ、おっちゃんが怖くて今まで近寄れなかったみたいね。


 ……でも、流石にこの人数はアタシじゃ捌けないよ。


 「霧ちゃん! 助けてー!」



 アタシの大切な一歩目、踏み出せた……かな。

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