第93話 最悪の事態


 シュネルスキーさん以外のドリームチームのメンバー達は皆、同じ物に視線が釘付けになっていて恐怖を抱いている。

 視線の先にあるのは……泉さんが設置した据え置き型のウォーターウェポン。


 キュイーーン


 何かの限界を迎えたのか、上部の黒いカバーが噴きこぼれるお鍋の蓋みたいに、ガタガタと荒ぶる動きを見せている。

 内部に走っていた青や紫、緑の電気は真っ赤に変わっていて、今にも弾け飛びそうにバリバリと暴れている。


 「フフフ、充填完了。……行けーー!」


 泉さんが球状の物体前面部にある丸いカバーをパカリと開くと――


 ドゴォーーー!


 まるで超巨大ダムの一部が決壊してしまったかのように、前面部から水が勢い良く噴射された。

 毎秒数百リットルという水量……どんな仕組みなんだよ!


 最初に標的にされたのはシュネルスキーさん。


 「ぐあぁーー!」


 こちらに背中を向けていたので、背後からまともに噴射を受けてしまい、あっという間に水上ステージから転がり落ちて落水してしまった。


 ……スタンドまでぶっ飛ばされなくて良かったよ。


 ドリームチームのメンバー達は、ディソウザさんの巨体に隠れてやり過ごそうとしたけど――


 「ヌォーー!」

 「Oh my god!」

 「うん、死ぬでしょう」

 「……ムリ」


 泉さんがウォーターウェポンの噴射をディソウザさんに向けると、四人まとめてゴロゴロと落水させた。


 スタジアム内はシンと静まり返っている。


 「イェーイ! ってア、アレ? 彩ちゃん? イェ――」

 「泉さん……流石にこれはやり過ぎです」


 泉さんのハイタッチに応えなかった瑠城さんは、とても気まずそうな顔をしている。

 その後すぐに警備員数名が集まって来て、泉さんはスタジアム奥の事務所へと連れて行かれてしまった。

 俺達の対面側のスタンドにも大きく被害が出ていたら、そりゃ……ね。


 ……はぁ。もう溜め息しか出ねぇよ。


 泉さんはご両親も呼び出されて、事務所でこってりとお説教を受けている。

 暫くの間はスタジアムの外で泉さんが解放されるのを待っていたのだが、外が真っ暗になってしまっても解放される気配もなく、仕方がないので先に家に帰る事にした。


 「っくしょーーーん!」

 「……くしゅん!」


 ずぶ濡れになって待ちぼうけをくらってしまったので、みんなすっかりと体を冷やしてしまった。


 明後日が俺達の予選だというのに。







 ――翌朝。


 「……今日は静かじゃねぇか」


 リビングでコーヒーを飲んでいたら、霧姉が珍しく静かにやって来た。

 篠の悲鳴もハリセンの音も聞こえて来ねぇし。

 リビングの扉がそっと閉められた。


 「……マズイぞ雄ちゃん」

 「何だよ、どうしたんだよ?」


 霧姉がいつになく真剣に悩んでいる様子で、表情を曇らせている。


 「鏡ちゃんが風邪をひいた」

 「マジかよ」

 「ああ。熱もあるし喉と頭が痛くて体が凄く怠いって。昨日スタジアムで疲れてぐったりしていたし、試合中に寝ていただろ?」

 「そうだな。そういやちょっと寒いって言っていた」


 そんな状態で全身びしょ濡れになって、長い時間スタジアムの外で風に当たっていたら、そりゃ風邪の一つも引くだろう。

 もうちょっと俺が気遣ってやれば良かったな。


 「今で三十七度五分ある。もしかしたら明日の試合、鏡ちゃん抜きで戦わなければならないかもしれないぞ」

 「……どうすんだよ」

 「どうするもこうするも、鏡ちゃんは戦力外で計算して試合に出るしかないだろう。試合中は私が鏡ちゃんを背負う」 

 「篠を背負って試合に出るのか? ……もしかして、試合には五人揃っていないと出場出来ねぇのか?」


 霧姉は無言のまま小さく頷いた。

 試合中に何人死のうが問題ないけど、参加人数が足りないのは駄目らしい。

 俺もそんな気がしていた。

 運営側は参加者達に沢山死んで欲しいのだから、参加人数が少ないのは認めないのだろう。


 「大幅な戦力ダウンだが、やるしかないだろう。彩芽と泉には先に連絡を送っておいた。鏡ちゃんはこのまま学校を休ませるから。私達はすぐに部室へ向かうぞ。ミーティングだ」


