第85話 SSランカー
「例外もあるけどランキング戦は基本的に個人戦だ。ゾンビと戦えない雄ちゃんが試合に出ても、すぐに噛まれちゃうだろ?」
そりゃそうだ。
一人で試合に出るなんて絶対に嫌だ。
「それなのに賞金が出るだの、スポンサーが着くだの、更に商品が売れるだのと甘い誘惑を並べて、どうにかして雄ちゃんを試合に出させようとするのだ」
「へー。そんな事になっていたのか。全然知らなかった」
霧姉が俺の代わりに電話で断ってくれていたのか。
「そして今日だ。テレビ出演のオファーがじゃんじゃん来ているのだ! 『日本のトップランカー、
霧姉は家の電話機を睨みつけながらブツブツと文句を言っているのだが……。
「……あのよ、日本のトップランカーってのは何だ?」
「雄ちゃんの事に決まっているだろ。今現在、日本人で唯一のSSランクに昇格したのだぞ?」
「へ? SSランクは俺だけなのか?」
「日本人では、だぞ」
それでテレビ局から出演依頼が来てるのか。
しかし俺が日本のトップランカーって……どうなんだ?
日本人ゾンビハンターの皆さん、レベルが低過ぎるぞ。もうちょっと頑張ってくれねぇと。
「とにかく、雄ちゃんのテレビ出演は絶対に駄目だ。くだらない馬鹿アイドルに鼻の下を伸ばし、巨乳馬鹿タレントに骨抜きにされて、落ちぶれて家にすら戻って来なくなるのは目に見えている」
「酷い言われようだな、俺」
「これからは周囲の待遇なんかもガラリと変わって来るからな。注意しろよ?」
「お、おう」
「……しまった。鏡ちゃんを起こす――特訓するの忘れてた。ちょっと行って来る。私の分の珈琲も淹れておいてくれ」
霧姉は壁に立て掛けてあったハリセンを握り締めて、二階へと駆け上がって行った。
……もう霧姉の中でも、寝ている篠を起こしに行く感覚なんだな。
放課後――
ウォーターウェポン研究室と化した部室に霧姉が乗り込んだ。
アキちゃん達と一触即発の緊急事態へと発展するのかと思いきや、アキちゃん達はすんなりと部室を解放してくれた。
「簡単な話だ。もっと設備が整った良い場所があるから、そちらを提供すると言ったら、あっさりと開放してくれたぞ」
「設備が整ったいい場所? そんな場所何処にあるんだよ」
「ウチの工場だ。彼女達は手先が器用みたいだからな……クックック」
霧姉は良からぬ事を考えているみたいで、悪い笑みを浮かべていた。
部室に入ってすぐの場所に置いてあった巨大な段ボール箱は霧姉が一人で担ぎ、残った部品や材料なんかは手押し台車に乗せて、みんなで工場に向かった。
霧姉と篠は今日も作業するみたいで、このまま工場に残るそうだ。
泉さんとウォーターウェポン部の連中は、もう既に手直し加工場の隅で作業を始めているし……。
「……誰も練習する気がないみたいですね」
「そうだな。……俺達だけでやるか」
「おや? 雄磨君は少しやる気があるみたいですね? 何かあったのですか?」
「ああ。ちょっとな」
実は俺、昨日の記者会見や、今朝のテレビ出演依頼の話に直面して、少し戸惑っている。
いや違うな。戸惑っているというよりも、かなり不安になっている。
何だかんだ言って霧姉や瑠城さんも、ゾンビに立ち向かえるだけの戦闘スキルを持っている。
それなのに俺はビビってゾンビに向かって行けねぇし、ウォーターウェポンの使い方もいまいちよく分からねぇ。
つまり霧姉達と違って俺だけがゾンビと戦えねぇんだ。
そんな中で俺だけがSSランクに上がってしまって、世間の注目も集めているし、なにやらゾンビハンター社に睨まれているみたいだしで、このままじゃマズいと思い始めている。
瑠城さんに心境を打ち明けると、ウンウンと小さく頷いてくれた。
「そうですね。
「……瑠城さんにお願いしてもいいか?」
「勿論ですよ。雄磨君の命に係わる事ですし、何より私達樫高が全国大会で優勝する為に必要な事です。私に出来る事は全てお教えしますよ」
「ありがとう。じゃあ早速学校に戻るか」
「そうですね。今日だけはみなさんの邪魔をしないように、このまま向かいましょう。……ウフフ、明日からは私も容赦しませんよ。霧奈さんにもしっかりと練習して頂きます」
瑠城さんが眼鏡のレンズを不気味に光らせている。
これで霧姉達も明日からは練習に参加せざるを得ないだろう。
泉さんが購入してくれたウォーターウェポンを幾つか手に取り、瑠城さんと学校に戻った。
射撃訓練がひと段落した頃には、部活動で学校に残っている生徒も少なくなっていた。
「……雄磨君は意外と飲み込みが早いですね」
「意外とってのは余計だろ。フフ、でもまぁそうだな。これでも俺は今まで霧姉の無茶苦茶な特訓に振り回されて来たからな。チンタラしてたら命が幾つあっても足りねぇ」
「ウフフ、霧奈さんのスパルタ教育の賜物ですね」
霧姉の特訓方法は褒められたモンじゃねぇけど、こうやって飲み込みの早さを褒められるのは悪い気がしねぇな。
「このまま雄磨君が対ゾンビ戦でも実力を付けていけば、将来は立派なゾンビハンターになれますよ!」
「ならねぇよ。……ならねぇけど、ずっと気になってはいるんだけど、ゾンビハンターって職業は儲かるのか?」
「そうですねー。一括りにゾンビハンターと言われても、ランクによって稼ぎが違いますから一概には言えませんが、一つ例を挙げて
誰だよ古池さんって。
「実はつい先日、『地蔵の古池』の名で親しまれていた、現役最古参の一人だったゾンビハンターが引退を発表されました。古池さんはとにかく慎重派で、生き残れる試合にしか出場しない、序盤で高性能のウォーターウェポンが見つからなければ、気配を消して港から動かない、というスタイルを引退まで徹底して貫き続けたプロのハンターです」
「……見ていてもつまんなさそうだな」
「そんな事はありませんよ? 古池さんがウォーターウェポンを発見した時などは『うぉー! 地蔵が動くぞー!』なんて、スタジアムが大盛り上がりするんですから」
動いただけで盛り上がるって、どんなハンターなんだよ。
「そんなコアなファン達も多かったおじさんプロの古池さんですが、『もう充分ゾンビハントで稼がせて頂きました』と、先日還暦を迎えたところで引退を発表されたのです」
還暦ってスゲェな。一体何年ゾンビハントを続けていたんだ?
「そんな古池プロはSランクでゾンビハンターとしてのキャリアを終えられたのですが、記者会見の時に生涯獲得賞金をご自身で発表されました」
「……幾らだったんだ?」
「還暦までのプロ生活四十年間で稼いだ金額は……およそ百五十億円だそうです」
「ひゃ、百五十億ぅーー!」
ぶったまげた。
想像していた金額と二つくらい桁が違った。
「古池プロはSランク、しかも安全第一で挑んでこの獲得金額です。更なるトップハンター達の収入は……雄磨君でも想像出来ると思います」
「桁が大き過ぎて出来ねぇよ!」
天井知らずだって事は分かったけどよ。
「ウフフ、ちなみにですが雄磨君も数字の上では、もうすぐ獲得金額が一億円に迫るところまで来ていますよー」
「……俺の収入はゼロだよ!」
瑠城さんは頑張りましょうと微笑みながら、俺の肩をポンポンと叩いた。
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