第88.5話 番外編 夢への第一歩 前編


 <泉さん視点のお話です>




 霧ちゃんは優しい。

 霧ちゃんは凄い。

 口は悪いけどね。


 「廃材なら好きなだけ使ってもいいぞ」


 「場所? それなら遊休設備を移動させて、手直し加工場を少し広くさせようじゃないか」


 「相井そういさぁん! 今忙しいですかぁ? チョットだけアキちゃんに、この工具の使い方を教えてあげてくれると、きりな凄く嬉しいなぁー」


 「ギブアンドテイクだ。フフフ、ウォーターウェポン部の連中は手先が器用だな!」


 「泉、アキちゃん、この細かい部品なんだけどさ。ちょっとだけ削って角度を揃えて欲しいんだよ。出来るだろ?」


 新しい商品の試作品を作っているみたいで、ちょっとだけ、ちょっとだけって言いながら、色々と私達も手伝わされているのよ。

 それでも工具や設備、作業場まで提供してくれているし、おまけにアキちゃん達の分のお茶や晩御飯まで用意してくれる。

 霧ちゃんは優しいんだよ。



 「ふむ、そうだなー。まずは泉が『神の手ゴッドハンドブランド』とはこうだ! っていうブランドイメージを決めなきゃ駄目だ」

 「どういう事?」

 「私から見て泉が作るウォーターウェポンには、大きく分けて二種類存在すると思うのだ。一つは火力や使いやすさを求めた性能重視、もう一つは精巧さや浪漫を求めたデザイン重視」

 「ふむふむ」

 「この二つは恐らく客層が違う筈だ。コレクションなのか、ド派手にぶっ放したいのか、生き残りたいのか」

 「なるほどー」

 「中途半端に見た目も性能も――っていうのは止めた方が良いと思う。突き詰められるならそれは強みだけど、そうじゃない場合は他の企業と差別化出来なくて埋もれてしまうぞ」

 「……どうすればいいかな?」

 「そうだなー。一度試作品を幾つか作って実際にスタジアムで売ってみよう。お客さんの反応を見てから決めるのもいいんじゃないか?」


 霧ちゃんはアタシの夢を全力で応援してくれている。


 「ぐははー! 今度のどブサにゃん極シリーズも完璧だ! バカ売れ間違いなしだぞ!」


 ……口は悪いけど、ね。




 最近の霧ちゃんを傍で見ていて、正直羨ましかった。

 自分で考えて作った物を、自分で考えた方法で売っていた霧ちゃんは、それはもう生き生きとしていたわ。


 でもそれと同時に、霧ちゃんは凄く大変な思いもしていたのよ。

 一からデザインを起こして、設備を導入して、材料を仕入れて、実際に従業員のみんなに作って貰う。

 アタシと同い年なのに、寝ている時間なんてないんじゃない? っていうくらい物凄く頑張っていた。

 一緒に工場内で作業を始めて、初めてその事に気付いたわ。


 普段は全然何でもない素振りをしているのにね。






 今回用意出来たウォーターウェポンはたったの四つ。

 それでもアキちゃん達に手伝って貰って一からハンドメイドで作り上げた、正真正銘アタシの商品だよ。

 『神の手ゴッドハンドブランド』として売る物だから、既製品の改造品は売れないわ。 


 「師匠、絶対に大丈夫ですって! 自信持ちましょう!」


 アキちゃんはそう言って送り出してくれたけど、本当に売れるのかしら……心配だよ。


 彩ちゃんもアタシから少し距離を取り始めた。

 アタシが一人で販売出来るのか見守るように、って霧ちゃんに言われているのよね。


 うぅ、アタシお客さんに声を掛けるの凄く苦手なんだよ……。

 そんなアタシの気持ちを察してくれたのか、霧ちゃんが『やれやれ、今回だけだぞ?』っていう感じの視線で合図を送って来た後、雄磨に声掛けを頼んでくれた。

 そしてすぐに雄磨がアタシの代わりにお客さんに声を掛けてくれている。


 助かったよ。あ、ありがとう雄磨――って、ちょ、ちょっとーー!!

 どうして初めてのお客さんに、そんな怖そうなおっちゃんを選ぶのよ! もう少し話し易そうな人にしてよー!


 会釈をすると、怖そうなおっちゃんが金のネックレスを揺らしながら、血相を変えて駆けて来た。

 あわわ、怖いよー! ……って、怖がってちゃ駄目よ、しっかりしなきゃ!


 アタシの夢なんだよ、逃げないよ!


 今回の販売では霧ちゃんから幾つかアドバイスも貰っている。


 「こ、こんにちわー」

 「『神の手ゴッドハンドブランド』が、遂に始動するんか」

 「そ、そうなんですよ。実は今回、色々な種類のウォーターウェポンを作って来たんですよ」

 「……ほう。どんなモンがあるんや? 見せてみ?」

 「お見せするのはいいんですけど、その前に。おっちゃ――お客さんがどういったウォーターウェポンが欲しいのか、教えて貰いたいんです」

 「ははーん。初めてで売り方が分からんからリサーチするんやな」

 「そうです。お詳しいですね。アハハ―」


 霧ちゃんの考えでは、今回のウォーターウェポンは『神の手ゴッドハンドブランド』の名前だけで勝手に売れる……らしい。ホントかなぁ?

 とにかく今回はお客さんと話をして、富裕層がどういうウォーターウェポンを求めているのか聞き出すのが大切だって言っていた。


 「せやなー。ワシが求めるのは、他にはない『圧倒的火力』や」

 「圧倒的火力……ですか?」

 「せや。でもこれはワシだけやないで。最近は娯楽のゾンビハントでもバベルタイプを出してきょーるさかい、みんながウォーターウェポンの火力不足に悩んどるんや」

 「そうなんですか?」

 「新興ブランドでワシら金持ち相手に商売したいんやったら、最低でもバベルタイプに効く火力が必要やと思うで?」

 「それなら火力は大丈夫そうです。今日用意した分は全てクリア出来ています」

 「へ? ……ホ、ホンマかいな?」

 「はい。既製品じゃなくて、一から手作りしていますから」


 おっちゃんが徐に色付きレンズの眼鏡を外した。

 目つきが鋭いよ……。

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