 試合で戦えねぇのは篠だけじゃねぇ。

 篠を背負っている霧姉もまともに戦えない。

 実質俺と瑠城さんと泉さんの三人でなんとかしなきゃなんねぇんだ。


 ……俺を戦力として数えるのか。

 今から想像しただけで憂鬱になる。





 「……ぐしゅん」


 みんなよりも遅れて部室に現れた泉さんは、酷く辛そうな顔をしている。

 眉にギリギリ届く栗色の前髪とマスクで覆われ、キリリと整った容姿そのものを隠してしまっている。

 丈の短いスカートの下にジャージをはいているのは、普段の泉さんでは考えられない。


 「……嘘だろ、マジかよ」

 「ゴメン……風邪引いだ。……スン」


 ……物凄い鼻声だ。


 「そ、そんな体調で何をやっているのだ泉! こんな所に来ている場合ではないだろ! 今すぐ家に帰って休め!」

 「……うん、帰る。……昨日みんなに迷惑掛けだから、それだけ謝ろうと思っで。ゴメンね……」

 「俺達は何とも思ってねぇから、早く帰りなって! 今すぐタクシー呼ぶから」

 「私が校門まで送ります」


 泉さんは辛そうに頷いた後、瑠城さんに肩を借りてフラフラと部室を後にした。


 霧姉や瑠城さんにも電話で話してなかったみたいだ。

 多分泉さんは直接謝りたかったんだろうな。



 泉さんを送り出して部室に戻って来た瑠城さんも、勿論今の樫高の状況は理解している。

 明日の試合展開を脳内でシミュレーションしていたみたいで、その表情は非常に険しい。


 「……彩芽は大丈夫か?」

 「ええ。雄磨君も大丈夫そうですね」

 「俺は平気だ。それでよ、どうする? 泉さんまで戦えねぇんじゃ、どうしようもねぇぞ?」


 先程の泉さんを見る限り、あんなフラフラの状態だと一人で歩かせるわけにもいかねぇ。

 最悪の場合、篠に続いて泉さんも肩を貸すか背負うかしなければ移動出来ねぇぞ……。


 瑠城さんが小柄な篠を背負って、俺が泉さんを背負い、霧姉が一人で戦うか。

 俺が篠を背負って、霧姉が泉さんを背負い、瑠城さんが一人で戦うか。

 しかも背負うタンクが邪魔になるので、ゾンビと戦う一人を除いて全員がミストアーマーを着用出来ない。


 どちらにしても俺はタンク職に就けねぇし、絶対的に不利な状況に更に追い打ちを掛ける事になる。

 ……そして当然だが、一番弱い俺が戦うという選択肢はない。


 「鏡ちゃんは恐らく無理だろう。熱でフラフラなのにセイバーで戦うのは危険過ぎる。だが泉の場合、ウォーターウェポンのメンテナンスくらいなら頼めるかもしれん」


 無理をさせるけど、可能な限り手伝って貰わねぇと。

 泉さんが作るウォーターウェポンは、樫高には欠かせない戦力だからな。


 「……霧奈さんには何か案が浮かんでいるのですか?」

 「今の状況じゃ何とも言えないのだが、明日の泉の体調次第だろう。……フン、棄権は出来んのだ。最悪の場合、試合は捨てて漁業センターに立て籠もるしかないな」


 俺達の家庭の事情よりも、みんなの命の方が大事だからな。

 まさかこんな事態になるとは……。

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