第91話 エマさん


 「一対一で戦えるように、こうやって狭い路地に誘導してからこう構えて、セイバーでこうして――」


 霧姉がジュディさんの戦いを説明してくれているのだが、霧姉の姿が見えねぇからこうとかこうしてとか言われても、全然状況が伝わって来ない。


 「……あのさ、瑠城さん」

 「どうかしましたか?」

 「霧姉の説明じゃ何が起こったのかよく分かんねぇんだけど……まぁそこは別に良いや。そのインフェルノウルフってのは狼なんだよな?」

 「そうですよ? ゾンビウィルスの実験は人間だけではなく、様々な動物でも行われていますから。施設で作られたゾンビですね」


 動物実験も行われているのか。

 施設では出来上がったゾンビ同士を掛け合わせて、更なる強力なゾンビを作り出したり――なんて事もしているんだろうな。




 開始から一時間が経過した頃、奥津島神社で待機していた四人のもとに、ジュディーさんが合流して来た。


 『おまたせしまシター! よていどおり、いちじかんでもどってきまシタ!』


 右腕にセイバーを当てて歩いて来るジュディーさんは、大量の返り血を浴びている。

 他の参加校の部員達が、ゾンビの犠牲になっているって事だ。

 激闘を繰り広げて来たんだろうけど……なんでそんなに笑顔なんだ?


 手水舎ちょうずや……だったかな? 境内の狭い手洗い場で、三つ用意されている内の二つの柄杓ひしゃくを使って頭から水を浴び始めた。


 『イエーイ! にとうりゅうデース!』


 そんな風にジュディーさんがお道化てみせると、観衆達からどっと笑いが起こる。

 ドリームチームのTシャツどころか全身びしょ濡れだけど、どうやら返り血を洗い流しているみたいだ。

 こうして見ていると、流石ジュディーさん達はプロだ。

 ウォーターウェポンを発見した時もそうだし、ゾンビを倒した時なんかも、スタジアムでみんなに観られているっていう事を、常に意識しながら行動しているように見える。

 視点で参加している俺達が、まるで何処から見ているのか分かっているかのように、こちらに向かってポーズを決めたり、分かりやすいようにちょっとした説明を入れてくれたりする。

 こういうところが人気の秘訣だったりするんだろうな。


 ……エマさんだけは無表情でボーっとしたのまま、一切ファンサービスなんかはしねぇけど。

 そもそも何を考えているのかも全然分からねぇ。


 そしてジュディーさん、カラフルな水着がTシャツの下に透けて見えているぞ。ナイスだ!



 開始から一時間と少しが経過して、ドリームチームを含めて残っているのは三校。

 全員がSランク以上で、普段は一人でゾンビハントに参加しているドリームチームは余裕を見せているけど、他の学校はかなり苦戦している様子。

 残りの二校も、生存しているのは僅か二名ずつという状況だ。


 「……思っていたよりも、用意されているゾンビ達は普通だよな」

 「そうですね。もっと高ランクのゾンビが用意されるのかと思っていましたが……ガッカリですね」


 瑠城さんもちょっと拍子抜けだったみたいだ。

 せっかくジュディーさん達が出場するのだから、あんなゾンビやこんなゾンビと対戦するところが見たかった、とブツブツ文句を言っている。

 しかし今日の試合を観戦して、全国大会予選で用意されるゾンビ達の大凡の強さが把握出来たのは大きな収穫だった。

 霧姉が言っていた……なんとかウルフが四匹。

 これが今日用意されているゾンビの中で最高ランクだ。

 って事は、俺達の試合も同じくらいで調整される……はずだ。


 そんな事を考えていると、今までチームの最後尾を歩いていたエマさんが、今までとは違う機敏な動きで先頭に躍り出ると、みんなの動きを制止させた。

 ドリームチームが立ち止まった場所は、島の北側に抜ける住宅街の中で、右手側にお寺の門がある。


 「……どうしたんだ?」

 「シッ! 静かに!」


 ……瑠城さんに怒られた。

 俺がここで話しても、映像の向こう側に声は届かねぇと思うんだけど?



 ドリームチームのメンバー達も今までの和やかムードとは一転して、陣形を整えたまま誰もが真剣な面持ちでウォーターウェポンを構えている。

 エマさんにはゾンビの位置が分かるらしいので、どうやら俺達には分からない何かが起こっているみたいだけど、視界には特に変わった物は映っていない。

 ギリギリ人がすれ違えるくらいの細い道にも、大きく開かれたお寺の門の奥、静かな講堂にも特に不審な点は見当たらない。

 スタジアムの観衆達も声を出さず、息を呑んで見守っている。


 エマさんは無表情で前方の一点を見つめたまま、微動だにしない。

 張り詰めた緊張感が漂う中、遠くから微かに波の音が聞こえて来る。 


 誰も動かず、何も声を発しないまま、数分間が経過した。

 このまま何も起こらずに時間だけが経過するのかと思い始めた時、エマさんが手にしていたウォーターセイバーのスイッチを入れた。 

 緩やかな動きでセイバーを前方に構えて一度止まる。

 そこから小さく振りかぶり、手首のスナップを利かせてセイバーを前方に向かって投げ付けた。

 すると――


 『グェ……』


 クルクルと回転していた飛んで行ったセイバーが、小さな呻き声が聞こえたのと同時に、数メートル先の空中でピタリと動きを止めた。


 ……どうなってんだ? 何もねぇぞ?


 「「「「おおー!」」」」


 観衆達やジュディーさん達から歓声が上がると、額にセイバーが突き刺さったリザードの姿が、空間からじんわりと滲み出るように現れた。

 エマさんは道にぼてりと崩れ落ちたリザードへと歩み寄り、表情一つ変えずにセイバーを抜き取った。


 『Oh-! 狩人シャサールさん、おみごとデース!』

 『……』


 ジュディーさんが笑顔でハイタッチを求めると、エマさんは無表情のままそれに応えた。



 「……な、何だよあのリザードは! 何もない所から急に現れたぞ?」

 「あれはリザードではありませんよ雄磨君。リザードの稀少種、Sランクの『カメレオン』です。その名の通り、周囲の景色に溶け込むように擬態するゾンビなのですが、擬態というよりもこちらに姿を見えなくさせる、と言った方が近いかもしれません」

 「み、見えなくさせる? 透明人間……じゃなくて、透明ゾンビって事か?」

 「そうです」


 そんなのアリかよ……。


 「ただし見えなくさせると言っても、近付いてじっくりと見れば僅かに景色が歪んで見えますし、それに臭いは消せませんから。エマさんはその辺りでカメレオンの存在に気付いたのかもしれませんね」


 大自然の中で育ったって言ってたな。

 ナイフを投げるみたいに放ったセイバーが、妙に慣れた手付きだったのが気になるけど。

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