第95話 神の手BOX


 まずは周囲の安全確認だ。

 先に一度調べてあるので確認だけだが、庭の倉庫に道具箱が置いてある民家にゾンビは居ねぇ。

 その周囲の民家にも問題ない。

 ただしお宝やウォーターウェポンも設置されていないので、ついでにちょっと回収――っていうのは無理だ。


 篠を抱えやすいように布を用意しろって言われたけど……ふむ、コレが丈夫そうだし大きいし、使い勝手が良さそうだ。

 真っ先に目に付いた厚手のカーテンを取り外して、その中央に折り畳んだバスタオルを数枚置き、風呂敷みたいにしてカーテンで包んだ。

 どのくらい布が必要になるか見当もつかなかったので、このカーテン風呂敷は二つ用意した。

 裁ちばさみも必要になりそうなので用意した。


 次に給水だ。

 キッチンに向かいタンクを設置する。

 その間、オデコに張り付ける冷却シートを冷蔵庫から回収した。

 二人には無理させるんだし、このくらいの優しさは必要だろう。


 篠を抱えなきゃならねぇし、重過ぎると歩けないのでタンクは八分目で給水を終えて、庭の倉庫に向かおうとして気付いた。

 ちょっと荷物が多いので、一度漁業センターに戻った方が良さそうだ。




 「……何だか今から夜逃げする人みたいですね」


 漁業センターに戻ると瑠城さんが失礼な事を言って来た。


 「荷物が多くなったから一旦戻って来たんだよ。タンクもここに置いてもう一度行って来る。……霧姉達は?」

 「あそこですよ」


 瑠城さんが指差した先は……漁港内の小型船の上。


 「ぬぉりゃーー!」


 漁港内に腰掛けている泉さんの指示のもと、霧姉が威勢の良い掛け声と共に、船体の骨格や部品を豪快に引っぺがしている。

 まさか船の部材でウォーターウェポンを作るつもりか?

 そういやあの二人は滋賀県大会決勝戦でも、ああやって船の上でゴソゴソしていたな……。


 「あんなの使用して怒られねぇのか?」

 「前例はありませんけど、特にルール違反ではありませんので問題ないですよ。あのままでは船は沈没してしまうと思われますので、そのまま落水しないように注意していれば、ですけどね」


 ……ま、まぁルール違反じゃねぇんならいいか。

 なりふり構ってる場合じゃねぇんだし。

 俺も忙しいし霧姉達の事は任せておいて、さっさと道具箱を回収に行かねぇと。

 篠を縛り付ける布の裁断を瑠城さんに頼んで、もう一度民家に戻った。




 民家の玄関先で異変に気付いた。


 ガタガタ……


 物置の方に誰か居るみたいで物音がする。

 ただしゾンビではなさそうで、黒い靄は掛かっていない。

 家の角からそろりと顔を出して覗いてみると、そこに居たのは他校の部員達。


 ……ったく。驚かすなよ。


 すぐに俺の事に気付いてくれたんだけど、物凄く警戒されている。

 全員が俺に向けてウォーターセイバーを構えていて、今にも飛び掛かって来そうだぞ?


 ああ、そうか。忘れてた。


 今まで全然やった事がなかったけど、こうやって近付く時には体の一部に水を当てて、ゾンビじゃねぇ事を知らせないと駄目なんだった。

 慌ててセイバーのスイッチを入れて左腕に当てると、部員達も大きく息を吐いた後、構えを解いてくれた。


 「ふぅ、脅かさないで下さいよ島の支配者アイランドルーラーさん」

 「ゴメンゴメン、物音がしたからよ」

 「……樫高さんは、もう一人になってしまったのですか!」

 「嘘だろ! 樫高でこんなにも早く一人になってしまうくらい難易度が高かったら、俺達なんて――」

 「落ち着けって!」


 目の前で部員達がパニックを起こしている。


 「あの、俺達まだ誰も噛まれてねぇから。俺一人で道具箱を回収しに来たんだよ」

 「そうでしたか。……もしかして道具箱というのはコレの事ですか?」


 左腕に端末を装着しているので部長さんだと思うのだが、その男性が俺達がいつも回収している道具箱を、前にグイッと突き出した。


 「そうそう、それそれ。サンキュー」


 ――と腕を伸ばして受け取ろうとしたら、道具箱を引っ込められた。


 「島の支配者アイランドルーラーさん、何か勘違いしていませんか? 我々もこの道具箱『神の手ゴッドハンドBOX』を回収しに来たのですよ? お譲りするわけないじゃないですか」

 「へ? で、でもそれは俺達が毎回回収してる――」

 「島内に設置されている道具、ウォーターウェポン、お宝は全て早い者勝ちですよ? 今回は我々が先に回収させて頂いたので、『神の手ゴッドハンドBOX』は我々の物です。それではご武運を」

 「あ、あああの、ちょっと! ……それがねぇととーっても困る、……んだけどなぁー畜生! バーカ!」


 俺のヤケクソの叫びも届かず、部員達はさっさと敷地から出て行ってしまった。


 ど、どうすんだよどうすんだよ! ホントどうすんだよ!

 絶体絶命じゃねぇか。この上道具箱まで手に入らなかったら、ウォーターウェポンの製作にも支障が出るじゃねぇか。

 しかも何だよ『神の手ゴッドハンドBOX』って。

 いつの間にかあの道具箱にそんな名前まで付いていたのかよ。

 確かに他の学校からマークされていたけど、まさか道具箱を横取りされるとは思わなかった。


 手ぶらで帰ると霧姉に何言われるか分かんねぇし、とりあえず近辺で別の道具箱を探し始める。

 条件としては霧姉達が船を解体しているので、船の部材が加工出来そうな道具が必要だ。

 そして周囲にゾンビが居ない事。

 色々と探ってはみたものの、なかなか良い条件の道具箱が見つからねぇ。

 見つかったとしても、距離が遠過ぎたり、手強そうなゾンビがぞろぞろ居たり……って今日、ゾンビの数多くね?

 アッチもコッチも黒い靄だらけなんだけど?


 そんな中、ちょっと変わった道具箱……というよりも、一か所に道具が固まっている場所を発見した。

 家の二階をリフォーム工事しているみたいなんだが、そこの工事中のスペースに、大工さんが使用する電気ノコギリやエアーコンプレッサー、そのエアーコンプレッサーを使って釘を打ち出す機械、その他諸々の工具類が入った手提げ鞄などが放置されている。


 泉さんが喜びそうな物ばかりが置いてある、まさに夢の部屋とも言うべき場所だ。


 一階と二階にゾンビが居なけりゃ、な。

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