第92話 おかしなウォーターウェポン


 その後ドリームチーム以外に残っていた二校は、試合を諦めて生存する事に注力してみたいで、四人で結束して沖ノノ島漁業センター内に立て籠もっていた。

 どうやら島内には複数のSランクのゾンビ達がひしめき合っている状況らしく、自分達の手には負えないと判断したようだ。

 瑠城さんの説明では、ドリームチームが出場する割には用意されていたゾンビ達に少々の物足りなさは感じるものの、例年よりは確実に難易度が上がっているみたいで、全国大会でもここまでSランクのゾンビが用意されていた事はないらしい。

 県大会の予選でSSランクのブボーンを倒したり、決勝戦でSSSランクのナーガ改バベルタイプを撃破して来た俺達が異常なんだそうだ。


 確かにジュディーさん達は強かったけど、結局最後までお宝は発見出来なかった。

 このまま時間が過ぎて、ドリームチームの五名と残った二校の四名で帰還船に乗り込み勝敗は決した。




 船がスタジアムに戻って来るまでに、観客達が急ぎで準備を始める。

 勝者を讃える為の準備だ。


 「……おい、篠。大丈夫なのかよ?」

 「……すいません。ずっと寝てました」


 疲れてぐったりとしていた篠は、試合中ずっと寝ていたらしい。

 やけに静かだとは思っていたけど、まさか観戦せずに寝ていたとは。

 篠は目を擦りながら周囲を見渡している。


 「うぅ、ちょっと寒いです……もしかして、もう終わったんですか?」

 「ああ。篠も泉さんにウォーターウェポン借りるか?」 

 「……そうですね。フフフ、ここでライバルを蹴散らしますよ」 


 まだ眠そうだけど、何やらやる気を漲らせている。

 試合も見てねぇのに一体誰を狙うつもりなんだ?


 霧姉……は聞くまでもなく、ジュディーさんを狙うだろう。

 最前列で身を乗りだしてアサルトライフルタイプの銃を構えている。


 「瑠城さんと泉さんは――って、おい。何をしているんだ?」


 席の前には落水防止の手摺りがあるのだが、泉さんはその手摺りに不気味な装置を据え付けている。


 「泉さん、本当に大丈夫なのですか? 止めておいた方が良いのではないですか?」

 「大丈夫だってば彩ちゃん」


 瑠城さんは少し心配そうに泉さんの作業を見守っている。

 瑠城さんも不安になる程の装置だ。嫌な予感しかしねぇ。


 「今回は良い席で観戦出来るって霧ちゃんから聞いていたから、もしかして――って思ってさ、据え付け型のウォーターウェポンも持って来たのよ」

 「……ウォーターウェポンで間違いないよな?」

 「見れば分かるでしょ?」


 見ても分かんねぇから聞いてるんだけど。

 泉さんがせっせと据え付けているのは、中が透けて見えるバスケットボール程の球状の物体。

 そこから二本の蛇腹ホースが伸びていて、水上ステージと手摺りの間から直接琵琶湖に落とし込まれている。


 「これで良しっと。スイッチオン!」


 キュイー―ン


 泉さんが黒い球状の物体手前部分にあるボタンを押すと、琵琶湖に伸びた二本の蛇腹ホースが、ドクドクと波打つように大量の水を吸い始めた。

 中が透けて見える部分には青や紫、緑といった雷みたいな電気がバチバチと渦を巻いている。

 勢いよく吸い続けている水は、球状の本体部分の許容量をとっくにオーバーしているはずなんだが、不思議な事に水を吸い込む力が衰えるどころか水が溢れ出す気配もない。


 吸い込んだ水が何処かに消えているみたいなんだけど……本当にウォーターウェポンなんだよな?


