第94話 全国大会予選開始


 そして翌日。


 篠の熱は更に上昇して、一人で起き上がる事すら出来ない状態だった。


 「……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 「謝らなくていい。それよりも鏡ちゃん、今日一日無理させるけど頑張ってくれ。雄ちゃんにしがみついているだけで良いからな」

 「……はい。ゴホッゴホッ」


 これでもかというくらい上下に厚着をさせられている篠に、風寅のお面を装着させて家を出た。



 スタジアムに到着しても、今回は物品販売どころではない。

 俺と霧姉と瑠城さんは水亀商店のTシャツ姿だけど、篠と同じように泉さんも厚着をさせられている。

 マスクと帽子着用で、泉さんだと紹介されないと誰だか分からない。


 「チーン!」


 泉さんのショルダーバッグにはボックスティッシュが丸々一つ入っていて、外聞なんて気にせずに堂々と鼻をかんでいる。


 「解熱剤……飲んで来た」


 昨日と同じく酷い声だが、瑠城さんに肩を借りてはいるものの、一応自分の足で歩いている。


 スタジアム入場前に準備している時も、周りに居た学生達が、俺達に何かあったのかと遠巻きに眺めていた。

 ひそひそと様々な声が届いていたが、俺が声を出すと篠の頭痛に響くので、無視して何も言わないようにしていた。


 「……水亀君、ゴメンね……ゴホッゴホッ」

 「いいよ、篠はおとなしくしてろ」


 背中の篠からゴメンという言葉が、小さな声で何度も何度も届く。

 熱で頭がボーっとしているのか、半分夢の中で意識が朦朧としているのか。

 どちらにしても篠の状態は最悪だ。


 泉さん、瑠城さん、霧姉は、座り込んでいる泉さんを労わりながら作戦会議を行っている。


 「……なぁ雄ちゃん、鏡ちゃんを背負うのではなく、前で抱えて移動出来そうか?」

 「はぁ? 前で、って、……それはあの、お姫様だっこ的な持ち方って事か?」

 「そうだ。出来そうか?」


 出来そうか? って真顔で聞かれてもなぁ……。

 恥ずかしさ五十パーセント、重さ五十パーセントで無理だと思うけど。 

 言い換えると恥ずかしささえ我慢出来れば、何とかなりそうだけど……考えただけで脳内に蒸気が沸きそうだ。


 「……いや、あの……」

 「よし、出来そうだな。更衣室ではタンクも借りて来てくれ」


 口籠っていると、持てると勝手に判断されてしまった。

 恥ずかしさの部分は我慢しろって事なんだろう。

 しかしタンクって、……もしかして二十五リットルのタンクか?


 「俺が篠とタンクも運ぶのか?」

 「ああそうだ。鏡ちゃんを腕の力だけで運ぶのは流石に辛いだろう。赤子を抱くようにタオルや布で雄ちゃんに縛り付ければ移動も楽になるだろう」


 んな無茶苦茶な! って言い返したいけど、無茶するしかねぇんだよな。


 「でもよ、霧姉がタンクを運んだ方がいいんじゃねぇか?」

 「駄目だ。私は別の物を運ぶ予定だ」


 瑠城さんと泉さんが無言でコクコクと頷いている。

 何か作戦があるみたいだが、一体何を運ぶつもりなんだ?




 更衣室でタンクを受け取り、その後水上ステージに登場すると、スタジアム全体が騒めき始めた。

 自分で言うのもアレだが、俺達樫高は優勝候補筆頭として見られている。

 その樫高が一人は背負われ、一人は肩を借りてやっとの事で歩いている状態で入場して来たのだ。

 そりゃスタンドもざわつくだろう。


 「……しょうばいじょうずサン、だいじょうぶデスか?」

 「ああ、問題ない。見ていてくれ」


 最前列にはジュディーさんやドリームチームのメンバー達が全員集結していた。

 予選は全試合チケットを取っていると言っていたので、こうやって観戦に来てくれたのだろう。

 霧姉の『問題ない』は全くの虚勢なんだけど、ドリームチームのメンバー達の前でカッコ悪いところは見せられねぇな。



 前回の試合は時間の都合という理由で、樫高のアピールする時間が削られてしまった。

 進行役のオッサンが、その削られた時間の穴埋めをさせてくれと申し訳なさそうにお願いして来たのだが、霧姉はその申し出を断った。


 「見ての通り、私達樫高には体調の優れない者がいる。できればそのアピールタイム、決勝戦で使わせてくれないか?」

 「……分かりました。ではこの試合、絶対に勝たなくてはなりませんね。頑張って下さい」


 前回は圧力を掛けられていたので、仕方なく打ち切られてしまったけど、何だかんだでこのオッサンは俺達の味方をしてくれている気がする。




 沖ノノ島に向かう船の上では、風を遮るものが何もないので、俺や霧姉達で風よけの壁を作りながら作戦会議を行う。

 ライバル校の部員達は、俺達の様子を窺うように聞き耳を立てている。


 「……流石に私達はマークされているな」

 「まぁ仕方ねぇだろ。小声で話せば大丈夫だ。……それで、作戦はどうするんだ?」

 「一旦鏡ちゃんは漁業センターで待たせて、雄ちゃんはいつもの道具箱の回収と、タンクの給水、それから鏡ちゃんを固定する為のタオルや布を大量に持って来てくれ」


 いつもの道具箱というのは、オープン戦の時からお世話になっている道具箱の事だ。

 あの道具箱には良い物が沢山入っているからと、泉さんが愛用しているのだ。

 沖ノノ島では試合後にメンテナンスが行われて、試合開始前と全く同じ状態へと戻されるので、俺達は毎回同じ道具箱を回収しているのだ。


 「俺一人で回収するのか?」

 「ああ。あの民家付近にゾンビ達が居ないのなら一人で出来るだろ?」

 「……まぁ、大丈夫そうだからいいけどよ」


 船からゾンビ達の位置を探ってみても、道具箱が設置されている民家は大丈夫そうだ。


 「彩芽には漁業センターで鏡ちゃんの護衛を任せる」

 「霧姉達はどうするんだ?」

 「私達は素材の回収を行う。泉が頑張って私専用のオリジナルウォーターウェポンを作ってくれるそうだ。これが完成すれば、アタッカーが私一人でも何とかなるだろう」


 そういや滋賀県大会決勝戦前に霧姉と泉さんが部室でそんな事を言っていたな。

 何だかとんでもない物を作るらしいけど、昨日スタジアムで使った据え置き型のウォーターウェポンみたいに、運営側に怒られなきゃいいけど……。


 「ま……任せて……っぐしゅん!」


 ……そんな鼻水じゅるじゅるで言われてもなぁ。大丈夫か?





 沖ノノ島に到着した後、篠を漁業センター内の椅子に座らせる。

 他の学校の部員達は、俺達の動きを警戒しながら隊列を組んでいる。

 その後一校、また一校と周囲の民家へと散開し始めた。


 「雄磨君、気を付け下さいね」

 「ああ。ちょっと行って来る。……って言っても、すぐそこだけどな」


 道具箱がある民家は数十メートル先にある。

 念の為にウォーターセイバーを一本手に取り、霧姉や瑠城さんに周囲にはゾンビは居ないけど警戒を怠るなと指示してから、一人で漁業センターを後にした。

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