第84話 記者会見の表と裏
倒産の危機を回避出来たと思っているからなのか、霧姉はその後ずっと上機嫌だった。
俺が噛まれて試合に負けてしまった場合は、当然ランキング戦にも出場出来ないので、工場は倒産してしまうのだが……考えていないのだろうか。
篠は学校が終わってから晩飯の時間まで、ずっと霧姉の手伝いをさせられていたみたいで、工場に籠っていたそうだ。
リビングに戻って来た篠に、どんな作業をしていたのか聞いても『ナイショ』と言われて教えて貰えない。
俺も一応関係者なんだけど……。蚊帳の外はちょっと寂しいぞ。
今日はポークカレーか、と少々げんなりしながらテレビを付けると、ニュースが画面に映し出された。
記者会見が行われているみたいだが、画面右隅のテロップには『田井中氏 搬送先の病院で死亡』と書かれている。
「……彩芽が言っていた通りの展開になったな」
「そうみたいだな」
眩いフラッシュがたかれている中、会見は滞りなく進んで行く。
田井中のオヤジが発作で意識を失っただとか、医師がいかにもな理由を並べている。
このタイミングで田井中のオヤジが死んだ事に対して、何故か画面の向こう側に居る沢山の大人達は、おかしい、不自然だと声を上げない。
コメンテーター達やスタジオに招かれた医師も、この病気はこんなにも特殊で――と、会見で話していた医師の正当性を裏付けている。
「何だこの茶番劇は。どう考えても口封じの為に殺されただろ? おかしいじゃねぇか」
「フン、こんなものだろう。私はそもそもテレビで不正疑惑を報道したのも、一種のパフォーマンスだと思っていたからな」
「そうなのか?」
ゾンビハント関連のニュースを初めてテレビで見たと思ったけど、よく考えたら行方不明者が何人出ようが誰も騒がねぇくらいなんだし、ゾンビハンター社ならこんな報道なんて簡単に握り潰せた筈だ。
そんな報道がされる事自体がおかしかったんだ。
「ゾンビハントを更に盛り上げる為の宣伝と演出だよ」
霧姉は歩いてテレビ画面に近付き、テーブルの一番隅に座っている人物の頭を指で弾いた。
テーブルの上には『峠岡常務』という名札が置かれている。
……コイツが峠岡か。
テーブルには進行役や医師に加えて、五名の役員が並んで座っているけどその中で圧倒的に若い。
四十歳に届いていないようにも見える。
インテリジェンス溢れる顔つきで、背筋をまっすぐに伸ばして座っている。
俺が苦手そうな男だ。
仕事が出来そう、立ち回りが上手そう、そして冷酷非情だろうなという雰囲気が画面越しから伝わって来る。
霧姉は宣伝と演出だと言っているけど、それに加えて田井中のオヤジを確実に蹴落とす為にテレビで報道させたのかもしれない。
「巨額の金をチラつかせたら、事実なんて簡単に曲げられるって事だ。無事に証拠も隠滅出来た事だし、この後は不正なんてありませんでしたと発表して終わりだろう」
その後は霧姉が言った通り、不正はなかったという嘘のデータを公表し、今後は様々な情報を今まで以上に公開していくと発表して記者会見は終了に向かった。
番組は『不正がなくて良かったね、情報が沢山公開されるようになるんだって、バンザーイ』ってな内容で締め括られたのだが、見る角度を変えれば非常に面白い番組だったな。
しかしそんなニュースなんてお構いなしといった様子で、篠はバクバクとポークカレーを掻き込んでいる。
「霧奈お姉さんおかわり!」
「よく食うな。三杯目じゃねぇか」
「お仕事頑張った後はお腹が減るんです!」
霧姉から皿を受け取ると、再びガツガツと食べ始めた。
「篠はテレビを見ていて何も思わなかったのか?」
「モゴモゴ……ん、テレビですか? うーん、特に何も……」
「なんだそりゃ。許せん! とか、ムカつく! とか思わねぇのか?」
「だって会社がどうとか、不正がどうとか言われても、私にはよく分からないもん。それに私達がやることはずっと一緒じゃないですか。誰も噛まれずにお宝を発見して、そして優勝するんです。難しく考えても無駄ですよ?」
平然と言ってのけた篠は、三杯目のポークカレーもぺろりと平らげた。
……篠の言う通りだな。
あんな怪しい会社には、最初から期待するだけ無駄だった。
裏で何が行われていようとも、ちょっと面倒臭くなっただけで俺達がやる事は一緒だ。
「霧奈お姉さんおかわり!」
「おい、流石に食い過ぎじゃねぇか? 太っても知らねぇぞ?」
「あぅ……だ、大丈夫、です……よぅぉ?」
お腹の辺りを気にしている篠の顔が急に蒼ざめた。
「今度一緒に温水プールに行こうって約束――」
「ご馳走様でした! ちょっと外で素振りして来ます!」
篠は部屋から飛び出して行った。
……大丈夫じゃない状況だったのだろうか。
「おい。その温水プールってのは何だ? 私は何も聞いていないぞ?」
「篠が泳げねぇって言うから、水泳の特訓に行こうって約束してたんだよ。今のままだったら樫高名物で篠だけが飛び込めねぇだろ?」
「そういう事か。よし、今度の休みに彩芽も泉も誘ってみんなで行こう!」
「いや……まぁ別にいいけどよ」
「雄ちゃんは分かってないなー。SSランクに昇格したのだぞ? カジノに併設された温水プールになんて行ったら、あっという間に世界中の富豪達が集まって来て囲まれてしまうぞ」
うげ、マジか。
そういや学校から帰る最中も、通りすがりの人に声を掛けられたり、指差されたりしたし……。
「雄ちゃんは金持ち達の相手をしつつ、私と一緒に商品の物品販売だ。泉と彩芽がその間に鏡ちゃんの特訓をしてくれるよ」
何だか最初の予定と随分変わってしまったけど……まぁいいか。
翌朝、いつも通りに目を覚ましたのだが……おかしい。
時間になっても篠の悲鳴が聞こえて来ない。
まさか特訓の成果が出たのか?
着替えを済ませてリビングに降りると……なる程、そういう事か。
「だーかーらー! 出ないと言っているだろうが! 掛けて来るな!」
霧姉は電話の対応に追われていた。
受話器を叩き付けるように電話を切ったのだが……客じゃねぇのか?
『ピピピピピ――』
「ぬがぁー! まただ! 朝から何回目だと思っているのだ!」
再び鳴り始めた受話器の前で、頭を抱えて暴れている。
「どうしたんだよ。商品の注文なら、景気の良い話じゃねぇか」
「そうじゃない! いつものランキング戦のオファーと、それに加えてテレビ出演のオファーが、断っても断ってもひっきりなしに掛かって来るのだ!」
「は? いつものランキング戦のって……オファーが来てたのか?」
「当然だ。雄ちゃんはSランクだったのだぞ。山のようにオファーが舞い込んで来ていたけど、全部断っていたのだ。電話うるさーい!」
霧姉は電話の電源コードを引っこ抜いた。
……あの、それだと店に掛かって来た注文の電話も取れねぇぞ?
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