第90話 ドリームチームの作戦


 各校がドリームチームの動きを牽制し合っている中で試合が開始された。

 開始から十分くらいまでは各チーム共にそれ程大きな動きはなく、俺達と同じでウォーターセイバーを回収すると、近くの民家でタンクに給水していた。


 しかし、そこからの展開は全く違った。


 ドリームチームには、心此処に在らずといった感じで、ずっとボーっとしているベリーショートで栗色の髪の白人女性がいる。

 どういう理由だか他の四人は、この女性の顔色をチラチラと窺いながら、給水した民家から隣の民家へと順番に探索を開始した。

 三軒目で漸くハンドガンタイプのウォーターウェポンを発見すると、アジア人男性が泉さんと同じようにメンテナンスを始めた。


 「彼はウェポンキーパーと呼ばれているメンテナンスの専門家です。中国出身のやんさんもSランカーですが、整備の腕だけなら泉さんと肩を並べると思います。あくまでの範囲で、ですよ?」


 瑠城さんの説明では、泉さんの魔改造みたいに全く新しいウォーターウェポンに作り変えたりはしないらしい。

 それでもタンクの容量を増やしたり、威力を上げたりするのはお手の物だそうだ。


 スポーツマン風の黒髪で優等生っぽいやんさんが、手早くメンテナンスを終えてハンドガンをジュディーさんに手渡した後、行動パターンが変化した。


 さっきまでと同じように一軒一軒虱潰しに探すのではなく、楊さんとボーっとしている白人女性が、民家を出たところで今後の行き先を相談し始めたのだ。

 楊さんが行き先を説明しながら方角を指差すと、女性は深く考え込むように一点を見つめた後、首を横に振っている。 

 凄く物静かな人――と言えば聞こえは良いのだが、彼女はスタジアムに登場して以来、未だに一言も発していない。


 「狩人シャサールさんはいつもこうですよ? 彼女は殆ど会話をしません」

 「……ちょっと変わった人だな」

 「ウフフ、それを雄磨君が言うのですか?」


 その言い方だと、俺が変人みたいじゃねぇか。

 瑠城さんには言われたくねぇよ。


 「カナダ出身のエマさんは、雄磨君と同じSSランカーですよ。狩人シャサールさんの情報はとても少なくて謎が多い人なのですが、雄磨君と同じでゾンビが居る方角が分かるそうですよ? 幼少期から大自然の中で育ったそうで、彼女の話では『風や大地が教えてくれる』そうです」


 ……ちょっとじゃなくて、無茶苦茶変わった人だったのか。


 「ところでさっきから楊さんがウォーターウェポンの設置場所を教えているみたいだけど、俺と一緒で楊さんもウォーターウェポンの設置場所が分かるのか?」

 「そうではありませんよ。ウェポンキーパーさんはデータ収集も得意で、先程発見したウォーターウェポンの設置場所と種類から、過去の選手権のデータと照らし合わせて、他のウォーターウェポンの設置場所を導き出しているのですよ」


 確か滋賀県大会の予選でも、大津京高校が同じ事をやっていた。

 膨大なデータ量だと思うのだが、普段はランキング戦に出場している楊さんは、選手権に出場する為に短期間でその情報を頭に叩き込んで来たのか?




 二つ目に発見したのはアサルトライフルタイプのウォーターウェポンだった。

 メンテナンスが終わり、小柄な白人男性のシュネルスキーさんが隊列の先頭に立った。

 すると――


 『……では、いってきマス!』 


 ジュディーさんは軍人さんみたいにビシッと敬礼すると、そのまま一人で民家を飛び出して行った。 


 「おい、一人で大丈夫かよ」

 「ジュディー達はいつも一人で戦っているのだぞ? 大丈夫に決まっているじゃないか」


 いや、確かにそうだけどよ……。

 装備はハンドガン一丁とセイバーだけだぞ?


 「これがジュディー達の作戦なのだろう。……五人で固まって動くよりも効率は良さそうだな。私はジュディーの動きを追うから、雄ちゃんは残りのメンバー達の動きを追って、順次報告してくれ」


 ただ単に霧姉がジュディーさんを観戦したいだけなのかもしれねぇけど、取りあえず指示通り他のメンバー達に視点を合わせておこう。

 ジュディーさんが飛び出して行った後は、エマさんに相談する事なく楊さんが指示する場所に移動を開始した。




 その後三十分程が経過して、楊さんとエマさんにもウォーターウェポンが行き渡った。

 ちなみにタンク職のディソウザさんは、ショルダーバッグのようにタンクを背負いながら、一メートル程の長さの真っ赤な放水ノズルを武器にしている。

 消防艇庫内に停泊していた消防艇の甲板に設置されていた、固定砲台みたいな放水装置を楊さんが分解していた。

 装備が整った後もこの四人は一緒に行動しているので、単独行動するのはジュディーさんだけみたいだ。


 ここまでで遭遇したゾンビは、変異種やリザードなどのAランクゾンビが十匹ほど。

 隊列が組めていてある程度の装備が整っている状態なら、一匹ずつ戦えば噛まれる事はない。

 楊さんもエマさんもシュネルスキーさんも、確かに射撃の腕前は優秀だし安定感は抜群だけど、今のところ無茶苦茶強い! って程でもない。


 問題は俺が観ていないジュディーさんだ。

 今も会場は無茶苦茶盛り上がっているし――


 「ぅおーー! ジュディー! カッコイイぞー!」


 霧姉はうるせぇし。


 「なぁ霧姉、そっちはどうなってんだ?」

 「どうもこうもないぞ! たった今インフェルノウルフを倒したところだ!」


 インフェルノウルフ? 今まで聞いた事ねぇ名前だな。


 「……なぁ瑠城さん、インフェルノウルフってどんな奴だ?」

 「もう、雄磨君! 以前私の座学で説明したじゃないですか!」


 説明されていたらしい。

 全然聞いていなかった。


 「全身濃い紫色の毛で覆われている、体長三メートル程の巨大で毒々しい狼ですよ。俊敏な動きで食らいついて来るSランクのゾンビです。今度は覚えましたか?」


 そんなのが出てたのか。

 そいつをジュディーさんが倒したから、会場がこんなに盛り上がっているんだな。

 俺もそっちを見ておけば良かった……。


 「もしもーし? 覚えましたか?」

 「ああ、覚えたよ」

 「ジュディーは凄かったぞ! インフェルノウルフ四匹に囲まれても無傷で切り抜けたのだぞ!」

 「よ、四匹に囲まれたぁ? 素早い奴らなんだろ? すげぇじゃねぇか!」


 ……俺もそっちを見ておけば良かった。

 霧姉が四人の方を見ていろって言うからよ……くそ。

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