第88話 全国大会始まる


 霧姉と一緒に驚いている傍で、ジュディーさんは首を傾げている。 


 「はじめま……シテ?」


 どうやら篠が誰だか分かっていない様子だ。

 そうか、前にジュディーさんが来た時も二人は会わなかったし、紹介もしていなかったな。


 「初めまして、じゃないですよ! 勝手な事を決めないで下さいって言ってるんです!」


 篠はつんけんした態度で、俺とジュディーさんを強引に引き剥がしに掛かった。


 「ジュディーにも紹介しておくよ。彼女は二刀乱舞だ」

 「!! Oh-! にとうらんぶサン! ほんものデース! あいたかったデース!」

 「い……いいから、早く離れて下さい!」


 俺から離れたジュディーさんが、今度は篠にハグしようとしている。


 「どうしたんだよ篠? 朝から機嫌悪いな」

 「ど、どうしたぁ? どうしたもこうしたもないですよ! 水亀君も嫌ならキチンと断って下さいよ!」


 ……篠は俺にランキング戦に出場して欲しくなかったのか。


 「言っとくけど、俺は最初からランキング戦に出るつもりはねぇぞ? ただ、選手権で優勝出来なかった時には――」

 「ユウマはわたしとパートナーになるのデース!」  

 「そこですよ、そこ! もー! どうしてそうなるんですかー!」

 「ちょっと篠、落ち着けって」


 篠が凄い剣幕でキレている。

 でもジュディーさんとは初対面な筈なのに、こういうやり取りが出来る篠は初めて見る気がするぞ。


 「これが落ち着いていられますかー!」

 「Oh-! もしかして、にとうらんぶサンもユウマとパートナーをくみたいのではないデスか?」

 「はぇ? い、いや、べべ別に水亀君とパ、パパパートナーになりたいとか、決してそういうワケでは――」

 「ではしょうぶしまショウ! せんしゅけんでわたしたちがゆうしょうすれば、わたしがユウマとパートナーをくみマス! もしわたしたちがまけたばあいは、にとうらんぶサンがユウマとパートナーになってくだサイ!」

 「へ? 勝負? ……選手権?」


 篠は何の事だかよく分かっていない様子で、キョロキョロと視線を彷徨わせている。

 ……話が全然噛み合ってねぇ。


 「いいデスね? やくそくデスよ?」

 「や、約束? ……も、もちろんですよ、イエースです!」


 絶対に話の内容を理解していなさそうな顔をしている篠と、ジュディーさんがお互いにハグを交わした。

 相手が外人さんだからって、何でもかんでもイエスで答えるのは駄目だと思うぞ?


 そして俺を無視して勝手に話を進めるな。


 「ではみなサン。わたしはこれでかえりマス! ……オット、ここにきたもくてきをわすれるところでシタ。これ、わたしのふっきせんになる、せんしゅけんのしあいのチケットデス! ぜったいにみにきてくだサイ!」


 ジュディーさんが霧姉に五枚のチケットを手渡している。

 そうか、退院して第一戦目が選手権の予選になるのか。


 「ジュディーはもう試合の組み合わせを知っているのか? 私達はまだ知らされていないぞ?」

 「ウフフ、もうがっこうにはとどいているとおもいマスよ? いいばしょでしあいをみてほしかったノデ、わたしはさきに、よせんすべてのしあいのチケットをおさえておきまシタ」