 『全国大会予選を生き残った英雄達が戻って来たぞー!』


 誰か死ぬんじゃねぇかと不安に思いながらウォーターウェポンを準備していると、進行役のオッサンがマイクで煽り始めた。

 瑠城さんと泉さんが誰を狙うのか知らねぇけど、俺はかろうじで戻って来られた四人の高校生を狙おうと思う。

 ホント、厳しい状況でよく耐え抜いたと思う。

 目の前で仲間達が噛まれてしまった状況で、撤退するのにも勇気が必要だっただろう。


 「雄磨君は小さな蜂クライナビーナさんを狙えばいいと思いますよ?」

 「何故だ? 今日は特に活躍していなかっただろ?」


 狙撃銃を装備すれば凄いらしいけど、今日は発見出来なかったんだよな。


 「ウフフ、実は小さな蜂クライナビーナさんにまつわる面白いジンクスがありまして、栄誉を讃える時に小さな蜂クライナビーナさんを水上ステージから落水させた人には幸せが訪れるそうですよ」

 「何だか可哀相なジンクスだな」


 そのジンクスの所為でシュネルスキーさんは、強力なウォーターウェポンで狙われるんだろ?


 「この栄誉を讃える場で狙われるというのは、それだけ人気を集めているという証拠でもありますし、スポンサーさん達にも大きくアピール出来ますから」

 「なるほど、シュネルスキーさんの利益にも繋がるって事だな」

 「頑張って狙撃して落水させて、樫野高校の優勝という大きな幸せを手繰り寄せて下さいね」


 四人の高校生を狙撃した後、タンクに水が残っていたら可哀相だけどシュネルスキーさんを狙ってみるか。


 観客達が盛り上がりを見せる中、いよいよスタジアム内に帰還船が進入して来た。


 「ユウマー! わたしのかつやく、みていてくれまシタかー?」


 ジュディーさんがこちらに向かって大きく手を振っている。

 チケット代まで出して貰っているってのに、全然見ていませんでしたなんて言えるわけもなく、誤魔化すように手にしたアサルトライフルタイプのスコープを覗き込んで狙いを定める。

 スコープの中に映し出されている視界には、対象物までの距離や風向き、更には殲滅モードやロックオン中などといった文字が表示されている。

 項垂れている部員の頭部に、百パーセントの表示が出ているので、何処に向かって射撃しても、全弾頭部に命中する……らしい。

 俺が手にしているこのウォーターウェポンに、泉さんは一体どんな改造を施したのだろうか……。


 『全国大会予選第一組の試合で生き残った選手達だー! 生き残ったみんなが英雄だぞ! 盛大に祝ってーやれーー!』


 マイクパフォーマンスと同時に、コの字型のスタンドから一斉に放水が開始された。

 このウォーターウェポンの引き金を引いてもいいのかどうか悩んでいると、予期せぬ問題が発生した。


 「痛って! 誰だよ俺の後頭部狙っ――っ冷た!」

 「さ、さささぶい……です」


 俺達の背後からバンバン水が飛んで来るのだ。

 隣の篠もブルブルと震えている。

 そりゃ水上ステージとの距離がこれだけ近かったら、スタンド上段からの狙撃だと最前列の客にも水が掛かってしまうよな。


 ……着替え、持って来てねぇよ。


 「ジュディーおめでとー! カッコ良かったぞー!」

 「Oh-! しょうばいじょうずサンのウォーターウェポン、いたいデース!」


 ジュディーさんは、霧姉の狙撃を全力で避けている。

 最初は笑顔だったのに、途中から目が真剣だぞ。


 「ふはは! デュアルパイソンばっかり目立つからだ! 俺達の出番を残して――痛って! 痛てー! な、何だ?」


 落水せずに水上ステージに踏み止まっていたシュネルスキーさんは、何かが起こったのか突然の痛みを訴えて背中をさすっている。

 俺達樫野高校の所為じゃねぇよな? 背後から狙撃されたみたいだし。


 「何だったんだ今のは? 巨力な電気が走ったみたいに背中がビリビリする。誰かおかしな武器で狙撃したのか?」


 ……どうやら変なウォーターウェポンを持ち込んでいるのは、泉さんだけじゃねぇみたいだな。

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