 予選のチケットを全部押さえていたって……。

 しかも良い場所? 一体幾ら掛かったんだよ。 

 試合日程が決まったから、こんな朝早くから来たのか。


 「ではこんどこそ、バーイ!」

 「バーイ! チケットありがとうジュディー!」


 霧姉とジュディーさんが今度はお別れの挨拶でハグを交わしている。

 迎えに来た高級車に乗り込んで、ジュディーさんは帰って行った。


 結局彼女は俺達に自分の試合を見て欲しくて、わざわざチケットを渡しに来ただけだったのか。

 俺にランキング戦に参加させる為に、選手権に参加したわけじゃないとも言っていたけど、実際のところはどうなのかまだ分からないな。


 篠は自分がパジャマ姿のままだった事に漸く気付き、慌てて部屋に着替えに向かった。




 朝食の時に霧姉と二人で問い質したのだが、篠はやっぱりジュディーさんの話を理解していなかった。

 選手権で勝負して優勝した方が、ランキング戦で俺とパートナーを組むめると説明すると漸く理解したようだ。


 「なーんだ、そういう事ですか」

 「一体何の話だと思っていたんだよ……。そもそも篠は今朝の話を何処から聞いていたんだ?」

 「うぅ……あ、いや……、何だか目が覚めて、外が騒がしいなぁーって思って見に行ったら、ゴニョニョ……金髪美人さんが……ゴニョニョ……男性として、とか――」


 バツが悪そうに篠がゴニョニョ言っている。

 何言っているのか全然分かんねぇけど、どうやら全然聞いていなかったみたいで、早とちりしただけだったようだ。 


 「と、とにかく、です。勝負と言うからには、私は負けるつもりはありません! 勝って水亀君とランキング戦に出たいとか、パートナーになりたいとか、決してそういう事ではなくて……私達が優勝するんです!」

 「そうだ、鏡ちゃんの言う通りだ。ジュディーは好きだけど、勝負は別だ。私達が優勝するのだ」


 二人はいつになくやる気を見せている。

 もちろん俺も負ける気はねぇ。

 これ以上試合に出たくねぇからな。





 それから約二週間後、いよいよ全国高校ゾンビハンター選手権、全国大会の予選が始まった。





 樫高ゾンビハンター部のメンバー全員でスタジアムへとやって来た。

 今日は試合に出場する為ではなく、ジュディーさん達ドリームチームが出場する試合を観戦に来たのだ。


 「おい、あれって滋賀県代表の樫野高校じゃないのか?」


 俺達、超目立ってます。


 「……何だか、凄い大荷物だな。一体何を持って来ているのだろう」


 そう、別の意味で目立っているのだ。

 今日は全員が巨大なバックパックを背負っている。

 俺と篠と霧姉は店の商品を背負い、瑠城さんと泉さんはウォーターウェポンを大量に持ち込んでいる。

 店の商品はいつも通り手売りする分だが、ウォーターウェポンは勝者を讃える為の分……だけではない。


 今回、初めて『神の手ゴッドハンドブランド』の試作品を販売するのだ。


 「……なぁ、こんなの勝手に売り捌いても大丈夫なのか?」

 「全然構わないだろ。個人の取り引きなんだし。泉が一から作ったオリジナル商品を売るのだ。何処にも文句は言われないよ」


 そういうものなのか。

 泉さんは自分の商品が本当に売れるのかどうか不安なのか、ちょっと緊張しているみたいだ。

 普段から目つきは鋭い方だけど……もうちょっと笑顔の方がいいと思うぞ?


 「おい雄ちゃん。あそこのお金持ってそうなおっちゃんに、泉の代わりに声を掛けてこい」


 何故俺が? と反論する前に、霧姉からジットリとした視線で圧力を掛けられた。

 ……まぁいつも泉さんにはウチの商品の販売も手伝ってもらっているからな。


 霧姉がお金持ちそうだと選んだのは、何の商売で儲かっているのか、あまり想像したくないおっちゃんだ。


 「おっちゃん、こんにちわー」

 「ぁあ? おおー! 島の支配者アイランドルーラーやないか。どないしたんや? 水亀商店の品物やったら、もう持っとるで?」

 「そうですか! それはどうもご贔屓に」

 「……なんや、もしかして新商品か?」

 「いやー、それがここだけの話なんですけど……ね」


 おっちゃんの耳もとで小声で伝えた後、泉さんを指差す。

 俺達の様子を見ていた泉さんが、どうも、と小さく会釈した。


 「……ま、まさか――」

 「そのまさかです。『神の手ゴッドハンドブランド』のウォーターウェポ――」


 おっちゃんは俺の話を最後まで聞くまでもなく、泉さんのもとへと大急ぎで駆けて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る